タローさんの、トコトコ♪エッセイ

アーティスト・きしもとタローの、旅の話や、夢日記、想い出話など…

その12『恐怖のバス1…イグアナVS芋虫星人』

2006-09-18 12:32:22 | アンデスの国…ペルー・ボリビア編
『恐怖のバス1…イグアナVS芋虫星人』

「ボリビアに行ったらスクレという街に行ったらいいよ!」と知人に言われ、旅に出る前から私はボリビアに行ったら「白い街」スクレを訪ねる計画を立てていました。南米の楽器の輸入業をされてるカサ・デ・ラ・パパ店主からも、よく知られたチャランゴ(南米の代表的な弦楽器)工房の住所までもらっていたので、行かない訳にはいかない!「Ciudad blanca(白い街)」という素敵な曲の印象も手伝って、私は旅行前からスクレを訪れるのを楽しみにしていました。

ラ・パスで知り合ったボリビア人夫妻に行き方を尋ねると「スクレなら簡単に行けるよ~♪バスで寝ながら行けるみたいだし…チケット買いに行くのは手伝ってあげるから!いつから行くの??」と、いとも簡単に行けるような反応で、次の日くらいにはチケット買いに行こか!?というくらいの勢いでしたので、私はその場で急遽日程を調整し、スクレに向かうことにしました。

さすがに荷物全部を持ち歩く訳にはいかないので、そのご夫妻宅に大きな荷物と大金を預けて、最初にボリビアにやって来た朝のように、ナップザック一つにGパンに軽いジャンバー…という軽装で、私はスクレに旅立ちました。夕方から次の日の夕方まで丸一日近くかけて移動する陸路の旅です。陸路の旅というのは、夜通しバスでの移動なのですが、私はこのバスがどれほど標高の高い道を走ってゆくのか、どうのようなバスなのか、全くわかっていなかったのです。調べなかった私もアホですが、誰か教えてくれてもいいのに…!

美しい夕暮れの前、透き通るような景色の中、途中眺めるであろう雄大なアンデスの山々や、点在する村々に想いを馳せながら、ボリビア人の知人に見送られて私はバスに乗り込みました。アメリカからの払い下げのようなオンボロ・バスです。私の席は中ほどの窓際の席でした。自分の席を探して、バスの中を奥へ奥へと歩いていると…他のお客はみんな、妙に服を着込んでいて重装備なのです。普通に街を歩いているような軽装な私…その差が少しばかり気にはなったのですが、それよりも席についたら椅子が壊れてガタガタになってて、そっちの方が気になって格好のことはスッカリ忘れていました。しかも窓が壊れていて、キッチリと閉まりきっていないのです。なんだか不吉な予感が走りましたが、今さらどう…と言うことも出来なさそうなので、おとなしく座ってバスの出発を待っていたのです。やがて全ての客が乗り終えて、バスが出発しました。

走り出すとすぐに景色が大きく動き、周りは夕方の山間の、深い群青色の景色に変わりました。山間に入ると運転手のオヤジさんが爆音で音楽をかけ始め、それはもう何百回もかけまくって伸びかけたようなテープを、スピーカーがとびかけてるオンボロのラジカセでかけてるもんですから、すさまじい!軽くジャブの連打を食らってるようです。そんな、情緒があるのかないのか…際どいバスの車内をグルッと見渡すと、やけに毛布を持った人が多い…もしかして寒くなるのかな。いやいや、寝てしまえばわからんだろう…そう自分に言い聞かせようとした瞬間、突然やたらに冷たい空気が、壊れた窓の隙間から強く吹き込んできました。何!?このやたら冷たい風はっ??すると、周りの人たちが次々にバッグからマフラーだのブランケットだのを出し始めるではありませんか!!ひょっとして、このバスは…暖房とかそういう気の利いた物はないのか??

バスは私の不安を現実化するように、徐々に標高の高い山の道に向かっていきます。と同時に日が暮れ始め、辺りは暗く沈んだ色に変わっていきました。バスの中の温度は徐々に下がり始め、気が付けば私の手は少しかじかんでいるのです。やばい!このまま夜になったら、バスの中の温度はどうなるんだろう??私は、窓際から離れ、空いていた一番内側の席に座りなおしました。しかし、風は依然として吹き込んできます。しかも椅子はガタガタ。このまま一晩ってのはヤバイ…と、血の気の引いたところで、突然バスが停まりました。どうやら村の中のようです。何人かの人達がワラワラと乗って来て、空いている席に座り始めました。

と、その時、力士のようにデカいオバチャンが、ノシノシと私の方に歩いて来たのです。もう性を超越した、ただのドでかい人です!鋭い目でジロリと窓際の席を見ると、指差して「座るよ!」とジェスチャーを送り、半ば強引にねじ込むように席の間に入ってきました。身をよじってよける私の前をグイグイと入るのですが、座れるのか、この身体で!?席から、はみ出るばかりの巨大な肉体!まるで…肉の布団のようです!「ぬ、ぬくい…」私は思わずオバチャンに身を寄せました。というか、オバチャンの身体がでっかいもんで、自動的にコバンザメのようにくっついちゃうんですが…すると、なんと!温かい!!さっきまでの寒さが嘘みたいに!しかも、そのオバちゃんの巨大な肉体に遮られて、風も入ってこない!オバチャンは平然とした顔をしてドッカリ座っています。これは神様の救いの手かも…その温かいオバチャンの、巨大な肉体にピッタリ引っ付いて(というか、オバチャンが大きすぎるので、単に席がギュウギュウなだけなのですが)、私はいつの間にか眠っていました。

どれくらい時間が経ったでしょうか…私が夢の中を漂っていると、突如ドヤドヤと人が動き出す音がして、目が覚めました。気が付くとバスがどこかの村で停まってて、先ほどの「歩く湯たんぽ」のようなオバチャンが降りようとしているところでした。あれれ、降りちゃうんだ…ぬくかったのに。結構沢山の人がこの村で降りたようです。どうやらトイレ休憩も兼ねているようで、私も外に出てみました。辺りは真っ暗、満天の星空で、信じられないくらい綺麗です!暢気に感激してるのもつかの間、バスが出るようなので戻ってみると、バスの中の温度はさっきよりも下がっているではありませんか!再びあの恐怖の寒さが襲ってきたのです。…と、途端に乗客達は、揃ってガサガサと自分のリュックやズダ袋をさぐり、毛布や大きな寝袋を出して身体をクルクル巻きにくるみ始めたのです!右も左も、前も後ろも…みんな芋虫みたいになって毛布でグルグル巻き!!頭にも毛糸の帽子をかぶって、なんだか冬眠の準備のようではありませんか!!そして、私だけが…ネルシャツとGパンだけで、完っ全に浮いてます!!

皆は眠りに入ってしまったので、運転手のオッチャンも爆音ラジカセの音楽を止めて、山の中の砂利道を爆走しながら隣の親父と何やら話し込んでいます。暖房のないバスの中に吹き込む隙間風に、もはやドカドカとダンスをするような椅子。このまま、朝までもつのか??誰も他人のことは構わないでひたすら冬眠って雰囲気だし…私は既に寒さで泣きそうになってきました。そう!寒さで涙が出てくる!当然、全く寝れない。というか、寝たら死ぬんじゃないか、とさえ思えてくる寒さ!「…フハ!フハハハ!」自分の無計画の度合いに、乾いた笑いまで出てきます。いかんいかん、正気を保たねばっ!私は必死でナップザックをさぐり、バスタオルを取り出しました。使い古したバスタオル…そのバスタオルで膝から太ももを包み背筋をピンッと張りました。歯は食いしばって!!太ももにタオルかけたくらいで何が変わるのか?と思われる方もおられるでしょうが、そうでもしないと耐えられないのです!唯一の布がバスタオル、外から吹き入る高地の寒風!更に冷え込んでゆく車内!まわりは巨大芋虫の群れ!!轟音でいびきをかくオヤジ!何の生物に囲まれているのか一瞬不安になるほどの異空間!!「死ぬ~っ、死ぬ~っ、…いや、死んでたまるか~っ、こんなアホなことでぇぇぇ~!!くくくぅぅぅ~、寝るなぁぁぁっ!寝たら絶対、次の日死んでる~!!」

そのままガタガタと震えながら、何時間が過ぎたでしょうか…この長い長い苦しみの夜の事を私は決して忘れないでしょう。半分意識を失いかけて幻覚まで見えそうなその時、山々の向こう側が白み始めました。あ…朝だ!!山の向こうから、放牧されたリャマの群れと、それらを率いる伝統的な衣装の村人が、朝もやの細くて白い光が射す中、宙に浮かぶようにこちらに向かって歩いているのが見えます。なんて幻想的な光景なんでしょうか…でもそんな光景を味わう余裕は私には全くありません!!じわじわと太くなってゆく太陽の光に向かって「早く!早く射してくれえええっ!」と悲痛に訴える自分に、情けなさから涙が出ます。

そして次第に太くなってゆく太陽の光の線に、思わず手のひらをかざすと…?!なんと!?手のひらが暖かいではありませんか!!私は、思わず窓に張り付きました!!文字通り体全体で、その壊れたバスの窓に、「イモリ」のように!ガラス越しに射す淡い光が、涙が出るほど暖かい~!!太陽の光ってこんなに暖かかったのか!朝の、まだ寒い空気の中、斜めに細く射す光にも関わらず、その有難さに涙がこぼれます。その時、私は瞬時に理解したのです!ガラパゴス諸島の海辺で、太陽の光に向かって口を半開きにして、変てこなポーズで停止したままの、あのイグアナ達の心をっ。子供の頃にテレビで見た時は、「何やってんだコイツらは~」と笑っていましたが…今まさに!自分があのイグアナの状態!今なら理解できる、あのイグアナ達の心が!お前ら、大変やったんやな~!!変温動物たちの生の営みに深い感動をおぼえ…こうしてイグアナ達と心が通じたと思うと、更に熱い涙がこぼれます。そして、そんな私の姿を、深々とかぶった毛糸の帽子とグルグル巻きに体中を巻いた毛布のわずかな隙間から、芋虫星人達が寝ぼけた目でのぞいていました。お互いに、なんて変てこな格好なんだろう、と思っていたのでしょうね。(つづく)


最新の画像もっと見る