私は「成人式出ないから要らない」と答えた。
ひねくれていた私は、成人式に振袖を着るという呉服屋の商業主義に乗せられるのは愚かだと思っていた。
それに、小学校単位で開かれる成人式には行く気がしなかった。会いたい人もいなかった。
そして1番の理由は、そんな高い物買ってもらったら悪いと思ったからだ。
私は子どもの頃から毒子に「うちにはお金がない」と聞かされて育ってきた。
私が幼い頃、毒子は家でボタン付けの内職をしていた。わたしが1人で留守番できるくらいの年になると、毒子はパートに出かけた。
節約して家計をやりくりして大変だったのは事実なのだろう。
しかし、私が大学に入った頃には友蔵は出世していて給料は上がっていただろうし、子どもたちは2人とも自宅から国立大学に通っていたので、仕送りも必要なく、学費は安いという、大変羨ましいご身分となっていた。
毒子はその頃はとっくにパートをやめ、カラオケや刺繍などのカルチャーセンターに通っていた。
「奥さん会」と言われる、警察官の妻の交流会があった。署長クラスの奥さんの中には高級ブランドの服を着てくる人達がいたようだ。
「〇〇さんはアシダジュン、〇〇さんはピエール・カルダン、〇〇さんはいつもレリアン」
毒子は高級ブティックの常連となり、張り合うように高級ブランドの服を買うようになった。
ある日毒子は「ホリが私を無視した!」と店員の名を呼び捨てにして怒っていた。
いつも毒子にすり寄ってチヤホヤしてくるホリという店員が、他の客の相手ばかりして自分の方に寄って来なかったと言うのだ。
それは毒子よりも上得意な客が来ていたのだろうと誰でも分かることだが、毒子は怒りが収まらない様子で「もうあんな店では二度と買い物しない!」と怒っていた。
あんたは何様や…
毒子は始終こんな感じである。
その高級ブティックで服を買わなくなったのはいいが、今度毒子がハマったのは着物だった。
ある日のこと、成人式はもう済んでしまったのに、毒子が私の振袖を買うと言ってきた。
次の年の成人式用に開かれた、振袖の反物の大掛かりな展示会に連れて行かれた。
そこには呉服屋の主人が待ち構えていて、私は鏡の前に立たせられた。呉服屋が次々と持ってくる反物を、流れ作業のように毒子が私の体に充てがっていった。
「やっぱりuparinには赤が似合う」と言い、振袖を選んだのは毒子だった。呉服屋は隣で毒子の趣味を褒め称えていた。
その振袖がいくらしたのかはっきり聞いていないが、結構な値段だったようだ。
成人式は終わっていたが、振袖は大学の卒業式の謝恩会や友人の結婚式に活躍することとなった。
それ以来、呉服屋がしょっちゅう家に来るようになった。
毒子は自分の着物も買っていたようだが、着物を着る機会なんて滅多にないので一、二着買ったらもう必要がない。
呉服屋のターゲットは私だったようだ。
娘さんの嫁入りに着物を揃えないといけないという口車に乗せられ、まだ将来結婚するかどうかも分からない学生の私に、毒子は次々と着物をあつらえていたのだ。
当時の私はそんなことは知らなかったのだが、毒子が呉服屋主催のバス旅行にしょっちゅう行っていたのは覚えている。着物を買うと招待されるようだった。
私が嫁入りに持ってきた箪笥の中には、一度も袖を通したことのないたくさんの着物が仕付け糸がついたまま眠っている。
何を考えてこんなに着物を買ったのかと呆れる。総額何百万円になるのだろうか…
今売っても二束三文にしかならないのに。
このお金は友蔵が働いたお金だ。
そりゃ、毒子も家事労働はしてきたには違いないが
友蔵の給料は毒子が吸い上げて、友蔵は小遣いをもらっている。年金生活となった今でもそれは同じだ。
毒子は私が子どもの頃は「あんな男とは離婚する!離婚する!」といつも言っていた。
「あんた達(兄と私)がいるから離婚できない」とも言われた。
子ども達が成人したんだから離婚すればいいものを、毒子の「離婚する」は口先だけだった。
そりゃ、離婚したら呉服屋にチヤホヤされて着物を買いまくる道楽なんてとてもできないからね。
友蔵のお陰で贅沢ができるのに、生活が豊かになっても毒子の友蔵への悪口は止まなかった。
しかし、この頃は友蔵があまり相手にしなくなったのか、若い頃のような激しい喧嘩はなくなっていた。
ある日、県警の広報誌に友蔵のプロフィールが載っているのを目にした。
好きな漢字は『忍』と書いてあった。
『忍』の意味は『がまんする』『じっとこらえる』
友蔵は毒子にいつも我慢しているんだと思い、すごく腑に落ちた。
タイムマシンがあったら結婚前の友蔵に会いに行って言ってやりたいよ。
あの女と結婚するのだけはやめなさい!!と。
そうしたら私も生まれていなかった。
私が生まれていないのは全然構わないが、
長男やニイト君も生まれて来なくなるなぁと思うと複雑な気持ちがする
長々と愚痴りましたが
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
もう少しお付き合いくださいませ💦