途中、小湊鉄道『月崎駅』に立寄る。
この月崎駅もまた
『夏美のホタル』
のロケ地のひとつに起用された名所である。
この月崎駅、映画のロケ地になることが多く
『世界の中心で愛を叫ぶ』
では、若き日の綾瀬はるか、山田孝之の好演を、スクリーンを通して観ることができる。故にこの駅からの眺めは美しく、特に線路上から見る風景は筆舌に尽くし難いものがある。
観光客がこぞってこの駅を訪れる理由が分かる気がしてきた。
この月崎駅からほど近い場所に、『夏美のホタル』
のロケ地のひとつである
『角屋』
という商店があるはずだか、スマホのナビを頼りに走っていると何やら前方の細道を左折とのこと。
ナビ通りに左折すると両側には岩壁がそびえ立ち前方には不気味なトンネル。
(なんか気持ち悪いトンネルだな…)
と、背中がゾクゾクするほどの不気味さがある。
薄暗さも手伝ってか、目を凝らさないと視界もままならない。
500メートル程のトンネルが果てしなく長く感じられた。
夜間絶対に通りたくないな…
と、一度通ったら皆さんもきっとそう思うだろう。
薄暗いトンネルを抜けると、私の視界の先には見覚えのある商店が。
「あった!」
思わず声を上げた。
トンネルを抜けたすぐ先に目的地である
『角屋』
はあった。
大袈裟ではあるが、『角屋』の家屋をこの目に直に確認した時、何か胸の奥に込み上げてくるものを感じた。
それは、単なる達成感なのか、それとも、ただの一ファンが、映画のロケ地に辿り着いた喜びから来るものなのかは分からなかった。が、とにかく嬉しかった。
角屋の外観は映画そのものであったが人の気配は無かった。
私は店の入り口に近づき、
「すみませんっ」
と声をかけると店の主らしい初老の男性が奥から顔を覗かせた。
「あのう、私、千葉市からやって来た者ですが…有村架純さんの映画を観まして、ぜひ一度来たくて…」
緊張のあまりたどたどしい口調になる私。
そんな私を主人は笑みを浮かべて見つめていた。
「ちょうど好い時に来ましたな。そうですか、わざわざ千葉市から。実は今日は家内と掃除に来てましてね。よかったら中にどうぞ」
初老の主人とその奥さんの話しでは、商店はとうの昔に閉めていて、撮影時だけ提供していたが撮影終了後には再び空き家になっているという。
「家屋の所有者は私たちだから、月に一度こうして掃除に来てるんだよ」
「えっ、では、私は運が良いですよ。こうしてお話しを伺うことが出来たのですから」
「まあ、そうだろうね。もし、明日、お兄さんが来てたら、ウチらは居なかったろうし」
一ファンの訪問者をお店の中に迎え入れ、その上撮影時の話しも詳しくしてくれた夫婦に対し私は心の中で深く感謝した。
私は最後にこう質問した。
「旦那さん、有村架純さんは、可愛かったですか?」
「当たり前だよ。輝いてたねぇ!私がもう少し若かったらなぁ。ワッハハハハハ」
私は深く頭を下げ、
「今日はありがとうございました!一生の思い出になりました」
と謝意を伝え、
『角屋』
を後にした。
愛車にまたがりエンジンをかけ静かに発進させた。
バックミラーに目をやると、優しい初老の夫婦は、いつまでも手を振っていた。