違うんだ!
「聞いてくれ、恵子」
圭司は、笑顔のままの恵子に否定する言葉と動揺を隠せず吐露していた。
ほんの数秒前とは、また別のタンバリンが心臓と脳で激しく鳴り響いて、自分の声が遠くに聞こえる。
「あんな話は、噂話だよ。」
悪寒がするほど寒気がするのに額を流れる冷たい汗を何とか誤魔化そうと言葉を探していた。
「走ってきたので、暑い~。」
恵子は、バックからハンカチを出して、エクボのまま圭司にそっと手渡した。
その行為が、あまりにも自然すぎて恵子の目を直視できいなまま厨房の方に視線を向けながら次の言葉を探していた。
この状況にあっても圭司は、頭のどこかで雅夫に対して怒りが湧きたってきた。
――なんで、恵子がいるんだ――
圭司は、厨房の奥でこちらの話に耳を傾けているに違いない雅夫が気になっていた。
――あの野郎・・・。――
そんなことより、この局面をどうすれば良いのかを考えなければと圭司は、天を仰いで大きく深呼吸していた。
「あっ!いつこっちに来たの?」
恵子は、福岡に居たはずだ。
何の連絡もなく、いきなり逢いにくるような女ではない。
そうだ。
この前、部屋に来た時もアノ彼女の写真を見ているし、彼女が付けたピンクのカーテンも替えようと話していたことを思い出していた。
今さら取り繕う方が不自然になると、圭司は恵子を傷つけないようにするためにつく嘘は恵子に対しての思いやりだと自分自身に言い聞かせていた。
圭司は瞳の奥の秘め事を見透かされないようにと敢えて恵子の両肩に手を廻して座ったまま背中に手を廻してきつく抱きしめた。
ほのかに髪がジャヤスミンの香りがして、妙に落ち着く。
この抱擁の僅かな時間を圭司はもっと続けたかった。
「ねぇ、圭司さん。」
恵子が、“さん付け”で呼んだことに一瞬だが違和感を覚えた。
圭ちゃんとこれまで呼んでいたのに一気に距離感と孤独感を感じたからだ。
だいたいこういう時は、良からぬ展開の話を切り出すことは圭司でも予感していた。
しかし、この手を離すタイミングもバツも悪い。悪すぎる。
それに恵子は、そんな女じゃない。
圭司の身勝手な思い込みであっても何でもこれまで受け入れて、許すことが愛だと信じて尽くす女が恵子だった。
圭司にとっては“都合のイイ女”であることに違いない。
バイトで苦しいときは、そっと気付かぬように財布を満たしてくれて、たまに部屋の掃除も気遣いの限りを尽くすひと。
料理は、飛び切り美味いとは言えないが、圭司の好きなものを手際よく作ろうと毎回予行演習してから部屋で作る。
その努力はトートバックの料理本から覗く付箋の数だけ知っていた。
手放したくないオンナだった。
次の言葉を遮るように圭司は、背中に廻していた手を両肩に置いて、恵子の視線の先に顔を近づけて恵子の目を直視した。
圭司は、カメラマンとして目線や視線がどれほどモノを言うかファインダー越しで無かろうと射抜く自信があった。
それに相手は恵子だ、大丈夫。
圭司は、自前の瞳のフォ―カスを絞り込むように恵子の瞳の奥にピントを合わせていた。
「恵子、聞いてくれ・・俺は・・」
圭司は、カメラマンという仕事でチャンスを掴みかけていることや、モデルとして撮影の仕事で仲良くなった女優と噂話になっていること。
そして、それはスキャンダラスなゴシップ記事など事実ではなく、そんな話は嘘だと言い切った。
その勢いのまま、女優とのゴシップをマスコミのネタにされた自分は被害者だと、まくし立てていた。
同時に圭司の瞳のフォーカスが、何度もシャッターを連写している。
もう圭司も話の脈絡も曖昧なまま、取り敢えず恵子がこの場を納得してくれる話をするしかないと矢継ぎ早に女優の話を続けていた。
恵子は、笑顔のままエクボを両頬に蓄えていた。
その顔を見つめながら圭司は、強烈な罪悪感に苛まれていた。
惨めだった。
恵子の頬に伝う涙を見たからだ。
嘘に嘘を塗りたくっても、どうせそんなことは嘘で固めた虚無。
秘め事を恵子に言い訳をするならまだしも、否定のための嘘。
恵子は、きっと瞳の奥の嘘を確実に見抜いている。
恵子の顔を直視するには眩しすぎた。
圭司も自覚していた、嘘をつくときに瞬きが異常に増える。
恵子の瞳は、まるで嘘を見抜くための鏡のように澄んで、瞳に映る卑怯な男がそこに居た。
「私ね、もう疲れたの。」
恵子のエクボが消えていた。
なのに、それでもボタンの掛け違えだと認めないスタンスを崩せなかった。
厨房から雅夫が来たのが分った。
「圭司、もういい加減に目を醒ませ。」
それは、今まで聞いたことのない雅夫の冷たい態度を表していた。
圭司は、無性に苛立ってきた。
そもそも雅夫が、恵子をここに呼んだことを今、思い出したからだ。
女優の彼女がここに着ていると、確かに“大事なひとが待ってる”と騙したのは雅夫の方だ。
圭司は、怒りの矛先を雅夫に向けた。
「貴様!騙したなぁ」
圭司は、雅夫に罵声の限りを浴びせていた。
「俺の大事なひとが待ってるって嘘をついたのはお前だろうが。」
その瞬間、圭司の左頬に強烈な衝撃を受けて吹っ飛んだ。
強烈な右パンチだった。
今まで、一度も雅夫に殴られたことはない。
殴るとは、全く想定していなかったから隙を見せてしまっただけで不覚をとった。
圭司は、唇に鉄の味を感じていた。
殴られて頭の血が逆流する力を利用して立ち上がった。
雅夫は、それ以上の攻撃を仕掛けて来なかったが、それで圭司の憤怒が収まるはずが無い。
雅夫に殴られる理由などない。
これは、恵子と俺の問題だ。
圭司は、腕には自信がある。
右の拳を握り締めた。
ここで、引いたら自分が自分でなくなる。
自分を失くさぬために雅夫を殴り倒す。
殴りかかった瞬間に雅夫に身をかわされて、今度は右の頬に強烈な左ストレートを食らって殴り倒された。
更に馬乗りになって来た雅夫。
もう、抵抗する気力も失せそうになる。
恵子に無様な姿を見られたくなかった。
その時、恵子が叫んだ。
「もう許してあげて、飛鳥さん・・。」
雅夫の名字を恵子が叫んだ。
そのことで、その場の時間が止まった。
雅夫が立ち上がったので、圭司も無言で立ち上がった。
恵子が駆け寄って来たが、なんともバツが悪い。
「いやぁ~、止めなくて良かったのに・・」
とその瞬間。
圭司は、その目の前の情景が整理できずにいた。
恵子は、雅夫に抱きつき泣いている。
圭司は、頭の中が混乱して目眩がしてきた。
決して、殴られてダメージを受けているのではなく、ハートに大きな衝撃を受けていたのだった。
「前ら・・・まさか」
圭司は、やっと飲み込めた。
恵子が、泣きじゃくりながら途切れ途切れに話を始めた。
スキャンダルに浮かれてチャンスだと調子に乗っている時に恵子の傷ついた心を考える余裕がなかった。
どれほど、傷ついたかは、今なら想像よりも実感している。
でも、それ以前に無意識に避けていた自分がいた。
それを雅夫が、癒してくれていたのか、不器用な雅夫の性格は一番よく知っている。
「あたいは、あんたに惚れとったんよ」
心から惚れていたことを恵子から今この場で、過去形で聞かされている惨めな男。
雅夫が、黙って頭を下げている。
幼馴染の飛鳥雅夫には、恵子がお似合いだ。
きっとこのレストランにも恵子の笑顔がピッタリお似合いだ。
「散って、もう一花咲かせるわ」
これ以上は、俺がここに居てはいけない。
圭司は惨めだった。
精一杯の強がりと、最後くらいは惨めな顔を見られないようにドアに向かって歩いていた。
そして振り向くことなく右手を振って今の圭司にできる精一杯の祝福のピースサインを二人に贈った。
ダビデの紋章「六芒星」を左手で掴んだまま・・・。
店を出る時に、そのネックレスを圭司は引きちぎった。
『どうってこと、ないさぁ~』
赤レンガ倉庫に浮かぶナイフのような下弦の月が、ぼやけて歪んで見える。
空が澄んで星が綺麗だ。
あっ!流れ星。
何年振りだろうか・・・。
圭司は、六芒星のペンダントを握りしめていた。
”流れ星のゆくえ”に願いを込めて追うかのように・・・。
三日月から流れる星は、まるで月の雫のようだった。
SEE YA
「つづく・・・。」
※これは、フィクションで、登場人物は架空の名称です。
「僕はこの瞳で嘘をつく♪」や「ひとり咲き♪」とは無関係の内容になっていますので、ご了承ください。
「聞いてくれ、恵子」
圭司は、笑顔のままの恵子に否定する言葉と動揺を隠せず吐露していた。
ほんの数秒前とは、また別のタンバリンが心臓と脳で激しく鳴り響いて、自分の声が遠くに聞こえる。
「あんな話は、噂話だよ。」
悪寒がするほど寒気がするのに額を流れる冷たい汗を何とか誤魔化そうと言葉を探していた。
「走ってきたので、暑い~。」
恵子は、バックからハンカチを出して、エクボのまま圭司にそっと手渡した。
その行為が、あまりにも自然すぎて恵子の目を直視できいなまま厨房の方に視線を向けながら次の言葉を探していた。
この状況にあっても圭司は、頭のどこかで雅夫に対して怒りが湧きたってきた。
――なんで、恵子がいるんだ――
圭司は、厨房の奥でこちらの話に耳を傾けているに違いない雅夫が気になっていた。
――あの野郎・・・。――
そんなことより、この局面をどうすれば良いのかを考えなければと圭司は、天を仰いで大きく深呼吸していた。
「あっ!いつこっちに来たの?」
恵子は、福岡に居たはずだ。
何の連絡もなく、いきなり逢いにくるような女ではない。
そうだ。
この前、部屋に来た時もアノ彼女の写真を見ているし、彼女が付けたピンクのカーテンも替えようと話していたことを思い出していた。
今さら取り繕う方が不自然になると、圭司は恵子を傷つけないようにするためにつく嘘は恵子に対しての思いやりだと自分自身に言い聞かせていた。
圭司は瞳の奥の秘め事を見透かされないようにと敢えて恵子の両肩に手を廻して座ったまま背中に手を廻してきつく抱きしめた。
ほのかに髪がジャヤスミンの香りがして、妙に落ち着く。
この抱擁の僅かな時間を圭司はもっと続けたかった。
「ねぇ、圭司さん。」
恵子が、“さん付け”で呼んだことに一瞬だが違和感を覚えた。
圭ちゃんとこれまで呼んでいたのに一気に距離感と孤独感を感じたからだ。
だいたいこういう時は、良からぬ展開の話を切り出すことは圭司でも予感していた。
しかし、この手を離すタイミングもバツも悪い。悪すぎる。
それに恵子は、そんな女じゃない。
圭司の身勝手な思い込みであっても何でもこれまで受け入れて、許すことが愛だと信じて尽くす女が恵子だった。
圭司にとっては“都合のイイ女”であることに違いない。
バイトで苦しいときは、そっと気付かぬように財布を満たしてくれて、たまに部屋の掃除も気遣いの限りを尽くすひと。
料理は、飛び切り美味いとは言えないが、圭司の好きなものを手際よく作ろうと毎回予行演習してから部屋で作る。
その努力はトートバックの料理本から覗く付箋の数だけ知っていた。
手放したくないオンナだった。
次の言葉を遮るように圭司は、背中に廻していた手を両肩に置いて、恵子の視線の先に顔を近づけて恵子の目を直視した。
圭司は、カメラマンとして目線や視線がどれほどモノを言うかファインダー越しで無かろうと射抜く自信があった。
それに相手は恵子だ、大丈夫。
圭司は、自前の瞳のフォ―カスを絞り込むように恵子の瞳の奥にピントを合わせていた。
「恵子、聞いてくれ・・俺は・・」
圭司は、カメラマンという仕事でチャンスを掴みかけていることや、モデルとして撮影の仕事で仲良くなった女優と噂話になっていること。
そして、それはスキャンダラスなゴシップ記事など事実ではなく、そんな話は嘘だと言い切った。
その勢いのまま、女優とのゴシップをマスコミのネタにされた自分は被害者だと、まくし立てていた。
同時に圭司の瞳のフォーカスが、何度もシャッターを連写している。
もう圭司も話の脈絡も曖昧なまま、取り敢えず恵子がこの場を納得してくれる話をするしかないと矢継ぎ早に女優の話を続けていた。
恵子は、笑顔のままエクボを両頬に蓄えていた。
その顔を見つめながら圭司は、強烈な罪悪感に苛まれていた。
惨めだった。
恵子の頬に伝う涙を見たからだ。
嘘に嘘を塗りたくっても、どうせそんなことは嘘で固めた虚無。
秘め事を恵子に言い訳をするならまだしも、否定のための嘘。
恵子は、きっと瞳の奥の嘘を確実に見抜いている。
恵子の顔を直視するには眩しすぎた。
圭司も自覚していた、嘘をつくときに瞬きが異常に増える。
恵子の瞳は、まるで嘘を見抜くための鏡のように澄んで、瞳に映る卑怯な男がそこに居た。
「私ね、もう疲れたの。」
恵子のエクボが消えていた。
なのに、それでもボタンの掛け違えだと認めないスタンスを崩せなかった。
厨房から雅夫が来たのが分った。
「圭司、もういい加減に目を醒ませ。」
それは、今まで聞いたことのない雅夫の冷たい態度を表していた。
圭司は、無性に苛立ってきた。
そもそも雅夫が、恵子をここに呼んだことを今、思い出したからだ。
女優の彼女がここに着ていると、確かに“大事なひとが待ってる”と騙したのは雅夫の方だ。
圭司は、怒りの矛先を雅夫に向けた。
「貴様!騙したなぁ」
圭司は、雅夫に罵声の限りを浴びせていた。
「俺の大事なひとが待ってるって嘘をついたのはお前だろうが。」
その瞬間、圭司の左頬に強烈な衝撃を受けて吹っ飛んだ。
強烈な右パンチだった。
今まで、一度も雅夫に殴られたことはない。
殴るとは、全く想定していなかったから隙を見せてしまっただけで不覚をとった。
圭司は、唇に鉄の味を感じていた。
殴られて頭の血が逆流する力を利用して立ち上がった。
雅夫は、それ以上の攻撃を仕掛けて来なかったが、それで圭司の憤怒が収まるはずが無い。
雅夫に殴られる理由などない。
これは、恵子と俺の問題だ。
圭司は、腕には自信がある。
右の拳を握り締めた。
ここで、引いたら自分が自分でなくなる。
自分を失くさぬために雅夫を殴り倒す。
殴りかかった瞬間に雅夫に身をかわされて、今度は右の頬に強烈な左ストレートを食らって殴り倒された。
更に馬乗りになって来た雅夫。
もう、抵抗する気力も失せそうになる。
恵子に無様な姿を見られたくなかった。
その時、恵子が叫んだ。
「もう許してあげて、飛鳥さん・・。」
雅夫の名字を恵子が叫んだ。
そのことで、その場の時間が止まった。
雅夫が立ち上がったので、圭司も無言で立ち上がった。
恵子が駆け寄って来たが、なんともバツが悪い。
「いやぁ~、止めなくて良かったのに・・」
とその瞬間。
圭司は、その目の前の情景が整理できずにいた。
恵子は、雅夫に抱きつき泣いている。
圭司は、頭の中が混乱して目眩がしてきた。
決して、殴られてダメージを受けているのではなく、ハートに大きな衝撃を受けていたのだった。
「前ら・・・まさか」
圭司は、やっと飲み込めた。
恵子が、泣きじゃくりながら途切れ途切れに話を始めた。
スキャンダルに浮かれてチャンスだと調子に乗っている時に恵子の傷ついた心を考える余裕がなかった。
どれほど、傷ついたかは、今なら想像よりも実感している。
でも、それ以前に無意識に避けていた自分がいた。
それを雅夫が、癒してくれていたのか、不器用な雅夫の性格は一番よく知っている。
「あたいは、あんたに惚れとったんよ」
心から惚れていたことを恵子から今この場で、過去形で聞かされている惨めな男。
雅夫が、黙って頭を下げている。
幼馴染の飛鳥雅夫には、恵子がお似合いだ。
きっとこのレストランにも恵子の笑顔がピッタリお似合いだ。
「散って、もう一花咲かせるわ」
これ以上は、俺がここに居てはいけない。
圭司は惨めだった。
精一杯の強がりと、最後くらいは惨めな顔を見られないようにドアに向かって歩いていた。
そして振り向くことなく右手を振って今の圭司にできる精一杯の祝福のピースサインを二人に贈った。
ダビデの紋章「六芒星」を左手で掴んだまま・・・。
店を出る時に、そのネックレスを圭司は引きちぎった。
『どうってこと、ないさぁ~』
赤レンガ倉庫に浮かぶナイフのような下弦の月が、ぼやけて歪んで見える。
空が澄んで星が綺麗だ。
あっ!流れ星。
何年振りだろうか・・・。
圭司は、六芒星のペンダントを握りしめていた。
”流れ星のゆくえ”に願いを込めて追うかのように・・・。
三日月から流れる星は、まるで月の雫のようだった。
SEE YA
「つづく・・・。」
※これは、フィクションで、登場人物は架空の名称です。
「僕はこの瞳で嘘をつく♪」や「ひとり咲き♪」とは無関係の内容になっていますので、ご了承ください。