5年前 その時
私は ぽてとの散歩のため 山に向かって走っていました。
途中から 雪が降りだし かけていたラジオが
信じがたい事を言い始めました。
帰って「てれびをみなくっちゃ」
私の実家は岩手です。
家族は宮城にいます。
親戚もほとんどその地方です。
大震災から 1週間後 娘とわたし 宮城に迎えに行くことにしました。
「帰りたい」の一言で その日のうちに 娘が全てを手配
十勝 ⇒ 函館 ⇒ 青森 ⇒ 宮城
北海道の人たちの多くが本州に向かっているらしく 分単位でフェエリーは満員になり 私たちは函館へ。
十勝では実際の生活は何ら変わることがなかったのですが、
函館に入ると ガソリン規制がでて、スーパーからもどんどん品物が消えていました。
青森に渡るとすごい雪。
青森では 完全にガソリンは販売中止、コンビニの光が消え、高速道路が使えなくなっていました。
それに加え ナビゲーター役の私が道を間違え 高速下の手入れもされていないであろう雪の山道に入り込み抜け出せない。
娘は アイスバーンの道を 初めての車で運転 & 間違えてしまった山道も果敢に挑み走ってくれました。
宮城に着いたら 車のナビはとんでもないところで「着きました」と宣言するし・・・・いやいや「ちがいますって!」
大震災のあと 宮城は水もガスも電気もない生活だったそうです。
あの時 快く子供たちを託してくれた宮城の家族に本当に感謝します。
1ヶ月後 秋田回りで迎えに来て 空港でその足で連れて帰ってくれた宮城の家族に感謝。
宮城の家族には感謝しても感謝し尽くせるものではありません。
この林を見るたび こんな津波が襲ってきたら。。。。と考えます。