全日本空手道連盟のホームページによると、東京五輪の空手の日本代表の植草歩選手(U選手)が、全日本空手道連盟の理事で選手強化委員長の香川政夫氏(K氏)による竹刀を使った稽古によって眼を負傷したことなどを同連盟に訴えた件について、同連盟の倫理委員会は、2021年4月5日付けで連盟に報告書を提出したということです。
その報告書によると、倫理委員会が認定した言動は次の2つです。
言動Ⅰ(2021年1月27日の練習で竹刀の先端がU選手の左目近くに当たり本人は目を押さえ立ち止まった)
言動Ⅱ(U選手が「左眼部打撲」等の診断を受けた後も、K氏は、2~3日にわたって同様な竹刀を用いた練習を行った)
倫理委員会のこれらの言動に対する評価は次のようなものです。
言動Ⅰについて
K氏は、練習ではU選手の身体の安全を守るための措置をとるべきであり、竹刀の先端が当たった際、救護措置を取るべきだった。
言動Ⅱについて
K氏は、同種の事故が2度発生しており、指導内容、方法を見直すべきであるのに、竹刀による同様の稽古が続いたことは、U選手に対する配慮を著しく欠くものだった。
倫理委員会は、このような評価により、U氏の地位と社会的影響を考慮すれば、U氏は選手強化委員長および理事として適格性を欠くとしました。
そして本件言動Ⅱは、倫理規定の「身体的暴力」には当たらないが、それに準じるものとして「各号に準じる不適切な行為」に該当するとしました。
倫理委員会の報告書を受けた連盟の理事会は、2021年4月9日、K氏に対し、選手強化委員長を解任し、理事については辞職願を受理したということです。
以上が、連盟の対応です。この対応に対して、連盟は理事会の決議においてパワハラ認定をしなかった、という報道がされています。たしかに理事会の決議にはパワハラという言葉は出ていません。このことについて考えてみましょう。
スポーツ指導者による指導とパワハラについて誤解が見られることがあります。それは、スポーツ指導者による指導で選手に怪我を負わせたとしても、指導目的である以上パワハラの対象にはならないという誤解です。
2019年に制定されたパワハラ防止法には、パワハラ該当性の基準として
①優越的な関係を背景とした言動であって
②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより
③就業環境が害されること
と書かれています。
ここには要件として、パワハラの意図などの行為の目的は書かれていません。
つまりパワハラの成立には行為者の意図や目的は要件にはなっていないのです。
ということは、スポーツ指導者が指導目的で行った行為であっても、その行為が指導者という優越的な関係を背景としたもので、必要かつ相当な範囲を超え、選手のスポーツをする環境を害したときは、パワハラになるということです。
ちなみに指導者が選手に過失で怪我をさせたときでもパワハラになりえます。過失というのは必要かつ相当な範囲を超えたとされるからです。
このように、パワハラの意図や目的がなくてもハラスメントになることは判決にも書かれています。
東京高裁令和元年6月26日判決(判例タイムズ1467号54頁)は、教授が、学生にハラスメント行為をしたことを理由に、准教授に降格という懲戒処分を受けたことを争ったケースです。
この裁判で裁判所は、ハラスメントの成立には、行為者が優越的地位を利用する意図や、故意や過失などの主観的要件は不要として、ハラスメントを認定し、懲戒処分は有効としています。
本件でK氏の行為がハラスメントに該当するかどうかは、倫理委員会の調査結果によりますので断定はできません。ただ少なくとも、指導目的で選手に怪我をさせた行為などについては、パワハラ該当性の判断対象になるとはいえるでしょう。