<戦場のなでしこ隊>を見た。
見ていて涙が止まらず
思わず大きな声をあげて泣いてしまった。
昭和20年。第二次世界大戦末期、薩摩半島の
小京都と呼ばれる美しい町・知覧には
爆弾を抱えた戦闘機に乗り、敵艦めがけて
我が身もろとも突っ込むという究極の作戦部隊
「特攻隊」の知覧特攻基地があった。
その特攻隊の奉仕を命じられ
特攻隊員たちの死への旅立ちを最も近くで見送り続けた
「なでしこ隊」の真実の姿を
ドキュメンタリーを織り交ぜながらドラマ化したものが
~63年目の証言~となったのだ。
戦争を知らない世代に生まれた
なにひとつ不自由ない生活をしている私にとっては
とても衝撃的な事実を知る番組だった。
<自殺兵器>と呼ばれ、アメリカが恐れていた特攻隊は
片道分の燃料しか与えられない戦闘機に乗り
自らの命を犠牲にし敵艦へ激突していった。
「父上母上長い間お世話になりました。
今度選ばれて特別攻撃隊の一員となり
いよいよ晴れの戦時場へと向かうことになりました。
私も一死を持って体当たりにより日本人として
忠節を尽くす事ができるのだと思いますと
新たなる感激に決潮の逆流するのを覚えます。
父上母上私はやります。必ずやってみせます。
その時には、どうかよくやったと誉めてやってください」
出撃直前の特攻隊員(22歳)の肉声を聞いたとき
言葉にはならないほど心が痛んだ。
日本人として自らの命を犠牲にし戦うことが
当たり前の正義だと思わなければならなかったこの時代。
戦争とは、なんと惨いものなのだろう。
昭和20年4月特攻作戦は重大な局面を迎えていた。
<自殺兵器に立ち向かえ>
アメリカは、特攻の詳細を徹底的に研究し現役対策を練り上げていた。
「急降下突入」「水平突入」「降下突入」とあらゆる非行パターンを把握し
またレーダーにより200キロ先の特攻歩測が出来た為
戦闘機は次々と到達前に撃墜されていった。
成功率2割以下。
それでも特攻隊員は出撃しなくてはならなかった。
天候不良や戦闘機の不具合等で出撃に失敗した
特攻隊員を再教育する施設もあった。
そこでは「命が惜しくて帰ってきた」「死ぬのがいやだったのか」
「卑怯者。お前ら人間のクズだ」「軍人のクズ以上に人間のクズだ」と言われ続け
自殺をする若者もいたそうだ。
63年間、一人の男性を思い続けた84歳の女性がいた。
特攻隊員であった婚約者のたばこの吸い殻を
彼の身に触れた物として今でも大切に保管されているのだ。
国の為に笑顔で喜んで出撃するだなんて
そんなことは絶対に嘘だ。
そんな気持ち、あってはならないことだ。
愛する人への想いを断ち切っての出撃。
最後まで家族を思い、夢や希望を置き去りにし
空へと消えていく特攻隊員の本当の気持ちを知り
平和であることの尊さと私たちは与えられた自らの命を
どこまでも大切にして生きてゆかなくてはならないということを
この番組を通して痛切に感じ学ぶことが出来た。
見ていて涙が止まらず
思わず大きな声をあげて泣いてしまった。
昭和20年。第二次世界大戦末期、薩摩半島の
小京都と呼ばれる美しい町・知覧には
爆弾を抱えた戦闘機に乗り、敵艦めがけて
我が身もろとも突っ込むという究極の作戦部隊
「特攻隊」の知覧特攻基地があった。
その特攻隊の奉仕を命じられ
特攻隊員たちの死への旅立ちを最も近くで見送り続けた
「なでしこ隊」の真実の姿を
ドキュメンタリーを織り交ぜながらドラマ化したものが
~63年目の証言~となったのだ。
戦争を知らない世代に生まれた
なにひとつ不自由ない生活をしている私にとっては
とても衝撃的な事実を知る番組だった。
<自殺兵器>と呼ばれ、アメリカが恐れていた特攻隊は
片道分の燃料しか与えられない戦闘機に乗り
自らの命を犠牲にし敵艦へ激突していった。
「父上母上長い間お世話になりました。
今度選ばれて特別攻撃隊の一員となり
いよいよ晴れの戦時場へと向かうことになりました。
私も一死を持って体当たりにより日本人として
忠節を尽くす事ができるのだと思いますと
新たなる感激に決潮の逆流するのを覚えます。
父上母上私はやります。必ずやってみせます。
その時には、どうかよくやったと誉めてやってください」
出撃直前の特攻隊員(22歳)の肉声を聞いたとき
言葉にはならないほど心が痛んだ。
日本人として自らの命を犠牲にし戦うことが
当たり前の正義だと思わなければならなかったこの時代。
戦争とは、なんと惨いものなのだろう。
昭和20年4月特攻作戦は重大な局面を迎えていた。
<自殺兵器に立ち向かえ>
アメリカは、特攻の詳細を徹底的に研究し現役対策を練り上げていた。
「急降下突入」「水平突入」「降下突入」とあらゆる非行パターンを把握し
またレーダーにより200キロ先の特攻歩測が出来た為
戦闘機は次々と到達前に撃墜されていった。
成功率2割以下。
それでも特攻隊員は出撃しなくてはならなかった。
天候不良や戦闘機の不具合等で出撃に失敗した
特攻隊員を再教育する施設もあった。
そこでは「命が惜しくて帰ってきた」「死ぬのがいやだったのか」
「卑怯者。お前ら人間のクズだ」「軍人のクズ以上に人間のクズだ」と言われ続け
自殺をする若者もいたそうだ。
63年間、一人の男性を思い続けた84歳の女性がいた。
特攻隊員であった婚約者のたばこの吸い殻を
彼の身に触れた物として今でも大切に保管されているのだ。
国の為に笑顔で喜んで出撃するだなんて
そんなことは絶対に嘘だ。
そんな気持ち、あってはならないことだ。
愛する人への想いを断ち切っての出撃。
最後まで家族を思い、夢や希望を置き去りにし
空へと消えていく特攻隊員の本当の気持ちを知り
平和であることの尊さと私たちは与えられた自らの命を
どこまでも大切にして生きてゆかなくてはならないということを
この番組を通して痛切に感じ学ぶことが出来た。