プロバイダへの発信者情報開示請求とは
ネット中傷の被害者が、違法な書き込みをした発信者に対して、刑事告訴や損害賠償請求をするためには、発信者を見つけなければなりません。書き込みをした発信者を見つけるためには、その書き込みに関わるインターネットのサービス業者(プロバイダといいます)に発信者の住所、氏名などの開示を求めなければなりません。しかしこのことは簡単ではありません。それにはいつくかの大きな壁があります。
プロバイダ責任制限法という法律が、そのための請求手続を定めています。これを発信者情報開示請求といいます。
なぜ法律が、プロバイダの責任を制限するとなっているのでしょう。それは、プロバイダにとって発信者の情報を開示することで、発信者から責任追及をされることありえますので、一定の要件のもとでの発信者情報を開示すれば発信者からの責任追及は制限されるという意味です。またその手続によれば、書き込みをされた側からの責任追及も制限されるという意味もあります。
発信者情報開示請求の2つの壁
では、プロバイダ責任制限法による発信者情報開示請求はどのプロバイダにすればよいでしょうか。ネットへの書き込みには、通常2つのプロバイダ業者が関わっています。それSNSやブログなどのサイトを提供しているプロバイダ(コンテンツプロバイダといいます)と、それらのサイトへアクセスするサービスを提供しているプロバイダ(アクセスプロバイダといいます)の2つです。
このプロバイダ業者が2ついることが第1の壁になります。業者が2ついるために、それぞれに対して2回の裁判をしなければならないのです。
第2の壁は、違法とされる書き込みがコンテンツプロバイダによって短期間に消去されてしまうことがあることです。消されてしまっては、裁判をするにしても証拠がありませんので認められないことになるのです。これを防ぐためには、もう一つ消去を禁止ずるための裁判をしなければなりません。
この第1の壁と第2の壁を何とかしなければという声はずっと以前からありました。国は昨年ようやくこの壁を取り除くためのプロバイダ責任制限法の改正の検討をはじめました。そして今年の通常国会に改正法案を上程し、2021年4月21日に改正法が成立しました。
スピード成立はよいのですが、ただ法解釈や今後の運用についてもう少し国会審議があってもよかったと思います。
改正法のポイントの一つは第1と第2の壁をなくすこと
今回の改正法のポイントは2つあります。そのひとつは、発信者情報開示の裁判を1回でできるようにしたことです。これは、簡単に言うと、2つの業者への2つの裁判(第1の壁)と、消去を禁止する裁判(第2の壁)を、1回の裁判で済ませることができるようにしたことです。
この1回の裁判は、迅速で柔軟な裁判手続(非訟事件手続といいます)によることになりました。ただ今までの裁判手続も残されていますので、新しい裁判手続を使うかどうかは、発信者情報開示を求めるプロバイダによって使い分けしなければならないかもしれません。
改正法のポイントの二つめはログイン型のプロバイダへの請求
改正法のポイントの二つめはログイン型投稿のアクセスプロバイダへも発信者情報開示請求ができるようにしたことです。これはツイッターやフェイスブックのようなログイン型投稿では、プロバイダは侵害情報の送受信をするわけではないので、法令にいう「侵害情報に係る」とは言えないのではないかという解釈上の問題がありました。裁判例も判断がばらばらでした。
今回の改正法では、ログイン型投稿の場合もアクセスプロバイダに発信者情報開示請求ができることとしました。
今後の課題は
今回の改正法が成立しても、実際の施行は1年半後になりそうなので、まだ当分は現行法によることになるのですが、現行法の二つの大きな壁をまずは解消することになります。その意味で前進といえるでしょう。しかし発信者情報開示請求については、まだまだ大きな壁があります。それらの壁を少しでもなくすようにさらなる制度設計が進められなければなりません。
ただこれまでも言われていることですが、ネットへの投稿が表現の自由に大きく関わっていることは忘れてはなりません。ネット中傷の被害者の被害回復と、違法とはいえない投稿者の表現の自由の保障との調和を考えていくことは今後も必要です。
ネット被害は、発信者情報開示請求だけで解決する問題ではありません。ネット中傷のような違法な書き込み自体を防止すること、これがネット被害防止対策として最も重要であることに異論はないでしょう。