何てこったい!・・明け方の君(第二話)
――人差し指で髪の毛を巻きつけながら、毛先で遊ぶ仕草。うつむき加減に甘えた声で話す仕草が妙に色っぽく、たまに上目づかいで僕を見つめて、シーツに包まれたまま、その口が何かを言おうとしていた――。
その時、圭司は、心地良い一定のリズムを刻む音と、いかにも食欲をそそる朝の香りに目が覚めた。
また夢だったのか・・・。
台所から聞こえるこの音と香り。
その音を聞きながらまどろむのが至福の時間だった。
「圭ちゃん、起こしちゃったぁ。」
2DKの古いアパートは、どこからでもお互いの存在を感じられる今の圭司には充分すぎる部屋だった。
この部屋を借りて、もう3年になるのかと目覚める前に見ていた夢の記憶が薄れゆく中で圭司は、ベッドから起きてピンクのカーテンを引き開けた。
もうこのカーテンは替えようと圭司は、後ろ向きのエプロン姿を見ながら言い出すタイミングと切っ掛けを探していた。
タンクトップにショートパンツの上に白いエプロンをしていたのだけど、分かっていても振り向くと、そのシルエットにドキッとした。
笑顔でウィンクした時に両頬にエクボができる。
これが、彼女の癖であり、そこがチャームポイントで二番目に好きなところだった。
「もう、用意できたよ。冷めちゃうよ」
圭司は、頬がやや紅潮するのを見られまいと、台所に置かれた2人用の白いテーブルに彼女の背中を廻って席に着いた。
「圭ちゃんの好きな半熟の目玉焼きだけど・・・。」
彼女は、眉を下げた。
これも彼女の癖の一つで、やや垂れ目が更に眉と同時に下がるので、圭司は時々ワザと彼女を困らせては、そのやや垂れて、困った顔を何度かシャッターに収めていた。
「固い?どうかな?」
たかが目玉焼きの焼き加減なんて、別に作ってもらっていて文句の言えるはずもないし、固くても別に良いのだけど彼女は、それを気にする。
たった一度、
「あれ、半熟じゃないんだぁ」
と初めて彼女と朝を迎えた日に作った朝ご飯なのに口からこぼれた言葉を彼女は、笑顔で汲み取れる人だった。
そんなつもりで言った訳じゃないのに、それを否定も肯定もどちらも彼女を傷つけるかもしれないと圭司は今も言えずにいた。
「時間は大丈夫なの?」
時計を見るまでもなかった。
今日のチャンスを生かさなければ、バイトの生活からは抜け出せない。
いや、絶対に掴んでやる。
カーテンのことを言うタイミングを今朝も失くしたことに安堵と共に自己嫌悪を感じている自分自身が嫌になってきた。
「あぁ、悪いけど掃除いいかな。」
エクボが、くっきり見える笑顔がその答えだった。
急いで、身支度をして専用のバックに愛用のニコンの一眼レフを慎重に収めた。
男の一人暮らしなのに彼女は、こまめに掃除をしてくれる。
あれが気になっていないはずが無い。
その度に切り出そうとしては、言葉を飲み込む僕を見て、彼女は必ずエクボで頷く。
このままで良いわけがない。
彼女の掃除したあとを見ると罪悪感に心が痛い。
細やかで丁寧で、それでいて僕の生活を快適に気分を損なわない整理整頓が、更に罪の意識を増幅させる。
決して、彼女は意図してそのようなことをしてるんじゃないことくらい解っている。
それが、彼女の思いやりであり、優しさだともう気付いているのに・・・。
そのことを何も言わない、言えない僕の心の傷を察しているのかもしれない。
男のエゴでわがまま、未練たらしいその証。
パソコンデスクの横にある写真楯。
その写真楯の埃だけが、残されたままになっている。
初めて掃除をしてもらった時に、写真楯を隠せば良かったのに慌てていたのか隠すのを忘れていた。
あとで気付いて、取り繕う言葉を探したが、写真楯には埃が被ったままだった。
言い訳を考えていたが、心を見透かされていた。
「大切な思い出なんだね。もったいないね、この埃も」
それは、嫌味でもなく、写真楯に触れられずにいた僕の心の傷の深さを労わるような優しい気持ちがこもっていた。
「その思い出も一緒に笑える思い出にしたいね。」
何ということを僕は・・・自分が傷ついたことしか・・・彼女はこの部屋で何度も傷ついていたに違いない、いや僕がずっと傷つけていたんだ。
「圭ちゃん、遅刻・遅刻」
靴を慌てて履きながら飛び出そうとした時に、振り向き「行ってきます」という言葉を彼女が唇で塞いだ。
そして、エクボを作ってショートカットの彼女が手を振り見送った。
――行ってくるよ、恵子。――
圭司は、駅までの道をカメラの入ったバックを抱えて、ふとショーウィンドーで足が止まった。
春物に着替えたマネキンのロングで毛先がカールした髪型その姿に“明け方の君”が重なって見え立ち止まってしまったのだ。
信号が替ってクラクションの音で我に返った。
昨夜の電話のことも心の中にささくれとして残ったままだった。
圭司は、ショーウィンドーに映る自分自身に投げ捨てた。
――お前、最低だな!――
ワイシャツの第2ボタンが外れているので、開いたワイシャツから
胸に輝くダビデの紋章「六芒星」を映して見つめていた。
これで、きっと変れるんだ。
腕時計を見ながら駅への道を急いだ。
・・・・つづく。
※♪明け方の君♪とは違う物語になっています。
何てこったい!・・「believe it♪or not」に続く(第二話)
――人差し指で髪の毛を巻きつけながら、毛先で遊ぶ仕草。うつむき加減に甘えた声で話す仕草が妙に色っぽく、たまに上目づかいで僕を見つめて、シーツに包まれたまま、その口が何かを言おうとしていた――。
その時、圭司は、心地良い一定のリズムを刻む音と、いかにも食欲をそそる朝の香りに目が覚めた。
また夢だったのか・・・。
台所から聞こえるこの音と香り。
その音を聞きながらまどろむのが至福の時間だった。
「圭ちゃん、起こしちゃったぁ。」
2DKの古いアパートは、どこからでもお互いの存在を感じられる今の圭司には充分すぎる部屋だった。
この部屋を借りて、もう3年になるのかと目覚める前に見ていた夢の記憶が薄れゆく中で圭司は、ベッドから起きてピンクのカーテンを引き開けた。
もうこのカーテンは替えようと圭司は、後ろ向きのエプロン姿を見ながら言い出すタイミングと切っ掛けを探していた。
タンクトップにショートパンツの上に白いエプロンをしていたのだけど、分かっていても振り向くと、そのシルエットにドキッとした。
笑顔でウィンクした時に両頬にエクボができる。
これが、彼女の癖であり、そこがチャームポイントで二番目に好きなところだった。
「もう、用意できたよ。冷めちゃうよ」
圭司は、頬がやや紅潮するのを見られまいと、台所に置かれた2人用の白いテーブルに彼女の背中を廻って席に着いた。
「圭ちゃんの好きな半熟の目玉焼きだけど・・・。」
彼女は、眉を下げた。
これも彼女の癖の一つで、やや垂れ目が更に眉と同時に下がるので、圭司は時々ワザと彼女を困らせては、そのやや垂れて、困った顔を何度かシャッターに収めていた。
「固い?どうかな?」
たかが目玉焼きの焼き加減なんて、別に作ってもらっていて文句の言えるはずもないし、固くても別に良いのだけど彼女は、それを気にする。
たった一度、
「あれ、半熟じゃないんだぁ」
と初めて彼女と朝を迎えた日に作った朝ご飯なのに口からこぼれた言葉を彼女は、笑顔で汲み取れる人だった。
そんなつもりで言った訳じゃないのに、それを否定も肯定もどちらも彼女を傷つけるかもしれないと圭司は今も言えずにいた。
「時間は大丈夫なの?」
時計を見るまでもなかった。
今日のチャンスを生かさなければ、バイトの生活からは抜け出せない。
いや、絶対に掴んでやる。
カーテンのことを言うタイミングを今朝も失くしたことに安堵と共に自己嫌悪を感じている自分自身が嫌になってきた。
「あぁ、悪いけど掃除いいかな。」
エクボが、くっきり見える笑顔がその答えだった。
急いで、身支度をして専用のバックに愛用のニコンの一眼レフを慎重に収めた。
男の一人暮らしなのに彼女は、こまめに掃除をしてくれる。
あれが気になっていないはずが無い。
その度に切り出そうとしては、言葉を飲み込む僕を見て、彼女は必ずエクボで頷く。
このままで良いわけがない。
彼女の掃除したあとを見ると罪悪感に心が痛い。
細やかで丁寧で、それでいて僕の生活を快適に気分を損なわない整理整頓が、更に罪の意識を増幅させる。
決して、彼女は意図してそのようなことをしてるんじゃないことくらい解っている。
それが、彼女の思いやりであり、優しさだともう気付いているのに・・・。
そのことを何も言わない、言えない僕の心の傷を察しているのかもしれない。
男のエゴでわがまま、未練たらしいその証。
パソコンデスクの横にある写真楯。
その写真楯の埃だけが、残されたままになっている。
初めて掃除をしてもらった時に、写真楯を隠せば良かったのに慌てていたのか隠すのを忘れていた。
あとで気付いて、取り繕う言葉を探したが、写真楯には埃が被ったままだった。
言い訳を考えていたが、心を見透かされていた。
「大切な思い出なんだね。もったいないね、この埃も」
それは、嫌味でもなく、写真楯に触れられずにいた僕の心の傷の深さを労わるような優しい気持ちがこもっていた。
「その思い出も一緒に笑える思い出にしたいね。」
何ということを僕は・・・自分が傷ついたことしか・・・彼女はこの部屋で何度も傷ついていたに違いない、いや僕がずっと傷つけていたんだ。
「圭ちゃん、遅刻・遅刻」
靴を慌てて履きながら飛び出そうとした時に、振り向き「行ってきます」という言葉を彼女が唇で塞いだ。
そして、エクボを作ってショートカットの彼女が手を振り見送った。
――行ってくるよ、恵子。――
圭司は、駅までの道をカメラの入ったバックを抱えて、ふとショーウィンドーで足が止まった。
春物に着替えたマネキンのロングで毛先がカールした髪型その姿に“明け方の君”が重なって見え立ち止まってしまったのだ。
信号が替ってクラクションの音で我に返った。
昨夜の電話のことも心の中にささくれとして残ったままだった。
圭司は、ショーウィンドーに映る自分自身に投げ捨てた。
――お前、最低だな!――
ワイシャツの第2ボタンが外れているので、開いたワイシャツから
胸に輝くダビデの紋章「六芒星」を映して見つめていた。
これで、きっと変れるんだ。
腕時計を見ながら駅への道を急いだ。
・・・・つづく。
※♪明け方の君♪とは違う物語になっています。
何てこったい!・・「believe it♪or not」に続く(第二話)