2018年に発表された論文によると、現代の若年層は高齢者層よりも功利主義的な判断に寛容である傾向らしい。
また功利主義的な判断への寛容さと加齢・成熟にはほとんど相関がないことから、寛容さの傾向は最近の世俗により高まったものであるとの推測が立った。
……要は、現代の若者は半世紀前の若者よりも、トロッコ問題でレバーを操作する可能性が高くなったということ。
「暴走するトロッコを放置していれば、先の線路で作業する5名の作業員の命が奪われるだろう」「目の前にあるレバーを引けばトロッコの行き先を変えることができるが、変えた先にも1名の作業員がいる。レバーを引けば、この作業員の命はない」
このような問題に直面したとき、作業員数(最大多数の最大幸福)を最優先に置きレバーを切り替える行為、もしくはそのような意思を功利主義的な判断という。
技術発展により、より個を尊重できるようになったが故の副産物だろうか、功利主義的な判断に世間は寛容になり、一部では求められるようにもなった。
そして一部では、主観的な感情を蔑ろにしたマキャベリズムな決断が下されることもある。作業員数を優先するためにレバーを引くという、従来の道徳的価値観では戸惑ってしまうものが、何のためらいもなく行われることも。
ーーーそれらの現象が良いか悪いかは別にして。
功利主義者には1つ「従来の道徳的価値を頭ごなしに否定する」ことは避けるよう願いたい。
従来の価値観でも成り立つものはあるし、否定しても利益は得られないはずだから。
参考文献
Hannikainen, Ivar, Edouard Machery, and Fiery Cushman. 2018. Is
Utilitarian Sacrifice Becoming More Morally Permissible?