縄文人の志葉楽さんのブログ

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◆大東亜戦争と太平洋戦争

2020年05月08日 12時42分00秒 | 歴史
◆大東亜戦争  https://ja.wikipedia.org/wiki/大東亜戦争
大東亜戦争(だいとうあせんそう、旧字体:大東亞戰爭、英: Greater East Asia War)
大日本帝国と、
中華民国、イギリスやアメリカ合衆国、オランダ、オーストラリアなどの
連合国との間に発生した戦争に対する呼称。
東條内閣が、昭和12年7月7日勃発の支那事変(日中戦争)も
含めて「大東亜戦争」とすると閣議決定した。
よって、大東亜戦争の開始は1937年(昭和12年)7月7日である。
 
◆太平洋戦争 - Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/太平洋戦争
太平洋戦争(たいへいようせんそう、英: Pacific War)
第二次世界大戦の局面の一つで、大日本帝国やドイツ国など枢軸国と、
連合国(主にイギリス帝国、アメリカ合衆国、オランダなど)の戦争における
日対米局面を連合国側から見た呼称である。
 
◆太平洋戦争の流れ 目次
http://historyjapan.org/brief-history-of-pacific-war
➡ ページ1 開戦前(1914-1941.11)
➡ ページ2 開戦と攻勢(1941.12-1942.4)
➡ ページ3 戦線の停滞と形勢逆転(1942.4-1943.2)
➡ ページ4 追いつめられる日本(1943.3-1945.1)
➡ ページ5 本土決戦と降伏(1945.2-1945.9)
目次
1 開戦前(1914-1941.11)
1.1 第一次世界大戦とシベリア出兵(1914-1922)
1.2 大陸への野心の膨張(1923-1930)
1.3 満州事変と満州国建国(1931-1936)
1.4 日中開戦と東南アジアへの進出(1937-1940)
1.5 アメリカの反発(1940-1941)
1.6 【関連記事】
 
◆大東亜戦争・太平洋戦争・第二次世界大戦…呼び方色々、何が違うの?
https://withnews.jp/article/f0150809001qq000000000000000G0010401qq000012295A
2015/08/09
戦争の呼び方をめぐっては、第二次世界大戦・大東亜戦争・太平洋戦争など、様々な名称が使われています。それぞれの名称の違いとは?
目次
戦前は、閣議で決定
「大東亜戦争」VS「太平洋戦争」
太平洋戦争(大東亜戦争)は、第二次世界大戦の一部
戦争の呼び方をめぐっては、第二次世界大戦・大東亜戦争・太平洋戦争など、様々な名称が使われています。呼び名によって、戦争の意味も変わってくると言います。それぞれの名称の違いとは?
1937年7月の盧溝橋に始まる日中全面戦争は、近衛内閣によって初めは「北支事変」、その後「支那事変」と改称されました。1941年12月に始まった日米戦争は、内閣情報局によって「大東亜戦争」と名づけられました。
 
◆大東亜戦争の根本的原因を考察する(塾生レポート) | 松下政経塾
https://www.mskj.or.jp/report/2768.html
結果論として大東亜戦争を「愚かな戦争」と断罪することはたやすい。しかし、幾万の犠牲や命をかけて戦った人々のことを考えれば、もっと冷静に眺めてみる必要があるのではないか。敢えて、大東亜戦争の意義を問い直す歴史観レポート第3弾
1 はじめに
 大東亜戦争を「無謀な戦争」「愚かな戦争」と決めつけるのは
 いかがなものかと、私は考えている。
 大きな犠牲を払ったことは確かである。軍事的には徹底的に敗北した。
 しかし、敗北したからとて、
 「侵略戦争だったから」「大義名分なき戦争だったから」とはなるまい。
 そもそも戦争というものは「善」とか「悪」で区分できるものではないのである。
 また、戦争だって相手あってのものである。
 大東亜戦争は未だに、日本が独りで始めたもののように思われているが
 そうではない。
 アメリカという国が、日露戦争以後、いかに日本を意識し、
 戦争の方向へ誘致導引していったか。
 それこそが、まさに欧米流の「戦略」なのだが、それを知れば、
 もっと冷静に、客観的に大東亜戦争を眺めることができるだろう。
 
◆世界はどのように大東亜戦争を評価しているか « 日本会議
https://www.nipponkaigi.org/opinion/archives/844
2008/08/11
自存自衛と大東亜の解放を掲げて戦われた日本の戦争は、アジアの諸国民や各国の識者からどのように受け止められているのだろうか-。
■イギリス
◎アーノルド・J・トインビー 歴史学者
「第2次大戦において、日本人は日本のためというよりも、むしろ戦争によって利益を得た国々のために、偉大なる歴史を残したといわねばならない。その国々とは、日本の掲げた短命な理想であった大東亜共栄圏に含まれていた国々である。日本人が歴史上に残した業績の意義は、西洋人以外の人類の面前において、アジアとアフリカを支配してきた西洋人が、過去200年の間に考えられていたような、不敗の半神でないことを明らかに示した点にある。」
(1956年10月28日/英紙「オブザーバーL)
 
◆大東亜戦争は日本が勝った -英国人ジャーナリスト ヘンリー ...
www.amazon.co.jp › 大東亜戦争は日本が勝った-英国...
太平洋戦争」はアメリカの洗脳だった この書は日本のプロパガンダではない。史実である。 日本よ 呪縛から解放されよ! ヘンリー・S・ストークス 来日50年の総集編 世界史を俯瞰して明らかになった 大東亜戦争の真実 共産党などの左翼は、大東亜戦争は「侵略 ...
 
◆【大東亜戦争】(だいとうあせんそう) 航空軍事用語辞典
https://www.weblio.jp/cat/engineering/kkgnj
太平洋戦争の日本での(本来の)呼び名。
植民地として欧米に搾取され続けていたアジアを開放し、独立させる事を名目とした。
戦勝国となった英米はアジアでの植民地を次々と失い、アジアの各国は独立を迎えていることから、日本は「名目上」において、戦略的勝利を収めたと言えるやもしれない。
 
◆「第二次世界大戦」「大東亜戦争」と何が違う? 12月8日に開戦した「太平洋戦争」とは
https://news.yahoo.co.jp/articles/16c923bf3fb7118d17a46955f99d630c2e0ecc18
2019/12/08
「第二次世界大戦」「大東亜戦争」と何が違う?
 「太平洋戦争」と似た文脈で使われる言葉として「第二次世界大戦」「日中戦争」「大東亜戦争」「15年戦争」などがあります。それぞれ、どのように違うのでしょうか?
 
◆第一話 大東亜戦争の呼称決定について | チャンネルNippon
http://www.jpsn.org/opinion/daitoa/12861/
昭和16年12月8日、開戦の詔勅 (米國及英國ニ對スル宣戰ノ詔書)によって
日本は米・英に宣戦布告し、マレー上陸作戦と真珠湾攻撃を敢行した。
殆どの日本人は、この日が大東亜戦争の戦端が開かれた日であると錯覚している。
太平洋戦争(GHQにより大東亜戦争との呼称の使用は禁止され、
太平洋戦争と呼ぶことを強制された。
確かに米国にとっては太平洋戦域での戦いではあったが、・・)と呼ぶ者も多いが、
第一話として「大東亜戦争」との呼称についてみてみたい。
 
◆あの戦争の呼び名が、いつ「太平洋戦争」になったか知っていますか
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/57034?page=2
・当時は誰も「太平洋戦争」と呼んでいなかった
「大東亜共栄圏」は、アジア諸国を、ヨーロッパ列強による植民地支配から解放し、
アジアだけでのブロックとして自立しようという壮大な思想である。
理念そのものは、そんなに悪いものではない。
ただ結果的には、提唱主体である日本だけが一方的に利益を得る展開をみせた。
日本以外のアジア諸国からは、口では立派な思想を説きながら、
その実態は日本自体が欧米列強になりかわって植民地化支配を目指してるよう
見なされたし、そうおもわれてもしかたがない部分があった。
 
◆【上島嘉郎】太平洋戦争ではなく大東亜戦争 | 「新」経世済民新聞
https://38news.jp/column/11468
2017/12/29
From 上島嘉郎@ジャーナリスト(『正論』元編集長)
12月23日、東京・大崎で開かれた「月刊三橋シンポジウム」に参加しました。
今回は、その懇親会で出会った皆さんにお話したことを記しておきたい
(一部ですが)と思います。
「同時代というものをほぼ百年だと思っている」と語ったのは
コラムニスト山本夏彦です。
彼は「私たちは大正十二年の震災と昭和二十年の戦災で過去にさかのぼる
手がかりのすべてを失った。残ったのは言葉だけである」といい、
大東亜戦争後、
長く猖獗をきわめ今も続いている戦前日本暗黒史観といも言うべき言説に異を立て、
“誰か「戦前」を知らないか”と軽妙洒脱にその嘘を暴いてみせました。
戦後生まれの筆者は、夏彦翁に多くの言葉を教えられました。
 
◆日本における戦争呼称に関する問題の一考察 - 防衛研究所
file:///C:/Users/asahi/AppData/Local/Temp/bulletin_j13-3_3.pdf
庄司 潤一郎
〈要 旨〉  日本では、開戦時の戦争目的の不統一、戦後の米国による占領政策とその後の国内における近現代史に関する歴史認識の「政治化」の影響を受けて、第二次世界大戦期に日本が戦った戦争に対して様々な呼称が使用され、盛んな議論がなされている。
そのため、ほとんどの呼称はイデオロギー的色彩を帯びており、公的には、「先の大戦」が使用されている。
呼称のなかで、12月8日以降の戦争を意味するものは、
「太平洋戦争」、「大東亜戦争」、「アジア・太平洋戦争」であり、
一方、地域的側面に関しては、「大東亜戦争」 、「アジア・太 平洋戦争」は、
日本が戦った戦場を明示しているが、「太平洋戦争」は、太平洋を戦場とする
日米間の戦争とのイメージが強い。
他方、国際性があり無価値の「第二次世界大戦」は、日本の戦争を語る場合、
時間的・地域的にはもちろん、「感覚的」にも違和感がある。
したがって、現時点では「太平洋戦争」が広く一般に普及しているが、
今後の展望として、12月8日以降の中国戦線を含めた戦争の適切な呼称は、
イデオロギー性を否定したうえで、
「大東亜戦争」もしくは「アジア・太平洋戦争」の使用を検討するのが
適切では ないかと思われる。
 
◆平成24年度第5回志塾「大東亜戦争とは何だったのか」 | 再生日本21
http://www.saisei21.jp/shijyuku/h24dai5
平成24年12月24日(金)、平成24年度の第5回志塾、
岡田幹彦先生のご講義による
「大東亜戦争とは何だったのか」を行ないました。
なぜか私たちは、「大東亜戦争」という呼称を聞いただけで、
「右翼的」というイメージを持ってしまいますが、
実は昭和20年8月まで日本人が戦った戦争の正式名称は「大東亜戦争」なのです。
ですからこの呼び名は、単なる歴史上の事実を伝えるものに過ぎません。
にもかかわらず、この呼び名に偏った価値観、誤った価値観が
含まれているように感じてしまうのはなぜなのか。
この歪みにこそ、戦後という時代の根本的な問題点が潜んでいます。
「大東亜戦争」という呼び名は、昭和20年12月15日、
占領軍によってその使用を禁止され、
それに代わってアメリカ=民主主義・正義、日本=軍国主義・悪という
価値観による
「太平洋戦争」という呼び名が登場しました。
つまり、軍事的勝者の支配・言論統制によって作られた価値観が、
「大東亜戦争=軍国主義・右翼・悪」なのです。
私たちはこの洗脳状態から脱却し、自らの眼で「大東亜戦争」を
捉え直さなくてはならないと思います。
今回の岡田先生のご講義は、下記多くの受講者の感想に表れているように
「目から鱗」の内容で、
「大東亜戦争」を学び直す契機となったようです。
(稻田雅彦)
・「日本人は根絶すべき」の米思想に驚愕
12月24日に、志塾で標記の勉強会に参加した。参加者は9名。
このたびの岡田先生の話は、衝撃的なものだった。
岡田先生のお話は、具体的な戦闘状況の話ではない。
日本人が命をかけて戦った大東亜戦争の根本的な原因と、
欧米諸国のアジア人、有色人種に対する猛烈な差別と偏見の事実、
日本は徹底的に負けたが、アジアの国々が植民地からの独立につながった。
 
◆『大東亜戦争は日本が勝った』日本の立場こそ世界に発信すべき 人種平等の世界実現への偉業
https://www.sankei.com/life/news/170513/lif1705130016-n1.html
(1/2ページ)
2017.5.13
 □『大東亜戦争は日本が勝った
  英国人ジャーナリスト ヘンリー・ストークスが語る「世界史の中の日本」』
 「日本は太平洋戦争で近隣諸国を侵略した戦争犯罪国であり、アメリカにより打ち負かされた」-。戦後の日本人はそのように歴史を学んできました。しかし、著者は、それは戦勝国が一方的に作り上げた虚妄であると論じます。
 
◆戦争体験談「私の大東亜戦争」|西宮市ホームページ
https://www.nishi.or.jp/bunka/heiwahenotorikumi/sensonokioku/kushuhibaku/taikendan2.html
2020/04/01
宇野 秀和
 昭和20年7月28日は一宮市大空襲の日。ほぼ全土が焦土となった。日中何度か警戒警報のサイレンが鳴ったが、何のこともなく解除。夕刻7時頃、突然我が家の勝手裏に火の手が上った。父が急ぎ、「退避、逃げろ」と命令、母と姉・兄・私・妹2人の6人が表玄関から逃避、防空頭巾他、退避用具は常時、整理整頓されている。父は町内の消防団員で町内に留まらなければならない。あても無く、燈火管制下の暗闇の中を市外の田畑に向い逃げ歩いた。どこまで逃げたか定かではない。火の気配のないところに夜通し。
 
◆「大東亜戦争」と靖国神社に関する質問主意書 - 衆議院
http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/a152015.htm
平成十三年八月十日提出  質問第一五号  提出者  保坂展人
日本政府がかつて「大東亜戦争」と命名した戦争や日中戦争について、現在の歴史認識などを問う。その中で、扶桑社の「新しい歴史教科書」(以下「扶桑社本」とする)についてもただす。さらに、小泉純一郎総理が公式参拝しようとしている宗教法人靖国神社のあり方なども質問する。





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