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生産性

巷では自民党の杉田水脈衆院議員が「同性婚は子供を作らない、つまり『生産性』がない」と発言したことにより、物議をかもしている。

自分のこれまでの人生とこれからの人生の中での「生産性」についても考えてみた。ここでいう生産性とは、自分や世の中のためになるのか(これは生産性がある)、自分のためにも世の中のためにもならないのか(これは生産性がない)、まっとうな消費活動ができているかどうかということ。平たく言えば、生産性とは何かを生み出す力のこと。

私が一人暮らしするのと5年後も10年後も実家に住むのではどっちが生産性があるか。お母さんは(あと、母方のおばあちゃんも)一人暮らししないでほしいと言っているが…一人暮らしするようになったら、実家に住んでいてはできないことをやりたい。実家に住んでいてはやりづらい社会活動もしたい。一人暮らしすると自分を高めたり、本当の自分を見出すことができ、また、貸し主の家賃収入になるので、生産性があると思う。一人暮らしを断念して実家に住み続けるのは自分のためにはならず、親しか安心させることができないので、生産性がないと思う。結婚に関しては、子孫を残すためには結婚すべきかなと思うけど、今のところ結婚願望はなく、お一人様をエンジョイしたい感じ。

大学4年の7月下旬から9月上旬にかけて先輩に毎週というほどスナックに誘われて、2回に1回は断りきれず2週間に1回というペースで行ってしまった。全然楽しくないわけではないけど、基本的にはスナックに興味ないし、お金が減るところが嫌だった。店の売上になる以外ではためになったと思うことは何一つなく、先輩のスナックに行きたいという欲求を満たしたことにしかならず、ずいぶん生産性がないことをさせられたなと思う。タバコは吸うな、パチンコはするな、ギャンブルはするなって言うのに、スナックには週1のペースで誘ってきたところもムカつく。いつかは彼と付き合うのをやめたいと思ってたので、2008年に私が携帯番号を変更して新しい番号を教えないという形で縁を切った(今年はあれから10年)。それ以来、嫌なやつのために大金を使わされることはなくなり、自分が本当に好きなこと(カラオケしたり、時々ハーゲンダッツのアイスを買ったり、ケンタッキーに行ったり)にお金を使っている。

高3の時「スカートを着たい」と言ってお父さんに怒られて、「そんなことよそで言うな」とも言われたが、これに関しては、世の中の物事に対する自分の見解を話すことによって自分の考えを世の中に還元でき、生産性があると思う。お父さんに言われたからといってそれを黙っておくのは、自分の考えを世の中に還元できないので、生産性がないことだと思う。

自分の意志で「生産」していることを止めようとする動きがあっても、正当な理由がなければやめずに継続していきたい。また、自分の意志に反する「生産」を強要されるのは拒否していきたい。

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