友蔵の車でドライブに出かけた。
ここで初めて明かすが、友蔵の職業は警察官だった。
仕事一筋だった友蔵は高卒の叩き上げで巡査から地道に出世し、この頃には田舎の小さな警察署の署長になっていた。
家庭内の地位は毒子により低められていたが、社会的な地位は着々と築いていたのだった。
友蔵が私を単身赴任先の近くの滝を見に連れて行ってくれると言い、私は暇な大学生だったので断る理由もなく、付き合うことにした。
その道中のことだ。
山道でバイクが故障して立ち往生している中年男性がいた。
友蔵は車を停めてその人に声をかけた。
そして、その人を乗せて目的地まで車で送り届けた。
その中年男性は友蔵に、とても助かったとお礼を言い、財布から千円札を数枚出して渡そうとした。
友蔵は「そんなのは受け取れない」と断ったが、その人も「これは気持ちだから受け取って欲しい」と引き下がらなかった。
しばらく「受け取れない」「受け取ってくれ」と押し問答していたが
友蔵は頑として受け取らず、結局その人が折れて深々とお礼を言って去って行った。
私はその光景を目の当たりにして
(あれ?友蔵、ええ人やん)
と思った。
今思えば、非番とはいえ警察官として当たり前のことをしただけなのだが
子どもの頃から友蔵が『悪人』であるかのように毒子から吹き込まれてきた私は、
それまで抱いていた友蔵像がガラガラと音を立てて崩れるのを感じた。
まさに、洗脳が解けた瞬間だった。
友蔵は誰の悪口も言わない。
自分の自慢をしない。
クソがつくほど真面目。
法定速度は厳守。(よく渋滞のヌシになる)
一滴でもお酒を飲んだら運転しない。
(今は当たり前だが、この頃はお酒を飲んでも運転する人が多かった)
浮気もしない
ギャンブルもやらない
働いたお金をちゃんと家に入れている
まじめに働いて出世して、警察署長にまでなった。
なのに、毒子からはボロクソに言われている。
毒子が私にこんなことを言ってきたことがある。
私が小1の時の作文に、「うちにはぼうりょくだんがいます」と書いたのだそうだ。
「暴力団」というのは友蔵のことだが、担任の先生が赤ペンで「何のことか先生にはわかりません」とコメントを書いていたと。
毒子は「あんた覚えてないの?」と言ってケッケッと笑った。
私はそんなことは全く覚えておらず、それを聞いて恥ずかしくなった。
『暴力団』という言葉を小1の少女が知るわけがないので、それは毒子が私に「お父さんは暴力団みたいや」と教えたのだ。
私が母親だったら子どもがそんな作文を書いたら先生に対して恥ずかしいし
子どもにそんな思いをさせていたのかと心を痛めるだろう。
しかし、毒子はケッケッと愉快そうに笑っていた。
警察官の父親を子どもに『暴力団』と教える神経が私には分からない。
私は見ていないが、友蔵は毒子に暴力を振るったことがあるのだろう。
しかしそれは毒子の口の暴力に対抗しただけだったのに違いない。
実際、毒子に激昂して友蔵が包丁を持ち出してきたことがある。
その時は本当に恐ろしかったが、友蔵は直ぐに包丁を手から離した。
刺し殺したいほど憎かったのか、
ヒステリックに友蔵を罵り続ける毒子を黙らせるために脅してみただけなのか…
毒子は友蔵の前で平気で友蔵の実家の悪口を言う。
若い頃、友蔵の給料が安くて生活がカツカツだったと言う。子どもの給料が安かったら普通は親が援助するのに、友蔵の実家は何も援助をしてくれず、毒子の実家から援助を受けたという話は何度も聞かされた。
友蔵の実家は山や田畑をたくさん持っているのにケチだと。
私にはまるで毒子が友蔵の実家の財産目当てで結婚したかのように聞こえた。
そして友蔵の母親(私の祖母)の悪口もよく言っていた。
もしも私が友蔵だったら、毒子を殴りたくなっただろう。
もちろん、友蔵にも悪いところはあるだろうが
友蔵と毒子、どちらが『悪人』かと問われたら
今の私は迷わず「毒子」と答える。