上高地から明神へは、通常の左岸路が通行止めのため、右岸の遊歩道を迂回する。明神池(別名鏡池、一之池と二之池がある)は明神岳(2931m)からの土砂崩れでできた堰止湖で、イワナや野鳥の天国だ。梓川の対岸から見上げると、明神岳の迫力が神々しく迫ってくる。
ここには穂高神社の奥宮がある。安曇野市の里に本社が、奥穂高岳の頂上に嶺宮がある。ご祭神は穂高見命(ホタカミノミコト)で、海の神・綿津見命(ワタツミノミコト)の子だ。安曇(あずみ)族の祖先は、北九州に住む海の民だった。その証に、秋には竜頭をつけた舟が池を周る神事が挙行される。
この先も平坦な道だが、徐々に山の精気が体躯にみなぎる。次の徳澤園は井上靖の「氷壁」の舞台だ。登攀中の転落死を巡るミステリー小説で、1956年から朝日新聞に連載された。若い男女の心の動きや登山者の矜持なども織り込まれていて、一読すれば当時の社会の雰囲気がよくわかる。
更に1時間ほど進むと左から大きな谷が迫る。ここが横尾(1610m)だ。直進すれば槍ヶ岳(3180m)に向かう。右の急斜面を登れば蝶が岳(2677m)で、そこは槍・穂高の最高の眺望台だ。その稜線を北に進めば常念岳(2857m)へと続く。常念岳は松本平から一目で分かる均整の取れた三角峰だ。
ここで頑丈な橋を渡り横尾谷に入る。河原歩きから山腹に取り付き、徐々に高度を上げていくと、左に巨大な岩壁が聳えてくる。屏風岩だ。核心部だけで標高差は約300mある。見上げると首が痛くなる。見とれたまま歩くと転ぶので要注意だ。やがて本谷橋に到着(1800m)。河原には登山者が多数休んでいる。
橋を渡ると段丘の急登となる。2000m付近の青ガレまで来ると前穂が良く見える。その後はカールの側面を徐々に登る。足元の岩が花崗岩から斑岩、そして溶結凝灰岩(デイサイト)に変わるのも妙だ。温暖化のせいか、雪渓は消えお花畑も小さくなった。最後に急な石段を上がると、涸沢ヒュッテの入口に着く(2300m)。
一息ついてから山容を見上げる。右端の山稜は北穂高岳(3106m)の東陵で、ゴルジュの直上が頂上だ。左にたどると、南陵の頭、涸沢岳、白出のコル(中央付近の鞍部、穂高小屋がある)となる。更に左の中央部分の大きな岩塊が奥穂高岳(3190m、頂上は見えない)で、吊り尾根、前穂高岳(3090m)、その北尾根へと繋がる。(続く)