スリル&ロマン&サスペンス

楽しくなければ人生じゃない!

幻想の白昼夢(短編フィクション)

2014-02-25 18:59:53 | フィクション

リストラ候補NO1と社内でも噂されているウダツの上がらない中年サラリーマンの横井翔45歳。

妻みどりと大学受験を控えた高校生の息子が一人。

みどりもまた、近隣トラブルで心に闇を抱え、ヒステリックになり、その鬱憤の矛先を向けてくる。

連日、隣の嫌がらせで我慢の限界をとっくに超えて怒りは、ピークに達していた。

話も聞きたくない、しかし会社では、上司の岩下課長が、5年後輩で昔の直属の部下だった男にジメジメと嫌味を言われ続けて妻や子供にも粗大ゴミ扱いされている。

自分自身も今更出世も考えていない完全に窓際からもはみ出そうとしている何の取り得もない人間であることは周りの視線からも判っている。

若手社員にも「よっこいしょう」とあからさまに俺の名前で笑いを取ろうとしゃがる。
社にとっても、家庭にとっても、俺はどうしようもないクズだ。

趣味は、昼食をケチって古本屋で買うハードボイルドの小説を仕事の振りをしてこっそり読みふけり現実逃避して妄想することが唯一の趣味である。

小説の世界に逃げ込むことで、ヒーローにも殺し屋にでもなれる。

しかし、今の俺は、会社からも家族からも粗大ゴミ扱いときてる。

早期退職の肩叩きもされなくなった世捨て人みたいなクズになってしまったようだ。

恨むヤツなら何人もいる、殺してやりたいと何度も思ったがそれほどの度胸も根性も腕力もない。今更言っても妬みにしか取られない。

口に出すだけ自分が惨めになるだけだった。

得意先を周って来い!岩下課長に投げつけられたカバンを顔面で受けてしまった。

ちきしょう、金具で右の頬から血が滲んでる。

顔に絆創膏を貼ったものの恥ずかしくも無い、行くアテ等なかった。

メトロの駅前で、さてどうしたものかと考えていた時に雨が降ってきた。

どこまでもついてない。

今どき珍しくなった公衆電話ボックスに雨宿りするつもりで飛び込んだ。

携帯電話の普及で公衆電話も使わなくなったと思いつつ・・・ふと見るとコインロッカーの鍵が電話帳の上に置いてあるのを見つけた。

これは忘れ物に違いない。

多分この駅のコインロッカーだろうと思い駅員に届けようとその鍵を持って駅に向かって雨の中を走った。

普段の私なら鍵も無視していたし、届けるのも面倒だと見なかったことにしたに違いない。

ただ、この日は暇だったから鍵を持って駅まで走っただけのこと。

この鍵が私の運命を握る「鍵」になろうとはその時は考えるはずもなかった。

鍵の番号は『7』何となくラッキーナンバーと頭の中で直感した。

自分の中で、天使と悪魔が葛藤している。

「中を見てからでも遅くは無い」

誰も鍵のことを見ていないし、中身が何か急に興味が湧いてきて自分の中の悪魔が断然優勢を勝ち取ろうとしている。

すでに足は駅長室とは反対のコインロッカーへと向いていた。

幸いにも通行人の目から隠れたところにコインロッカーが設置されていたし、人気もない。駅のロッカーはここにしかない。

どうせ大した物は入っていないだろう、中身を見てから届けても同じだと自分自身を納得させることで罪の意識を軽減していることが逆に好奇心を喚起させていた。

周りに人がいないのを確認して『7』に鍵を差し込んだ。

何故かワクワクする自分に興奮していた。

鍵を回し開錠した。

中には茶封筒と紙袋しかなかった。

このまま知らん顔して立ち去ることも考えたが、その時に男性が近寄ってきたので慌てて中の茶封筒と紙袋を取り出しロッカーを後にした。

心臓が、はち切れそうになるのを感じながら自分は何をしているのかと後ろめたさを感じずには居られなかった。

袋を持ったまま駅のトイレに飛び込み奥の洋式トイレの便座に座り込み内から鍵を掛けて深呼吸したがトイレの異臭に深呼吸したことを後悔した。

あまりに慌てていたので紙袋の重さまで気が回らなかったが、大きさの割にはズッシリと重量感があって堅い物であることだけは、その質感からも判った。

そうだ封筒があった。ポケットに捻じ込んだ封筒を取り出してみるとそこには筆で宛名が書いてあった。

 『南中央警察署 暴力団担当刑事課様』

なんだこれは、急に手が震えて頭の中が真っ白になり意識が薄れそうになってきた。

封筒の中には、パソコンで印字した無機質な文体で一行書かれていた。

 [暴力団を辞めます。拳銃は処分してください]

全身の毛穴が開く、文字がかすれて意識が遠のくのを必死で堪えるのがやっとだった。

この紙袋の中に・・・・拳銃?

震える手で中を見ると茶色い油紙に包まれた塊が入っている。

本物の拳銃なんか見たことも触ったことも無い。

恐る恐る油紙を開けてみると黒光りしたリボルバーの拳銃が1丁包み込まれていた。

ハードボイルド小説の知識から回転式のリボルバーであることは判ったし男であれば子供の頃から西部劇ゴッコで遊んだ経験があるから拳銃のことはある程度知っている。

但し、オモチャしかない。当たり前のことだが本物を触るのは初めてだった。

それより本物なのかどうかさえ自分には正直判らない。

しかし、この状況からしてどう考えても本物の拳銃としか思えなかった。

弾倉の開け方もモデルガンと同じ要領で開いたが5発の銃弾が装填されている。

間違いなく・ホ・ン・モ・ノ。

全身の毛穴から汗が噴出していたが、それが急速に体温を奪いブルブルと震えが止まらず悪寒と共に吐き気さえする。

どうすればいいのか自問自答しても答えなど出るはずも無い。

今更、拾いましたなどと届けることもできない。

手紙も拳銃にも指紋がベタベタ付いている。

以前、新聞で読んだことがある。

一つの仮説が脳裏をよぎる。

まさか・・・ヤクザが足を洗うために拳銃をコインロッカーに入れたのを横取りしてしまったのか・・・。

とにかくこの場を立ち去ることを考えようと拳銃を袋ごと手提げカバンに入れてトイレを出た。

するとコインロッカーの前に数人の警察官が立ち入り禁止の黄色いロープを張っているではないか。

直ぐに拳銃の関係と直感したが、どうしてバレたのか?

それにしても早すぎる気がした。

もしや・・・公衆電話から持ち主が警察に電話して刑事に渡す段取りを私が狂わせてしまったのではないだろうか?

不安はどんどん悪いほうへ広がりを見せている。

もし、そであれば一部始終を見られていたもかも知れない。

イヤ、きっとそうだ。そうに違いない。

駅を行きかう人達全員が刑事かヤクザに思えて恐怖に足がすくむのをかろうじて堪え駅前から転がるようにタクシーに飛び乗った。

今なら自宅に誰も居ない。妻はパートだし、息子は学校だ。

自宅までの間、尾行はないか後ろばかりを振り返っては見たものの素人の自分に尾行かどうかまで区別がつく筈もなかった。

意味もなく遠回りして自宅に戻ったが、小説で読んだ受け売りでしかなかった。

目の前の拳銃を眺めて大きく溜息をつくのが精一杯だった。

「なんて、日だ。」

その時、静寂を破り耳障りなメロディが不意に流れ心臓が口から飛び出しそうになる。

携帯電話の着信だった。

年下の上司、嫌味な岩下課長だ。

「横井君、何をしているんだ。この役立たずが!」

開口一番、罵声を浴びせられた。

普段なら平身低頭して唇を噛み締め耐えるところだが、今は違った。

目の前の拳銃が自分を変えていた。

いや、正確には今この時点で、この拳銃が自分を変えようとしているのだ。

明らかな殺意の目覚めであることを確信しつつ無言で携帯電話の電源を切った。

これから自分は、窓際のリストラNO1係長ではない。

実弾は5発ある。

たしか、息子が読んでいた漫画にもあったが俺が「デスノート」を作ってやる。

拳銃を見つめつつ、これさえあれば恐いものはない。

さて、誰から仕置きしてやるかな。

黒光りする拳銃を握り締め窓際係長の横井翔は、腹から湧き出る不敵な笑みと共に立ち上がった。


窓際族でリストラ候補NO1の係長横井翔は偶然にも拳銃を手に入れてしまった。

警察に届けることもできず、もう後に引くこともできない。

会社に対しての不満は一晩中語っても語りつくせないほどある。

自分の努力不足とか営業能力の欠落とか、そういうレベルの問題ではない。

確かに世渡りが上手な方ではない。現在の役職がそれを証明している。

気に入らないのは、俺の背中を踏み台にして足を引っ張り、手柄を横取りする輩が平然と俺を追い越し出世できる会社の体質そのものが気に入らないのだ。

これでは、やる気も自社愛も失せてしまう。

時代遅れの昔人間と嘲笑う若い連中もいずれはハシゴを後輩に外される運命にあることすら気付いていないのか。

もう今までのお人好しの無能社員とは違う。

俺は変わった。いやコイツが俺を変えたんだ。

憎悪が自分を強くした。

カバンの中から拳銃を取り出し腰のベルトに差し込んだ。

正面から見えないように後ろ側に差込み背広を羽織ると周りには気付かれないで済む。
鏡に全身を映してみた。

今までの自分の姿とは思えない。

背筋に鉄芯が通ったように伸びている。

媚を売る姿勢は微塵も感じられない。

これが本当の自分なのだ。

妙に自信が湧いてきた。

俺は、拳銃を持っている。

ただそれだけでここまで強靭な精神力が全身にみなぎるものとは思いも寄らなかった。

腕時計を見ると、午後5時。もうそろそろ会社に戻らなければならない時間だった。

上司の岩下課長は携帯電話に何度も呼び出しを続けているが無視を決め込んだまま俺は応答していない。

今までに一度も出来なかった。ささやかな抵抗だが岩下課長にとっては屈辱的な謀反行為と怒り狂っているだろう。

このまま会社に戻れば若い社員の面前で俺の無能さだけではなく人格そのものまで徹底的になじり屈辱の荒らしを吹きまくるに違いない。

もう懲り懲りだった。会社に未練も無いし、妻や息子も俺を無能扱いしていることは上司の態度とドングリの背比べ程にも差が無い現実に失望していた。

生きている価値が無い男とまで言われ続けた男が今まさに別人として生まれ変わったのだ。

それを思い知らせてやらなければならない。

会社に乗り込んで岩下課長に詰め寄り眉間に銃口を突きつけてやろうか。

泡を吹き命乞いする無様な上司。失禁するかもしれない。

想像するだけで興奮する。

自分にこれだけの根性があったのかと我ながら感心しながら笑みさえこぼれて来た。俺は狂ってしまったのかもしれない。

狂ってしまってもいい、既に覚悟は決まった。

腰に拳銃を差したまま家を出た。既に陽が落ちて辺りは薄暗くなっていた。

駅に歩いて向かおうとした。

黒塗りのセルシオが背後からライトを消したまま加速してきた。

咄嗟に路地に飛び込んで避けたが確実に避けなかったら接触していたに違いない。

そうだ。俺は拳銃を横取りしたことになっているんだった。

狙われたのか?・・そう狙われて当然なのだ。

どうしたらいいか。答えは一つ、逃げるしかない。

やはり自宅まで尾行されていたのだ。

いずれ勤め先の会社もバレて待ち伏せされるだろう。

その前にやらなければ全てが無駄に終わる。

もう時間が無い。岩下課長の退社時間が迫っている。

会社の近くで待ち伏せするか・・・イヤだめだ。

会社の中で、それも皆の前で命乞いをする無様な醜態を晒してこそ意味がある。

タクシーを捕まえて会社まで直行するしかない。

路地を抜けたところで客待ちのタクシーを見つけ飛び乗った。

全身が汗でビッショリと濡れてワイシャツが張り付き不快だったが構わなかった。

行き先を告げた。ルームミラー越しに運転手が怪訝な視線を投げている。

タクシー無線に警察の手配が流されている。

『拳銃を持った犯人の手配と捜査協力の依頼・・・。』

窓の景色が異国を走っているかのように感じられ全てが新鮮で又、孤独感を味わっていた。

会社の裏口に横付けしたタクシーから降りてエレベターを使わず階段で社内に戻った。

社員は帰り支度をする準備で俺が戻ったことに気付く者は居なかった。

真っ直ぐに岩下課長の席に向かう。

書類に目を通している課長のデスクの前に立った。

書類から目を離し、怒りの視線を突き刺す岩下課長。

背広の後ろに手を回し拳銃の銃把を握り、そのまま抜かずに睨み合いが続く。

普段と違う窓際係長の迫力に気圧されて岩下課長も椅子から立てないようだ。

社員達が不穏な空気を感じて二人の様子を息を呑んで見ているのが背中を通して感じられた。

手に汗が滲んで握った銃把が滑る。

岩下課長は、これでもかと罵声の限りを吐き捨てていた。

それも耳障りなBGM程度にしか感じない。

思わず、笑みがこぼれた。

「ほざけ・・・」

一瞬、あたりが静まり返って、時間が止まった気がした。

思い切って拳銃を抜き、岩下課長の眉間に銃口を向け照準を合わせていた。

デスク越しの距離では素人でも外すこともないだろう。

岩下課長の両目がこれ以上は開かないというほど見開いて口をパクパク酸欠の金魚のようで滑稽だ。

時間が止まっているような錯覚に陥る。

全ての音が消え静寂の空気のなかで、これまでにない優越感を味わい至福の興奮が全身を包み込んだ。

「動くな!警察だ!拳銃を捨てろ」

その時、静寂は破られた。

銃口を眉間に合わせたまま、ゆっくり声のする方向に視線を向けると数名の警察官が拳銃を自分に向けているではないか。

その数はドンドン増えて完全に包囲されて私服の刑事までも拳銃の銃口を自分に狙いを合わせている。

頭の中が真っ白になるとは、こういう感覚なのか。

全身の体温が、一気に下がった。

緊張は無かった。ドーパミンが溢れ、ランナーズハイに近いのかもしれない。

リラックスして妙に気持ちがいいとさえ感じていた。

動けば一斉に発砲されて間違いなく射殺される。

拳銃を突き出した腕が痺れてきた。

感覚がなくなる。このまま引き金を絞り込めば岩下課長の頭は吹き飛ぶだろうが、その瞬間に自分も蜂の巣になるのは確実だ。

それを望んでいる自分が居た。

痺れる腕が限界を訴えている。

もう、終わりだ。いや終わらせてやる。

俺のクソみたいな人生と共に・・・。

『うりゃぁー』

バーン!

あれ?・・・・・なに?

銃弾を浴びせたのか、それとも一瞬に蜂の巣か・・・。

うつ伏せに机に倒れているが、意識が・・・ある。

ん?腕が痺れている。枕代わりにしていた右腕が痺れて動かない。

岩下課長が俺のデスクの前に立って帳簿をもう一度頭に叩きつけた。

バーン!

『あのう・・・拳銃は?』

「横井、お前またサボって寝ぼけてるのかっ!」

『えええええええええっ!夢?』

「横井、貴様ぁ。寝ぼけるのもいい加減にしろ!このバカモン」

痺れた腕の感覚が戻るまで、これまでにないほど屈辱的な罵声を浴びせられ続けた。

「お前は、クビだ!帰れ!」

道中など覚えていない。逃げるように家に帰った。

洗面所に駆け込み顔を水道で洗った。

情けない、嗚咽と涙が止まらない。なんて無能なんだ俺は。

おや?鏡に映る頬に絆創膏が・・・いつの間に。

ハンカチをポケットから引き抜くと何かが落ちた。

横井の妻みどりは、一部始終を聞き終える間もなく、鬼の形相で、追い討ちをかけるかのように俺に憎悪の限りを投げつけ堪らず逃げ出した。

妻のみどりは、洗面台で、横井のポケットから落ちたものを拾い上げた。
鍵だった・・・。

みどりは、駅前のコインロッカーの鍵とひと目で分かった。

主人には言えない濃密で官能的な秘密を隠していたからだ。

それをバックに仕舞い込み、雨の中、息子を迎えに駅に向かった。

試しに駅のコインロッカー7番に鍵を差し込んでみた。

みどりの手には、重量感のある油紙に包まれたものと茶封筒。

『南中央警察署 暴力団担当刑事課様』

みどりの身体が震えて眼光が鋭く光る.

殺気立った母の背中を息子が見ていた。


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