いわゆるコンピューターゲーム(以下、ゲーム)は、登場以来、私たちを熱中させ続ける魅力的な娯楽だ。
熱中できる理由は心理学の言葉で説明することができ、端的に言えば「一貫性のある非現実的な場所が舞台で」「目標や勝利条件が明確であり」「達成までの道のりや勝利したことで得られたものがすぐにわかり」「選択の余地と自由度がある」からゲームに熱中できるのだ[参照]。
また、これらは熱中しやすいゲームを作るための要素と言い換えることもでき、この要素を欠かせばたとえゲームであっても魅力を感じづらくなる。
教育心理学を学ぶ人たちは、これを学習に転用しようと企んだ。
ゲーム以外の文脈で、ゲームのように熱中させることができるかを思案した。
俗にいう、ゲーミフィケーション[参照2]である。
ゲーミフィケーションとは"ゲーム的に表せる"意欲発生要因をゲーム以外の事象に用いることで、経験値とか、レベルアップとか、実績といった要素を学習などに適応することを指す。
そしてゲーミフィケーションの利点は、これまで専門用語でしか語れなかった意欲発生要因を"ゲーム的に表せる"こと。「自律性とコンピテンスと関連性を重視した教育方法を!」と言われるよりも「ドラゴンクエストっぽい教育方法作ろうぜ! ドラゴン要素は省いてもいいから!」と言われたほうが享受する側もされる側もわかりやすいのだ。
また、ゲーミフィケーションは発展途上の分野であり定義や手法が定まっておらず、人によって言ってることがかなり違うのが現状だ。が、それでも一番最初に話したゲームに熱中できる理由からは、どれもそう大きく外れていない。
(補足として、ゲーミフィケーション以外にもゲームを学習に転用する方法が編み出されている。ゲームベースドラーニング(GBL)やシリアスゲーム(SG)などがあるが、今回は割愛させてもらう)
意欲がより湧きやすいゲームと、それに倣い組み立てられたゲーミフィケーション。
一見するとこれまでにない学習成果を挙げそうだが、実際はどうなのだろうか。
今回は、ゲーミフィケーションの実践と実態について解説していく。
結論から言えば、効果はある。が、万能ではないことも確からしい。
まず、ゲーミフィケーションは自由記述課題にて一定の成果を残している。
批判的思考が問われるような課題においても、同様だという。
本質で覚えるか、そのまま覚えるかなどの学習の微妙な志向の違いに口を出さず、ある程度の指標のもと、自由に主張できる。
この傾向は、クエストなどの目標の提示と選択の余地が、課題形式とうまくかみ合った結果だと考えられる。
また、参加者の学習への意欲向上に一役買っている。
ゲーミフィケーションの本懐である意欲向上は、少なくとも果たされているという。
自分のしたこと、やったこと、できることがわかりやすく表示され、自分が何をすべきかを自分の熟練度に合わせて提示してくれる。協同で取り組んでくれるメンバーも、競争相手もいる。
ゲーミフィケーションの設計思想通りに学習教材を受けて意欲が湧かないというのは、かなり少数派になるだろう。
ちなみに、ゲーミフィケーションにおいて効果を普遍的にもたらすのはクエストや実績といった要素、つまりゲーム的な目標の提示だという。
が、ゲーミフィケーションは基礎知識習得などの単調な記述課題においては「よくわからない」。研究ごとに成果のブレが激しいのだ。
ただ、どの研究も自由記述課題ほどの成果を出しているわけではないらしい。
これに関しては明確な因果関係が求めだされているわけではないが、恐らく単調な記述課題は「つべこべ言わずにやる」のが一番速いことを示唆しているのだろう。
それに、ゲーミフィケーションは享受する側の裁量によってその成果が大きく揺さぶられる。
この場合、成果が大きく揺れる原因は、主にゲーミフィケーションの本懐の理解の是非、享受する側とされる側の目的のずれなどである。
また、ゲームで言うマルチプレイ要素はその扱いが難しく、場合によっては過度な競争をもたらし意欲減退にすら繋がってしまう。
ざっくり言えば「とりあえずゲーム的に表現すればいいっしょ!」という考えは破綻をもたらす、ということ。
そして、ゲーミフィケーションは万人に効果があるわけではない。
これは、万人に通用するゲームがないのと同じ論理である。
確かに、ゲーミフィケーションはゲームに倣い、人々が熱中できるだろう要素を抽出し、これを実践した。そして、目論見通り熱中してくれる人もできた。
が、同時に「どう頑張っても」熱中しない人もできた。
これは、ゲームにおいて最初に発揮される自由度「そのゲームをプレイするか」が、ゲーミフィケーションにおいても発揮されたからである。
どれだけ熱中しやすく魅力的であっても、そもそもその学習分野に魅かれなければやらないし続かない。
あらゆる教育論が直面してきたこの問題に、ゲーミフィケーションもまた抗えなかったのだ。
ゲームは人々を熱中させ続ける魅力的な娯楽だ。
そうなる理由は心理学的に説明が可能である。
この事実をもとに、ゲームが人々を熱中させ続ける理由を、ゲーム以外に活用しようと試みた。
それが、ゲーミフィケーション。
ゲーミフィケーションは意欲に関する学術的見解を、ゲームっぽく表現することに長けていた。
ゲームが人々を熱中させる理由がわかっていれば、学術的見解をゲームっぽく実践できることにも長けていた。
ゲーミフィケーションは、学習の意欲向上に一役買うと思われた。
そして、それは履行された。
それでも、完璧とは程遠かった。
完璧なゲームなど存在しないように、完璧な教育もまた存在しない。
このことを念頭においておけば、ゲーミフィケーションによる学習成果は、望んだとおりのものになるだろう。
参考文献
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