宇宙時間 ソラノトキ

風樹晶・かざきしょう

勝手に趣味ブログ
のんびりしようよ

リーフ 20

2008-09-20 22:06:05 | 小説 リーフ
「レムちゃん、大丈夫?」
 濡らした手拭でレムの頭を冷やしながら、カルが心配そうに声をかける。
 あぁ、情けない。
 レムが赤い顔で息を吐く。
 お湯に浸かりすぎてのぼせてしまい、宿の一室に寝転がる破目になるなんて・・・。
「水か何か飲む?」
「いい。飲んだら吐きそう。目が回る」
 ふうふう言っているレムに、どこから買ってきたのかカルが扇子でパタパタと風を送った。
「もう、びっくりしたよ。露天風呂から戻ったら、レムちゃん、お湯に沈んでるんだもん」
「面目ない」
 浴槽から引き上げられた後、カルの背にしがみついて(半分引きずられて)ようやく、ベッドに辿り着いたのだ。
「もう、寝たら?」
 唸っているレムを見てカルが言ったのだが、レムとしては目をつぶると余計目が回る為、眠る事が出来ないのだ。
 だけど、困った。
 レムが別の意味で、唸り声を上げる。
 夜、アガタと待ち合わせをすることになっているのだ。それに、食堂も時間で閉まってしまう。このままでは夕飯抜きだ。
 目が回っていても、食べる事は忘れないレムであった。

 レムがふと気がつくと、あたりは真暗になっていた。窓の外も暗く、外灯がぼんやりと光を放っている。
 いつの間にか眠ってしまったらしい。
 その隣ではカルが規則正しい寝息をたてている。この分では、レムが部屋を抜け出しても気付かないだろう。
 カルは、一度寝付くととんでもない根性を発揮して、ちょっとやそっとの事では起きたりしない。
 前にレムがふざけて眠っているカルの鼻をつまんだことがあったが、目を覚ますどころか全然気付いていない、という程なのである。
 それでも、朝、しっかり起きるから不思議だ。
 しばらく、カルの様子を観察して、レムがそっと音を立てないようにベッドから滑り降りる。
 眠ったせいか、頭を動かしてもくらくらしない。のぼせもすっかり直ったようだ。
 よし、とレムがベッドを離れようとして、枕もとのテーブルに何か置いてあるのに気が付いた。
 薄暗がりの中、目を凝らしてみてみると、布巾に包まれたサンドイッチであった。
「レムちゃん、サンドイッチここにおいて置くから、おなかすいたら食べてね」
 と、夢現に聞いたような気がする。
 では、ありがたくいただきます。
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リーフ 19

2008-09-19 22:18:23 | 小説 リーフ
「で、お話っていうのは・・・・」
「それがですねぇ。実は、お願いしたいことがありまして・・・・」
 のんびりのんびり話し出したアガタさん(青年の名である)の話によれば、彼のおじいさんの持っている宝玉をグルタさんという人に貸したのだが、返すと言う期日が来ても返してくれない。幾度か返すよう催促してみたのだが、聞こうとしない。それどころか、居留守は使う、犬をけしかける、仕舞には人を使って嫌がらせをするようにまでなってしまったのだと言う。
 そこで、どうにかして宝玉を取り返して欲しい。ということであった。
「だったら、あたしなんかに頼まなくても、裁判でも何でもおこしたらよろしいでしょう。借りたものを返さない相手が悪いんだし」
 わざわざ見ず知らずの他人なんかに頼まなくても、この状況なら正攻法で裁判やっても充分、勝てると思うけど・・・。
 というのがレムの考えなのだが。
「はぁ、それが、出来る事であれば、お互いの立場上、裁判沙汰にしたくないんですよ。グルタさんもはじめのうちは“家宝と交換しよう”とか“金を出すから売ってくれ”とか言っていたくらいですから、悪気があってのことではないと思うんです。わたしとしては、あの宝玉が自分のものであれば差し上げても構わないのですが、生憎、わたしの所有物ではないものですから・・・・。それに、周りがねうるさいんです。で、出来るだけ、あまり表沙汰にしないように取り戻して欲しいんです、後々の事を考えれば、グルタさんにとってもその方が良いと思うんです。
 勿論、これは、仕事としてお願いするのですから、報酬は、お支払いします。どうか、お願いします」

「うわ   っぷ」
 カルの上げた声に、レムが湯船で我に返る。
 洗い場でお湯をかぶっていた人が、勢い余ってカルにまでお湯をかけてしまったのだ。しかも、その人は、カルがいる事に全く気付かないまま、浴室を出て行ってしまった。
「カル、大丈夫?」
「うん、大丈夫」
 ぬれた顔を拭いながら、カルが湯船に入ってくる。
 ちゃぽん。
 レムの隣に腰を落ち着けた後、ふぅ~と、長い息を吐いて体を伸ばした。
 お湯に濡れない様にと頭の上でまとめた髪がびしょびしょだ。
「濡れたついでだから、髪も洗っちゃおうかな」
 ため息をつきながら、濡れた髪をつまむ。
「そうね、洗える時に洗っておいた方が良いかもね。今だったらあったかいから、すぐ乾くわよ」
 そう、ここは温泉地だから、こうしてのんびりお風呂に浸かっていられるけど、お風呂のない宿なんてのも結構あるのだ。たらいに湯を張って体を洗えるならまだ良い方で、中にはお風呂に入る習慣すらない土地もあったりする・・・。
 もっとも、目的地まではあと三日もあれば余裕で到着予定なので、風呂に入るのを我慢しようとすれば、出来なくはない。
 何だったら、濡らしたタオルで体を拭くだけでもすっきりはするし、川があればそこで水浴びで済ませてもこの季節、風邪をひくことはない。
 それでも、この暑さの中ではどうしても汗をかくし、風が吹いたら砂まみれだし、やはり風呂はあったほうが良い。
「ねぇ、レムちゃん。ちょっと、露天風呂へ行って来るね」
 レムと変わらないくらにの小さな胸をタオルで隠し、カルが湯船を出た。
「行ってらっしゃい。コケてお湯に落ちないようにね」
 そう注意するレムに
「レムちゃんこそ、のぼせて倒れないでね」
 などという会話を交わしていたのだが・・・・。
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リーフ 18

2008-09-18 22:05:49 | 小説 リーフ
 そして、夕方。カルの脳天気さを心配しつつも何とか無事、ふもとの村に着いた二人。早速、山歩きをした疲れを取ろうと、宿の温泉につかっていた。
 は~ぁ、最高。いい気持ち。
 とりあえず、肩の荷を降ろし湯船に浸かるレム。
 実は、無事とは言うものの、あの後、山道をおりながらカルがすっ転ぶというアクシデントが発生したのだ。
 それも、すっこーん。と、ものの見事にお尻から山道を滑り落ちたのである。
 杖はレムが持っており、少し前に小雨が降って足元が滑りやすくなっていたのも原因だろう。
 もっとも、そこまで降りてくれば、斜面は緩やかになっていたし、人の手が入った階段もどきのような道になっていた為、ずるずるずる~っ と、尻餅をついたまま道を滑り落ちていった。という程度で済んだのであったが。
「大丈夫ですか? こういうところではね、小股でちょこちょこ降りていったほうが安全なんです。それから、杖をつきながら歩くと、あまり滑らないで済みますよ」
 と、どこから現われたのか、先に降りていったはずのさっきの青年が声をかけてきた。そして、
「では、お先に失礼します」
 一礼の後、再びすちゃすちゃと二人の前から去っていったのである。
 何だったんだろう、今のは? ま、いっか。どうせもう会うこともないだろうし。
 そう思ったレムだったが・・・。

 しかし、が。しかし、また、会ったのである。お風呂へ向かう途中、宿の廊下で。しかも、お風呂へ入る前に何か飲もうかなとレムが一人で廊下をぶらついていた時、狙ったように声をかけてきたのだ。


★ すいません、風樹の独り言です。
 長かった・・・・。リーフ13で館を出発してようやく宿に到着。物語上ではまだ一日たっていないんですよ。それなのに・・・・。
 しかし、まだ、レムの一日は終わりません。これから先、読んでいただければレムの性格がよく分かると思います。たぶん、何となくは分っているとは思いますが・・・・。
 では、この先も続きます。お楽しみに、・・って読んでる人、本当にいるのか?
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リーフ 17

2008-09-17 12:20:45 | 小説 リーフ
「す ごい人だねぇ」
 カルの台詞にレムも無言で頷いた。
 山を降りる道の途中に山小屋があったのを思い出したレムが、そこでお昼を食べようとカルを誘ったのだが、その山小屋にたくさんの人がくつろいでいるのだ。
 それ程大きい山小屋ではないので、入りきれない人それぞれが、山小屋の周りに群がっているのである。
 のんびり休憩をとる人、弁当を広げる人、携帯燃料と小型の鍋で自炊する人、ガイドブックを見ている人 と、よくまぁこれだけ集まったものだわ。どこから沸いて出たのだろう? と感心するほどである。
 それでも結構重要な交通路の一つだし、ハイキングするにも手ごろな山なんだろうけど、それにしても・・・・。
 あまりの人の多さに、立ち尽くす2人。
「どうしようか?」
「どうしようか。っていわれても、これじゃあねぇ」
 どのみちこれでは、直接地べたに座るか岩に腰掛けるしかない。だけど、この込み合う中で弁当を広げるのも・・・・・。
「もう少し、先行って見る?」
「・・・そうだね」
 レムの提案にカルも頷き、山小屋を背に降り道へ足を進めた。
 今度は、さっきのような岩だらけの激斜面と違い、幅は狭いものの一応道らしいものがあった。とはいっても、人が何度も通り踏み固められて道になったような感じだが、それでも道は道だ。
 しかし、道の右側は登りの激斜面(しかも、斜面の上の方で岩と岩との間から水蒸気が吹き上がったりしている)、左は、一歩間違えれば間違いなく転げ落ちることが出来ます。というくらい急な下りの斜面激斜面であった。
 その激斜面の途中にある狭い平地で2人は、昼食の為の弁当を広げる事にした。
 メニューは、焼パンのチーズサンド・野菜の漬物・燻製肉に軽く味付けして炙ったもの・小林檎の蜂蜜煮(ラウルシャイン特製)であった。
 朝の弁当に較べると味気ないような気もするが、これは食べるのが遅くなっても悪くならない様にとの配慮である。

 昼食を終えて一息ついたカルが
「なんか、向こうの山が霧にかすんで別の世界みたいだね」
 と、底の見えない斜面の向こう側にある山を見て、呑気に喜んでいる。
 確かに、霧の向こうに見える緑の山の連なりは、本当に綺麗だ。レムとしても、時間があるのならゆっくりと景色を見ながら歩くのも悪くないと思っている。のだが・・・。
 もしも、足を滑らせたりした場合、落ちながら浮遊術を使うなんてまね、今のカルではとても無理。
 だ か ら。
「お願いだから、足元に気を付けてね」
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リーフ 16

2008-09-15 20:27:18 | 小説 リーフ
「でも、レムちゃん。杖なんかついて、邪魔じゃない?」
 カルの問いかけに、は? とクエスチョンマークがレムの頭上を飛び交う。
「こういう岩場だったら、両手使えるほうが体を支えるのに便利だと思うけど?」
「なんで? 杖で体を支えてるんだもの、そっちの方が余程楽でしょ」
 そう言われ、考え込むカルを見て、レムも考え込んだ。
 カルの頭の中って、やっぱり、少し変わってるかもしれない、と。
 
 それにしても、見渡す限り茶色い石と岩ばかり。殺風景な事このうえない。その時、
「あの、すみません」
 と、唐突に声をかけてきた人あり。
「もし、火種をお持ちでしたら、火をお貸しいただけないでしょうか?」
 見ると、一人の青年が火のついていない煙草をもてあそんでいる。
 まぁ、ここで煙草を吸う分には、山火事なんかにはならないだろうし・・・。
 レムは、荷物の中から火種箱を取り出して青年の煙草に火をつけ、ついでに彼の火種箱にも火を分けた。
 この火種のほかにも火口箱(ほくちばこ)があるのだが、これ使って火をつけるのって面倒くさいし、結構時間がかかるのだ。
 青年は、見るからに幸せそうな顔で煙草を吸い、白い煙を吐き出した。
 一見普通に見える(着ているものがかなり上等であることを除けば)何の変哲もない青年なのだが、それがかえっておかしく思える。というのも、青年の服装がどう見ても普段着にしか見えないのだ。
 青年の格好をちらちらと見ながら、レムが頭の中で呟く。
 別に、普段着がいけないって言ってるんじゃないのよ、あたしは。だけど、その場所にあった服装ってのがあるでしょうに。おまけに荷物は、ベルトにぶら下げた小さなポーチ一つ。あたし達の荷物とは、違いすぎるわ。
「いやぁ、どうもありがとうございます。実は、火種を消してしまって困っていたんです。これじゃ、暗くなっても灯火・ランプすら使えませんしねぇ。本当に助かりました」
 深々とお辞儀をする青年。
「それでは、魔導士のお姉さん達も怪我をしないように気を付けて」
 と、散歩でもしているような足取りで、ちょっと間違えれば足をくじいてしまいそうな石だらけの山道をすちゃすちゃと降りていった。
 それを見たカルが一言。
「よっぽどこの道、歩き慣れてるんだね」
 ・・・・それも、違うと思う。
 レムが頭の中で突っ込んだ。
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リーフ 15

2008-09-14 22:27:21 | 小説 リーフ
「それじゃ、そろそろ行こうか」
 レムがカルに声をかけて、荷物を背負う。
 登り始めてすぐ、足元がごつごつした岩場になった。足元を確認しながらでないと、足場にした岩が崩れ転がり落ちてしまう。
 足を乗せた岩がぐらついたりすると、背中が冷える気分になれると言うものである。
 それなのに、カルは・・・・。
 大きな岩をものともせず、とんでもない急斜面(というより激斜面。あるいは、緩やかな足場のある石垣)を全く休みことなく足場や取っ掛かりを探し、両手足を使ってひょいひょい登っていってしまう。
 まるで、猿のような身軽さだ。
 さっきまでの荒い息は、何だったのか?
 一方、カルに杖を借りたレムは、えっちらおっちら岩の間を登り、やっと追いついた(と、いうより足を止めたカルの元へ辿り着いた)のは、山の頂上へ向かう道と村に降りる道の分岐点であった。
「カル、はやい。    何で?」
 なんで、なんでなんで?   あたしよりちいちゃいのに。
 自分の小さい事を棚に上げ、ぜぇはぁ  しながら岩の上に腰を下ろす。
「なんで と、言われても・・・。ただ、私って、一回歩き出したりすると、頭空っぽ状態になるんだよね。で、気が付くと目的地の目の前だったりする」
「・・・なんなの、それ」
 しかし、言われてみれば、心当たりがある。
 以前、村でカルの姿を見かけたレムが、声をかけようと追いかけてみたものの、がしがし歩み去ってしまい追いつけなかったという事があった。
 いや、追いつくことは出来たのだ。カルが塀に激突して尻餅をついたときに。
 そういえば、ほかにもいろいろ思い当たる事がある。
 木にぶつかったり、側溝に足を突っ込んでいたり、かと思えば、何もないところでこけていたりする。
 声に出さずにレムがうなづく。なるほど、これがその山登り版か・・・・。途中で転げ落ちないように注意しよう。
 そうでなくても、カルは、とてつもない方向音痴なのだ。
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リーフ 14

2008-09-13 21:42:31 | 小説 リーフ
 スモークブラウンの山。
 向かって山の右側から隣の山との境目辺りまでが、茶色の岩場。左側が比較的なだらかな山道になっている。というのも、数十年前(当然の事だが、レム達が生まれるずっと前の話だ)に噴火し、山の右側が吹っ飛んだからだという。
 それ以来噴火はしていないが、未だに噴煙があがり、山の右側で所々水蒸気が噴き出している所がある。ちなみに、今回登るのは、その山の右側だったりする。その方が、かなりの距離を短縮する事が出来るのだ。
 山を見上げると、ちょっと霧がかかっているのが心配だが、まぁ、大した山ではないし、頂上まで行かず隣山の境目を通って山の裏側へ降りるだけなのだ。
 何事もなければ、夕方前には、山を降りられるだろう。・・・多分。
 それから、山を降りた麓の村は、有名な温泉地でもあるのだ。二人とも、それを楽しみにしていた。

 白 しろ シロ   真っ白
 山を登り始めて間もなく、レムたちは白い世界に放り込まれてしまっていた。
 いま、自分がどこにいるのかも分らない程の深い霧。前を見ても後ろを見ても、一緒に登って来た人達の姿すら見えない。
 そろそろ道とそうでない所の境が分らなくなってきているというのに、これは困った事になってしまった。
 これでは、道標(みちしるべ)が探せない。おまけに、辺りに漂う硫黄の匂い。
 これが、段々強くなる。
「すごい、霧だねぇ」
 レムにぴったり付いてくるカル。かなり、息が荒い。
 それもその筈、この登山道は、小石と砂の交じり合ったような状態で、しっかり踏みしめながら登っても、ずるずる滑り落ちてしまうのだ。
 それでもカルは
「迷子のならないように、ちゃんとついて来なさい」
 とレムに言われた事をしっかり守ってついて来る、えらい。
「これからは、足場が悪くなるから、今のうちに休んでおこうか」
 2人は手ごろな岩に腰掛けて、背中の荷物を降ろす。
 お昼にはまだ早いものの、ちょっと喉が乾いて小腹がすいた、という感じだ。
 この山には、休憩する為の山小屋はあるが、売店がない。自前で用意するしかないのだ。
「カル、梨食べる?」
 ラウルシャインがおやつにと用意してくれた梨を袋から取り出した。
 しゃりしゃり しゃり・・・・。
 甘い汁が、口いっぱいに広がる。
 これだけの水気があれば、しばらくは飲み物なしでも大丈夫だろう。まぁ、一応、水は持っては来ているのだが、どこに水場があるのか分らないのだ。大切にする事に越した事はない。
 そうこうしているうちに、霧が晴れてきた。これなら、道標も見えるだろう。
 もっとも、道標と言っても立て札のようなものではなく、岩に色違いの塗料が塗ってあり(黄色が道、赤が危険地帯の意味。これは、月に一度の割合で山の番人さんが印をつけているのだとの事。本当にお世話様です)それを、一つ一つ探しながら道なき道をたどっていくのだ。
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リーフ 13

2008-09-12 20:26:40 | 小説 リーフ
 出発の日
 その日の朝は、早い。
 星が輝いている夜の字も明けない頃に起き出さなくては間に合わない。
「カル、ちゃんと着替えるのよ。これから出るんだから、寝ちゃだめよ」
 真暗な中でどたばたしながら、ラウルシャインに入れてもらった温かいお茶を飲む。そして、やはりラウルシャインに作ってもらった2食分の弁当を持って館を出た。
「気を付けて行ってらっしゃい」
 マリーヌとラウルに見送られて出発。
 ラウルは、隣村まで送りたいと言っていたのだが、そうすると、今日も出かけなければならないマリーヌの朝食の用意をする人がいなくなってしまう。
 残念そうな顔のまま、館に戻るラウルシャイン。
「お土産、買ってくるからね」
 それでも、途中まで見送りに来てくれたラウルシャインに手を振り、灯火(ランプ)の明りを頼りに日の出前の暗い道を歩き出した。
 しばらく歩くと、東の空にまたたいていた星が空の色と混ざり合うのと前後して、あらりが薄明るくなってくる。
 足元が安全なのを確認して、灯火の火を消して背負い袋にしまった。

 日の出だ。
 レムがカルの様子を見ると、その場に突っ立って息をするのも忘れたのではないかという顔で、日の出に見入っていた。
「カル、初日の出じゃないんだから、そんなに感激する事はないでしょ。晴れれば、明日も明後日も見られるんだから」
 レムは、カルの腕を引っ張って歩き出した。
 普段はどれほど朝寝坊の人でも、旅となると話しは別。
 朝、まだ真暗いうちに起きて、日の出前に出発するのだ。勿論、旅慣れた人は日の出など当たり前なのである。
 そうは言っても、旅の初日に日の出を見られるのは縁起が良いという人もいるし、レム自身も一瞬日の出に見とれたのだから、あまり人の事は言えない。
 が、相手がカルの場合、そんな呑気な事を言っていられないのだ。
 あっちきょろきょろ、こっちきょろきょろ、いつの間にかいなくなっているかと思えば、道端にしゃがみ込んで何かやっていたりする。
「お願いだからそれは後にして、今日中に山一つ越えなきゃならないんだから、迷子になられると困るのよ」
 行ってるそばから、土産物屋の前で足を止めたりしている。
「カル、今買うと荷物になるから、帰りにしよう。その時、ゆっくり時間かけて買えばいいじゃない」
 カルの腕を掴んで、その場を離れる。
 もう、宿に着くまで油断できないわ。
 そう、思ったところで、レムの腹の虫が鳴った。
 そういえば、今朝はお茶を飲んだだけで、まだ何も食べてないんだった。
 取りあえず、朝食だ。
 早速、適当な場所を選んでラウルシャインの作ってくれたお弁当を広げる。
「いただきます」
 メニューは、弁当の定番・玉子焼き、焼きウインナー、野菜の漬物、サンドイッチ、それから甘い焼きパン。さすが、料理上手なラウルシャインが作ってくれただけあって、本当においしい。
 食べた一食分軽くなった荷物を背負って、本日二度目の出発。
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リーフ 12

2008-09-11 20:30:15 | 小説 リーフ
 そうと決まれば、・・・旅の用意である。
 これが、なかなか大変だった。
 要するに、カルは、何も持っていないのである。
 着替えも生活用品も、勿論、身分を証明するものも。まずは、それから用意しなくてはならないのだ。
 着替えは、レムとラウルシャインのお古と古着屋で買ったものだ。古着なんて嫌がるのではないかと思われたが、逆に「服をもらった」と喜んでいた。こういう時安上がりな人は、本当に助かる。・・・経済的に。
 もっとも、今までも古着ばかりだったから、今更、何をと言われれば、それまでだが。
 旅に必要な物といえば、旅券。要するに無分証明書のようなものだ。
 まぁ、旅券など無くても旅は出来る。できる、が、安全を考えればやはり、身分を証明出来る物を持っていた方が良い。何と言っても、カル自身、自分を証明できないのだ。
 旅券を取るのは、結構簡単だ。
 マリーヌが裏書をして(保証人になって)くれ、さらに、お役人に金色のおはじきを少々渡したところ、戸籍を持たないカルでも旅券を手にする事が出来たのである。
 他には、・・・裁縫道具・筆記具・化粧品・常備薬・地図・その他の旅用小物、なんて、いちいち買っちゃいられない。と、言いたいところだが、現代は、これらの物が手ごろな大きさに収まった旅行セットなる便利なものが販売されているので、それを購入。
 初心者は、それで十分。他に必要なものがあれば、その都度買い足していけば良い。
 それから、大物もそれえなければ。で、この大物とはなにか。
 まずは、上着。出来れば、旅先で雨風をしのげるように、襟やフードがついているものが良い。大抵は、コートやマントを利用する。
 カルは、夏冬両用長袖のコートを買った。これは、裏地をはずせば透けそうなくらい薄い布で出来ていて、風通しのよいつくりになっている。
 古着の為か、値段も結構安かった。
 次に、防護用の短剣か杖。
 カルが「剣なんてとんでもない」いうので(練習用の木剣ですら、腰がひけていた)、杖を持つことにした。もっとも、小刀かナイフくらいは、持つようにレムに言われたが。
 そして、荷物を入れる背負い袋と、携帯食料と水。それから、出来れば酒も。
 これらの物を用意しようと町で買い物をする間、カルは、合間を見て自分で稼いだ小遣いで、サポーターやポーチなど自分用の小物を買い集めていた。
 が、これがなかなか買い物上手なのである。例えば、・・・・。
「これ、良いと思ったんですけど、手元にあるお金じゃ少し足りないんです」
 と、店員に訴えるのだ。
 そうすると大抵の店員は、ここで
「いくらお持ちですか?」とか「ご予算は?」などと聞いてくる。そこで、カルは、値札より少し足りない額を出して見せるのである。後は、店員の出方次第。
 金額に合った品物を出して来る店員や、値引きはしないもののおまけの品を付けて何とか買わせようとする店員(本当に気に入ったものであれば、一緒にいるレムに足りない分を借りる振りをして買う。勿論、おまけの品ももらうのは、忘れない)。全く相手にしない店員もいれば、カルが出した金額で売ってくれる店員もいる。
 さらに、レムの「お姉さん、きれい」「ねぇ、もう一声」「せめて、その端数ぐらいおまけしてよ」「もう一つ買うから、お願いまけて、ね」攻撃が入る。
 レム曰く、
「買い物は、どれだけ安く済ませるか。にかかっているのよ。でなければ、魔導士なんて自由業、やっていられないのよ」との事。
「カルの値切り方も悪くはないけど、あたしから見れば、まだまだよ。これから、少しの間だけど一緒に旅をすることになるんだし、しっかり生活のノウハウを教えてあげるからね。がんばるのよ」
 と、カルの背中を叩いた。
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リーフ 11

2008-09-10 21:52:58 | 小説 リーフ
 マリーヌの見立ては、間違っていなかった事が良く分かった。
 カルは、平均ひと月に一つの割合で術を取得していったのだ。中には一年間で二十もの術を修得したと言うとんでもない人もいたらしいが、まぁ、これだけのスピードで術を取得できれば、上々といっても良いだろう。         
 それも、見事に精霊術ばかり。その中でも、風と火(特に風)の術とは相性が良いらしく、逆に水と地の術は、相性があまりよろしくないようだ。
 精神魔術(精神力を呪文により形にした魔術)は、まあまあ。黒魔術(と呼ばれる魔王から力を借りた攻撃専用魔術)を含んだ呪術や召喚魔術の類は、・・・教えなかった事にしよう。と思えるほどに最悪なものであった、はっきり言って問題外(マリーヌは、もしかしたら、将来、出来るようになるかもしれないと言ってはいたが)だ。
 もっとも、黒魔術ほど集中力・魔力と体力の必要な術はない、と言われているくらいだ。そうでなくても、向き不向きがある。レムは、黒魔術向きであるが、どうやらカルは、精霊魔術向きのタイプのようであった。

 そして、カルがラウルシャインに拾われてから約一年がたち、いくつかの魔術も使える様になった為、レムは、マルグリットとラウルシャインとの相談の結果、カルと共に館を出ることにした。
 行き先は、グレン市支部公立魔導士協会。レムが所属している魔導士協会でグレン市にあるのが一番近い支部なのだ。
 何のためにそこへ行くかと言うと、カルに魔術の資格をとらせ、魔導士協会に会員登録させるためである。
 記憶がないといっても、というより、だからこそ形のある資格を持っていたほうが良いのではないかと言うことになったのだ。
 それなら、記憶が戻った後も邪魔にはならないだろう。それに、何と言っても生活をしていかなくてはならないのだ(既にこの時点で、小遣い稼ぎ程度の仕事は、出来る様になっていた)。この分なら、術士見習いぐらいにはなれるだろう。

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リーフ 10

2008-09-09 22:09:11 | 小説 リーフ
 カルにとってはじめての火炎の術・火烈陣(かれつじん)。
 ちょっと見た目は、火炎球。その割に威力が小さく、その分被害は少ないし、何よりも炎を好きなところで弾けさせられるという結構便利な術である。

 その夜、泥棒が館に忍び込んだ。
 寝ぼけたカルと廊下でばったり出くわしたのが泥棒の不幸のはじまり。小柄なカルを甘く見て突っかかって行ったところにいきなり術を一発くらい、さらに素手でその場にねじ伏せられてしまったのだ。
 どたばたと、大きな音にレムとラウルシャインが階段を駆け下りると、そこには腕をひねり上げられた泥棒と
「レムちゃん。これ、どうしようか?」
 不法侵入者を捕まえはしたものの、後処理に困るカルの姿があった。
 寝ぼけながらも、これだけ術が使えれば大したものである。
「わかった、後は、あたしがやっとくから、もう、寝ていいわよ。はい、おやすみ」
 と、欠伸をかみ殺すカルを寝室にもどした後、レムのお情けにより泥棒は、役所に突き出されずに済んだ。が、折角盗んだ品物は返却させられ、懐の中身までが寂しくなった上での放免である。
 もちろん、カルとラウルシャインには、内緒だ。
 とはいうものの、盗んで行こうとした魔法の品、あまり一般生活に役に立つとは思えない物ばかりだったので、お気の毒様としか言いようがない。

 次とその次にカルが修得した術は、撃風弾(げきふうだん)と風裂(ふうれつ)矢(し)。そして、その次は、かの有名な火炎球。一般的に“ふぁいやあぼおる”と呼ばれているやつである。それから、・・・・。
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リーフ 9

2008-09-08 22:48:03 | 小説 リーフ
 そして、次の術・烈風陣(れっぷうじん)。
 何のことはない、凝縮した風を弾けさせる。つまり、烈風を生み出すという術である。
 使い方としては、飛んできた矢などを吹き飛ばす、向かってくる相手の動きを一瞬止める、薄い木の板くらいなら弾き飛ばす事も出来るという、便利な術なのだ。
 そして、その理論を勉強し、実習を終えた翌日の事。

 薄暗がりの中。
 レムとカルは、一人の少年を背に庇い東屋の中に座り込んでいた。
「カル、大丈夫?」
 声を殺してささやくレムに、カルが無言でうなづく。
「それじゃ、行くわよ」
 少年の腕をつかんで、レムが腰を浮かす。
 建物までの距離は、庭を突っ切ればあとわずか、なのだ。が、身を隠すものが何もないところを突っ切らなければならない。
 だからこそ、こういう時のために応援としてカルを連れてきたのである。
「カル   GO!」
 レムの合図と供にカルが飛び出す。一方、レムは、少年の腕を取り木々の間を走って建物に向かった。
 印を結び
 『烈風陣』
 ひゅんひゅん と、飛んでくる矢に向けて、カルが術を放つ。

 大成功。   よね。
 うん。この護衛の仕事は、間違いなく大成功だった。
 あのお坊ちゃまは、無事に家に送り届けたし、カルもまぁ上手に術を使えた。
 報酬も、思っていたよりも多かった。だから、これは、大成功のはず・・・。
「どうしたの? ずいぶん、難しい顔をして・・・」
 かなり多く(法外と言っても良いくらい)の報酬を手にし、マリーヌの館に戻ったレムにラウルシャインがお茶を出しながら訪ねた。
「う・・・ん。あれ、カルは?」
 そういえば、さっきまで“怖かった”と騒いでいたのだが、姿が見えない。
「あ、疲れてるみたいだったから、先に寝るように言っておいた」
「そう」
 いつもの事だけど、よく寝る子よね。 
 お茶を飲みながら、息を吐くレムに
「なに、カルが何かやらかしたの。仕事、失敗したとか?」
 笑えない台詞を吐くラウルシャイン。
「失敗してたら、こんなに多額の報酬手に入らないわよ」
 そりゃそーだ。
「じゃぁ、何なの?」
 「うん、さっきカルが、“怖かった”って騒いでたでしょ。あれ、あたしも、すごく怖かったのよ。だって、カルってば目をつぶったまま術ぶっ放つんだもの」
 レムにとって、笑えないおまけであった。

 しかし、その程度でめげてはいられない。
 また、カルは、やってくれたのである。
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リーフ 8

2008-09-07 20:16:56 | 小説 リーフ
「え・・・と」
 仕度を整え食堂に下りてきたカルは、困ったように頭をかいた。
「あの、昨日、水の術を教えてもらったでしょう。だから、今回は、自分ひとりでこっそり覚えて、驚かそうと思ったんだけど・・・」
「確かに驚いたわ。別の意味で」
 そう、呟いたのは、レムである。
「それで、どこで練習してたの?」
 ちぎったパンを口に運びながら訪ねるラウルシャインに
「え、森の外れの池で・・・」
 玉子焼きを食べながら、カルが答える。
「で、出来る様になった?」
 今度は、レムからの問いに
「う~ん」
 と、唸ったっきり黙ってしまった。
「でも、何だって一人で、それも、わざわざ、そんな・・・・」
 まだ、突っ込みたそうなレムに
「レムと行くと、水に放り込まれると思ったんじゃないの?」
 ラウルシャインが逆突っ込み。
「あら、失礼ね。いくらなんでも、あたしがそこまでする訳が・・・」
「ないって、言い切れる?」
「    そりゃぁ、絶対無いとは、言い切れないけど(ぶつぶつ・・)」
 と、朝食漫才をしている人は置いといて、他にも“水中術”という水中でも空気中と同じように行動できるという術もあるのだが、結局レムは、その術を教える事無く終わった。
 いや、教えなかったのではなく、教える事は教えたのだ。しかし、レム本人が使えない術だったので、無理はやめよう。という事になったのである。
 と、いうものの、カル自身が泳ぎが下手な為、取りあえず溺れないで済む・・・かな? という術の修得状態となってしまったのであった。
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リーフ 7

2008-09-07 11:14:11 | 小説 リーフ
 次にカルが取得した術は、カルにとって唯一の水の術・水気輪(すいきりん)。水中でも息を続ける事が出来る術である。が、あくまでも、息を続ける事ができるというだけで、行動力が増す訳ではないので、要注意。つまり、水圧や水温、水の抵抗などはそのままと言うことである。

 そして、術の講義をした翌日の朝、朝食時間になってもカルが食堂に来ない。
 あの、食いしん坊のカルが食事の時間に来ないなんて・・・。
「ちょっと、呼んで来るわ」
 レムが椅子から立ち上がり、食堂を出た。
 階段を上がり、カルの部屋のドアを叩く。
「カル、朝よ。いつまで寝てるの?」
 ? ・・・返事がない。
「かる、開けるわよ」
 言いながら、ドアを開けるレム。そこで、正面にいるカルと目が合った。
「なに、やってんの?」
 レムが素っ頓狂な声をあげる。と、いうのも、目の前に窓枠に片足を掛け部屋に入ろうとするカルの姿があったためだ。
「一体、なにやってんのよ」
 レムが、同じ台詞を繰り返してしまったとしても、仕方がない事だろう。
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リーフ 6

2008-09-01 11:14:55 | 小説 リーフ
 まずは、基本通の基本・精霊気学。そして、魔術の基本である精霊魔術から始まり、次に自らの精神力を源にした精神魔術。そして、魔力・体力・精神力全てにおいて消耗が激しいと言われる攻撃魔術へと講義が移っていく。
 その他、実践技として、体術・杖術・剣術などの防護術の訓練も行われた。
 この現代社会で魔術一本で世間を渡るのは、はっきり言って難しい。
 最低でも短剣か杖あるいは体術など、ある程度自分の身を守る位のことは出来ないと、やっていけないのだ。
 もっとも、城や神殿にこもりっきりで一歩も外に出なくて済む様な人なら、話は別だろうが・・・。

「だけど、カルって、全くの素人ではないような気がするのよ。剣の腕はイマイチだけど、杖がまあまあって言うか、それよりも武器使うより無手の体術の方が向いてるような感じよね」
 カルが寝付いた後、いつものように居間でお茶を飲みながら、ラウルシャインに耳打ちするレムの姿があった。

 そして、カルがこの館に来てから約一ヶ月ほどたったある日、術の実技演習の為レムに伴われてちょっと遠出の野外授業をすることになった。
「いい、カル。魔術の実践に必要なのは、何と言っても気力よ。魔術って言うのはね、体力・気力・集中力。そして、根性の産物なのよ。わかった?」
 大きな声で発破をかけるレムに
「は~い。よお~っく、わかりました」
 と、レムの足元から声が返ってきた。
 今、カルがいる場所というのが、レムの足元より斜め下、彼女の前に大きく口を開いている地面の割れ目の中なのである。
 前日、前々日の丸々二日間、魔術実践の講義をし、そして三日目の今日、初めて術の実践を行う事となったのである。
 今、レムがカルに教えているのは、風の術としては基本的な浮遊術(レビテーションとも言う)。それほど難しい術ではないものの、簡単というほどでもない。でも、まあ、教える側としては、どちらかというと正統派向けの向けの術だし、これ一つ出来れば何かと便利だし、という理由で選んだらしいのだが・・・。
「カル、大丈夫? もう少しだから、頑張って。根性よ、根性」
 レムが割れ目に向かって声をかけ、下を覗き込むとそこには、吹き上がる風に長い黒髪をなびかせながら、ほぼ垂直に立ち上げる岩壁にしがみつくカルの姿があった。
 百獣の王・獅子は、子を千仞の谷へ突き落とすと言うが、別にレムがカルをこの割れ目に突き落としたと言う訳ではない。ちゃんと浮遊術を使ってカルを下まで運んだのである。
 何と言っても、術は体で覚えるのが一番。と考えたレムは、さらにもう一度術の使い方を教え、一足先に浮遊術で地上に戻り、こうしてカルが自力で戻ってくるのを待っているのである。
 しかし、これは、術の訓練というより、命綱無しのロッククライミングと言った方が近いかもしれない・・・。
 教えられたように印を結び浮遊の呪文を唱える。
 ふらふらと上昇に成功。しかし、突風に吹き飛ばされそうになり、岩壁にしがみつく。そんな事を何度も繰り返して、ようやくカルの手が割れ目の縁にかかった。
 まだ、風に飛ばされるような状態ではあるが、もう少し慣れれば、ちょっとやそっとの風ぐらいではびくともしなくなるし、レムがやったように人を抱えて飛ぶ事も出来るようになる・・・はず。
 さらに上級にもなれば、風に逆らって飛んだり、飛びながら別の術を使うことも可能となる。
 まぁ、今すぐと言う訳にはいかないだろうが・・・。
「た、ただいま、もどりました」
 ぜいぜいと息を切らしながら、地面の上に体を引き上げたカルは、そのまま ばったし という感じでレムの足元にひっくり返り、睡眠空間に入り込んでしまった。
 それを見たレムも
「さすがに、三日連徹(連続徹夜)は、疲れるわ、・・・やっぱり」
 あくびをしながらも、カルを割れ目に落ちない程度のところまで引きずっていき、その隣で横になると爆睡空間になだれ込んでいった。
 レムとしては、ほんのちょっとだけ。の、つもりであったのだが
「レム。カル。夕飯だよ。夜になっちゃうよ」
 迎えに来たラウルシャインの呼び声で目を覚ますと、辺りは、すでに薄暗くなっていた。


※ 風樹です。

 とうとう、カルが魔術を取得しました。それにしても、レムの教え方ってとんでもないですね(自分で書いて言うか)。これから先、レムの性格がさらに過激になっていきそうです。そして、カルのぼけっぷりも・・・。
 いまのところ、文句が来ないようなので(いるのか、読んでくれている人は)続けて行こうと思います。
 これからも、よろしくお願いします。
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