とてもアルバイトなど出来そうもないと思った孫息子が大学に入ってこの夏からアルバイトをしました。”自分のチキンラーメンを作る”皆さんご存知の会社見学観光コースです。外国人のコースに説明して作ってもらう…と言う大学生にはぴったりのアルバイト。母親べったりの孫息子が驚いたことに「手際がいい」と会社から褒められたそうですから。彼の作ったラーメンをやっと(体重制限をしていたので)今日昼食に食べました。けいん君の優しさがスープにたっぷり感じた…孫贔屓のばばです。赤ちゃんの頃”ぴよぴよラーメン”と言って大好きだった娘も五十になんなんとしています。感無量!
近所の問屋さんから解禁前日にボジョーレ・ヌーヴォー(赤)を今年も手に入れました。ラブレ・ロワ・ワイナリーでブドウの古木から収穫した凝縮味のある実だけで仕込んだボジョーレ・ヌーヴォーです。香りはフルーティと言うより落ち着いた香り、爽やかというより重量感がありヌーヴォーにしてはすでに芳醇(少しライトですが)な感じがします。苦味、酸味は全くなくぶどう本来の味や香りが際立っていると思う。ですから私好みでどんどん飲めちゃう。とても美味しいと思う。早速もう一度問屋さんへ走ってしまった。なかなか自分に合うワインを探す事は難しいものですものね。
友達のTさんから皆さんご存知の菊の花”もってのほか”を頂いた。盛りを過ぎてしまったので湯がいて冷凍にしておいて下さった。”もってのほか”の言われは諸説あるがやはり菊のご紋章を食べてしまうと言う不敬からきたのでしょう。日本人の自然を愛で四季をいとおしむ心は本当に美しいと思う。
著者が交友があったと言う北杜夫や遠藤周作がうつ病であった事はよく知られています。著者のパートナーである曽野綾子も鬱に陥った事があり医者でもないのにこの本を書こうと思ったと言っています。環境との摩擦があっても他人やその環境に誠実に生きようと考える種類の人が陥る袋小路が”うつ”と言う。ですから様々な挫折や不満があっても悪いのは自分じゃないと思える人はうつにはならないそうです。私も退院し日常生活に戻った時、神経が研ぎ澄まされ他人の考えている事や行動の裏側が見えて嫌になり”欝”になった。しかし著者はうつは”知性の影”だと…何故なら自己と向かい合って現実を分析して因果関係を考える、易しく言えばどうしてしてこうなったのか原因を追究してしまう。そんな事をしないで”成るようになるさ”と軽く受け流す技があれば…と言うことになるのでしょう。外界の愚かしさと自分の”賢明さ”を対比させる事で己のうつを開放する事もできる…と。ですから”誠実な人ほどうつになりやすい”とも三浦朱門は言っていますぞォ。こだわりを捨ててちゃらんぽらんと生きていけたらなあ。曽野綾子のうつは海外旅行へ行って環境を変えた事で治ったそうです。ふん、ふん、なるほど、解る。
文化祭の別室ではお茶をたてて下さっている。お作法も知らないのにちゃっかりお呼ばれしてきました。日本の文化には”約束の美””決り事の美”が多くあり実に美しいとつくづく思う。こうして特有の文化に触れると(歌舞伎やお能もしかり)身を改めて律すると言う思いに駆られます。そんな事を考えるから”うつ”になる。よもぎ饅頭が美味しかった…それでいいじゃあないの。(天の声です)
お隣のF団地には文化人(自称?)が多く(××先生がン十人いると言う)コミュニティ・ホールで”文化祭”を毎年開いています。今年は私もちょっとお手伝いをしたので見てきた。お友たちのOさんが長年研鑽を積まれた”書”を出された。彼女の優しい、たおやかな性格の出ている書はとても美しい。私は製本の技を生かして装丁をお手伝いした。やはり小品なのでこうして額にいれバックの色彩も考え”書”が浮き出るようにした事が”書”の気品が強調されてとてもいいと感じました…と言うのはアイディアはOさんで私はバックの布を貼り、書に金の額縁をつけただけ。このほか写真、俳句、華道、手芸などの力作も。皆さんお歳を召した方が多く、でもこうして頑張られている…勉強になりました。
文化の日に因んで一席…。家の前の空き地にあざみの花を見つけた。あざみは薔薇の次に夫が愛した花で見るたびに思い出す。あざみはスコットランドの国花です。13世紀ノルウェ-軍がスコットランドに侵攻した時ノルウェーの兵士がアザミの花を踏んで叫び声をあげた。それに気づいてスコットランド軍は敵を追いやる事ができた…と言う故事からだそうです。花言葉は”独立、報復、厳格、触れないで”。ですから野原であざみを見つけるとすくっとしたその姿、棘のある葉に威厳を感じる。野原のあざみに大いなる興味を示した私に”何処にでもたくさん咲いている”と笑い飛ばした友人がいたが…何をか言わんや生活の濃密さが違います。まあ私の胸の内だけでいい事ですが。