一年生の時の実力テストの校内順位はドベから数えた方が早かった。
『これではいけない!!』
地元に大学があるのに下宿をして家を出るには高い学力が必要だ。
私は行きたい大学を定めた。この大学なら文句を言わずに下宿させてもらえるだろう。
勉強時間を確保するために部活をやめ、テレビも見なくなり、漫画も読書もやめた。
兄とは子どもの頃からあまり会話がなかったが、勉強法は教えてくれた。
「英語と数学を徹底的にやれ」
そして兄のお勧めは旺文社のラジオ講座だった。
学校の副教材の数学問題集をやりまくり、英単語を必死で覚えた。
勉強すると成績は面白いように上がっていった。校内順位が上がるのが楽しみでますます勉強した。
しかし、高3になると勉強に邪魔が入った。
ある日、自転車での学校の帰り道、後ろから「よお!」と声をかけられた。
同じクラスの男子Yだった。
Yは自転車に乗りながら「家、こっちの方なんだ〜、偶然だな〜」と言い、私が自転車を漕ぐのに合わせて伴走し始めた。
Yは人懐っこく、色々話しながら私の家の前までついてきた。
それからというもの、Yは毎日、帰り道に私を待ち伏せしてどこからともなく現れると、ベラベラと喋りながら家の前までついてきた。
その頃はストーカーという言葉はなかったが、毎日待ち伏せされていると思うと何か気持ちが悪かった。
しかし、それまで中学の3年間と高校の2年間、ろくに男子と話したことがなかった私にとっては新鮮な体験だった。
思春期以降、私が普通に会話できるのは同級生の女子だけで、男子は大人と同様に緊張する対象だった。
しかしYと話す時は緊張しなかった。Yは勝手に喋るので、私は相槌を打つだけでよかった。
そのうち、Yは学校帰りに喫茶店に入ろうと言ってきた。私は早く帰って勉強したかったが、断り方が分からなかったので、誘われるままに一緒に喫茶店へ入った。
学校帰りに男子と喫茶店に入るなんて、考えたこともないことだった。
相手が好きな人ならとても嬉しくて楽しくてワクワクすることかも知れないが、私はYのことは好きでも嫌いでもなかった。
なぜか犬のように自分にまとわりついて来る、ただの同級生に過ぎなかった。
喫茶店でYがコーヒーを注文して、スプーン山盛りの砂糖を何杯も入れていたのが気になった
「そんなに砂糖をたくさん入れると頭が悪くなるよ」
私はついつい、子どものころから毒子に教えられてきたことを言ってしまった。
毒子は『甘いお菓子を食べると馬鹿になる』とか『白い砂糖は頭が悪くなる』とよく言っていた。
その頃の私はまだ毒子の言うことを信じ込まされていた。
Yはムッとして言った。「俺はどうせ馬鹿だよ」
私はせっかく良いことを教えてあげたのに、何でムッとするのかなと思った。
Yの話は内容があまりなく、退屈だった。
私はYと待ち合わせしたつもりはなかったが、毎日どこからともなく自転車で現れて横について来るので、毎日一緒に帰る形になってしまっていた。
ある日、Yは「日曜日に買い物に付き合って欲しい」と言ってきた。
私は日曜日は家で勉強したかったが、強引なYに言われるまま、電車で出かける約束をしてしまった。
電車に乗って出かけるような服を持っていなかったので、駅前にあった鈴丹という服屋へ自転車で行き、千円くらいのスカートを買った。
日曜日、買ったばかりの安物の生地のロングスカートをはき、電車に乗ってYと出かけた。
私はYと一緒に私服で出かけているところを同級生に見られたら嫌だなぁと、そればかり気にしていた。
Yは面白くない冗談ばかり言っていたが、私はもっと勉強の話とか小説の話とか、何か深い話がしたかった。
電化製品店が多く並ぶ商店街で、Yはラジカセを買った。
私はなぜ自分の貴重な時間をYがラジカセを買うために費やさなければならなかったのかと考えていた。
今日の1日で数学の問題が何問解けただろうと。
帰り道、Yは私の手を握ってきた。
どうしたらいいかわからなかった。
振り払ったらYに悪いような気がした。
フォークダンスでたまたま隣り合った人と手をつないでいるだけだと思うようにした。
そして、誰か知っている人に見られていませんようにと心の中で祈った。
こんなところを見られたらYと付き合っていると勘違いされてしまう。
私はYと付き合っているつもりはなかったが、Yは私と付き合っていると思っているようだった。
つづく