花守

四季の花はそれぞれやさしく咲きこころなごみます
折々に咲く花を守りこころかすめる思い出など綴ってみたいです

私にとっては

2021年08月09日 11時00分20秒 | 日記


台風9号は通過したようです
合歓の花が何時もと変わらず咲いています



昭和20年8月9日は私にとっては忘れられない日です
8月6日にあの原爆にあった母が帰ってきた日なのです

広島を襲った空襲では私の疎開先でも終日あのきのこ雲をみたのです
村人は新型爆弾が落ちて広島の街は壊滅と不安を語り
疎開先の祖父や叔父叔母も母を探しに行く手立てを話しあっていたのです
ところが8月9日母は自力で私たちの元に帰ってきました
言いようのない喜びでした

そして母は見知らぬ人から受けたご親切をかたってくれたのです
8月6日母は原爆で燃えている火の海の街中を必死で逃げて
街から遠い見知らぬ一軒の家を訪ねたのです
母はその家で大変ご親切にして頂いたのです
地獄に仏とはまさにこんなことを言うのでしょう
普段着の着物で逃げ惑う中
空からはコールタールの様なものがたくさん降って
頭の髪もきものも(あれが黒い雨だったのでしょうか)ぐっしょりと濡れて
でも見知らぬ一軒のお家の方はそんなに汚れた母を招き入れて
お風呂に入らせて着替えを提供して
食事を与えて
その上“いかほどあれば目的とするところに行けますか”
そして”多すぎても失礼に当たりますから“と言われて
母を送り出して頂いたのです
見知らぬ人に戦争中の不自由な時代にこれ以上のご親切がありましょうか
それでも母は昔の人です
まず父の実家に挨拶に行かなければとおもったそうです
父が戦死しているので父の実家ではどんなにか悲しいであろうと
のおもいだったのでしょう
8月9日に漸く母の実家である私たちの疎開先にたどり着いたのです