松尾KC潔といえば日本におけるブラック・ミュージックの大家だ。
90年から2000年までは文筆家として、以降はプロデューサー、コンポーザーとして日本におけるブラック・ミュージックを牽引してきた。
ブラック・ミュージック。ソウルやR&B、ヒップ・ホップなどと細分化できるそれはしかし、こと松尾潔が取り上げるものに関してはそういった名称よりもブラック・ミュージックと呼びたい気分だ。
リッチでゴージャスで何よりメロウな音楽。その佇まいは程よく鍛えあげられた身体に上等なTシャツをタイトに着こなした装丁の著者像が何より端的に現している。
自分は主にブラック・ミュージックとカテゴライズされる音楽を聴いてきたが、松尾潔が取り上げるようなアーバンでメロウな音楽が苦手だった。ベイビーフェイスやRケリーも積極的には聴いてこなかったし、ディアンジェロ『Voodoo』は時代を代表する名盤だと思うが、おそらく聴きどころは松尾氏とは違うだろう。
だからこそ『bmr』誌に連載されたコラムをまとめた本書は非常に興味深く読めた。
山下達郎も同好の士/師と称える卓越した耳と慧眼はEXILE「Ti Amo」のレコード大賞受賞を持って実績を持って証明された。
こういった視点をもっていることが、単なるブラック・ミュージック愛好家ではなく優れたプロデューサーとしての資質が現れた部分といえるだろう。
EXILE / Ti Amo Chapter1 -Short version-
もちろん、こういったブラック・ミュージック・ファンにこそ楽しめる逸話も充分に散りばめられている。
著者が直接インタビューできた(これは非常に稀なこと)ジェームズ・ブラウンがいみじくもこう語ったように、著者はこれから周りに手を差し伸べるのだろう。そういった態度が後書きからも伺われ、著者のソウルもゴージャスでリッチだなと思わされた。
90年から2000年までは文筆家として、以降はプロデューサー、コンポーザーとして日本におけるブラック・ミュージックを牽引してきた。
ブラック・ミュージック。ソウルやR&B、ヒップ・ホップなどと細分化できるそれはしかし、こと松尾潔が取り上げるものに関してはそういった名称よりもブラック・ミュージックと呼びたい気分だ。
リッチでゴージャスで何よりメロウな音楽。その佇まいは程よく鍛えあげられた身体に上等なTシャツをタイトに着こなした装丁の著者像が何より端的に現している。
自分は主にブラック・ミュージックとカテゴライズされる音楽を聴いてきたが、松尾潔が取り上げるようなアーバンでメロウな音楽が苦手だった。ベイビーフェイスやRケリーも積極的には聴いてこなかったし、ディアンジェロ『Voodoo』は時代を代表する名盤だと思うが、おそらく聴きどころは松尾氏とは違うだろう。
だからこそ『bmr』誌に連載されたコラムをまとめた本書は非常に興味深く読めた。
山下達郎も同好の士/師と称える卓越した耳と慧眼はEXILE「Ti Amo」のレコード大賞受賞を持って実績を持って証明された。
いまプロデューサーとして10代や20代の歌手と向き合って話すと、「直裁的な描写」と「リアルな表現」を同義と思い込む子たちが多いのを痛感する。たしかにラップのように単語数が多ければ写実性や具体性は高まるだろう。しかしそれは国語の話であり、音楽の話ではない。歌そして歌詞は絵画的表現を追求すべきで、写真を目指すものでもなかろう。(P.26)
感動というのは筋肉と同じで、時間を掛けずに手に入れたものはすぐになくしてしまう。ながい時間を掛けて育むに値する感動の記憶こそが、音楽を聴き続ける悦びなのだとぼくは考える。反芻ほど楽しいっものはない。と年上の恋人に言われたのは向田邦子だったか。(P.26)
ぼくが作詞家として取材を受ける際、よく話すテーマのひとつに「現代とは、孤独そのものより"孤独になることへの恐怖"が肥大化している時代」がある。とくにラブソングをつくるときはそのことを強く意識する。(P.48)
こういった視点をもっていることが、単なるブラック・ミュージック愛好家ではなく優れたプロデューサーとしての資質が現れた部分といえるだろう。
EXILE / Ti Amo Chapter1 -Short version-
ジェームズ・ブラウン「ファンキーとは幸せであるということを別の表現に置き換えたものです。L.O.O.S.E.解き放つこと、ゆったりすること、自由なんです。仕事や学校に行くときはファンキーじゃいけませんけどね」(P.134)
もちろん、こういったブラック・ミュージック・ファンにこそ楽しめる逸話も充分に散りばめられている。
成功とはつまり、分かちあうことです。あなたがやっとの思いで沼から陸に這い上がることが出来ても、それはまだ成功と呼べません。陸に上がったら後ろをふり向いて、まだ沼であえいでいるものに手を差し伸べてご覧なさい。そのひとを陸に引き上げたとき、初めてそれを成功と呼ぶのです」(P.134)
著者が直接インタビューできた(これは非常に稀なこと)ジェームズ・ブラウンがいみじくもこう語ったように、著者はこれから周りに手を差し伸べるのだろう。そういった態度が後書きからも伺われ、著者のソウルもゴージャスでリッチだなと思わされた。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます