吹田の藤白台の一軒のお屋敷に一本のしだれ桜がありました。
日高惠三郎さんのお屋敷でした。
もう5年前に遡りますが、
家を取り壊すから「しだれ桜を描きにこない」って誘われて描いた作品です。
その日高さんが、先日お亡くなられました。御歳90歳、大往生だったらしく、
ハワイの娘さんのお家で見守られながら旅立たれたと友人から聞きました。
日高さんは自分で干支の絵を描いて、結構お茶目なイラストで楽しく描いては
レイアウト指示して下さってね・・・ボクにいつも年賀状の印刷を依頼して
こられ、ボクの作品のファンでもあって結構お付き合いがあった人でした。
独り暮らしは心配っとハワイの娘さんと暮らす様になってからは、
年賀状制作も途絶えて久しくしていた所の訃報でした。
桜の咲く頃には、友人たちと日高邸を訪れてささやかな花見をしたものです。
ご冥福をお祈りします。
日高惠三郎さんのお屋敷でした。
もう5年前に遡りますが、
家を取り壊すから「しだれ桜を描きにこない」って誘われて描いた作品です。
その日高さんが、先日お亡くなられました。御歳90歳、大往生だったらしく、
ハワイの娘さんのお家で見守られながら旅立たれたと友人から聞きました。
日高さんは自分で干支の絵を描いて、結構お茶目なイラストで楽しく描いては
レイアウト指示して下さってね・・・ボクにいつも年賀状の印刷を依頼して
こられ、ボクの作品のファンでもあって結構お付き合いがあった人でした。
独り暮らしは心配っとハワイの娘さんと暮らす様になってからは、
年賀状制作も途絶えて久しくしていた所の訃報でした。
桜の咲く頃には、友人たちと日高邸を訪れてささやかな花見をしたものです。
ご冥福をお祈りします。