高齢者の「身元保証ビジネス」が急成長する必然競争激化で消費者目線では疑問が残る業者も野中 大樹様 : 東洋経済 記者<身元保証高齢者サポート事業者が急増している。だが、課題は多い。
「私の年金受給額はいくらになっていたかな」
10月24日、神奈川県内の施設に入所する久保田博俊さん(86)は、施設を訪問したNPO法人りすシステムのスタッフに尋ねた。スタッフは、通帳のコピーを示しながら答えた。
その数日前、久保田さんは通帳のコピーと自宅ポストの郵便物を回収してきてほしい旨、りすシステムに依頼していた。
ポストの中には選挙の投票用紙が入っていた。スタッフは「久保田さん、間もなく選挙があります。投票はどうされますか。行かれるのでしたらサポートします」と、久保田さんの意思を確認した。
家族のように動いてくれる
本来は家族のやることだ。しかし、久保田さんには頼める家族がいない。妻とは離婚し、長男とは疎遠になった。
「頼める身内がいない私に、りすシステムは家族のように動いてくれる」(久保田さん)
久保田さんの長年の悩みが、知的障害のある次男(50)だった。自分に判断能力がなくなったとき、財産管理は次男に頼めない。自分が死んだら葬儀や納骨はどうするか。次男は今後、一人で生きていけるのか──。悶々とする中、3年前に出合ったのがりすシステムだった。日常生活の支援から死後の対応、次男への後見まで頼めることなどを知る。
「こんなサービスが世の中にあったのかと、驚いた」(同)
久保田さんは りすシステムと、日々の暮らしをサポートする生前事務委任契約や、死亡後の死後事務委任契約を結んだ。任意後見契約も結び、自身の判断能力が衰えたときには、りすシステムの弁護士に任意後見人となってもらい、財産管理を任せることにした。
次男については、りすシステムを保佐人候補者として申し立て、現在は、りすシステムの選任された弁護士が通帳を預かり、必要な支払いや入金管理を行っている。
こうした、頼れる家族がいない高齢者をサポートする身元保証高齢者サポート事業者の数が増えている。昨年の国の調査によれば400社超が事業展開しており「ここ数年で急激に増えている」というのが業界内の一致した見方だ。
背景にあるのは、身寄りのない高齢者の増加だ。少子高齢化や核家族化が進んだことで高齢単独世帯と高齢夫婦世帯の数は増加の一途。2020年時点でそれぞれ600万世帯を優に上回る
身元保証人がいるか
単身高齢者が入院や施設入所をするときに懸念されてきたのが「身元保証人がいるか」だ。異変が起きたときに連絡できる人はいるのか、重要な医療決定をするときに立ち会ってくれる人はいるのか、支払いは大丈夫か、死亡時には遺体を搬送してもらえるのかなどを気にせざるをえないからだ。
無事に入院・入所できても、その後の日常を支える人の存在は不可欠。身内がいない人については、人知れず介護スタッフや病院スタッフが無償でサポートしてきた
済生会神奈川県病院では以前、こんなことがあった。若い医師が患者から日常的な雑務をケアマネジャーに伝えてほしいと頼まれたのだ。「3万円ほど下ろしてきてほしい」「携帯の充電器がほしい」「ももひきやジャンパーなどの防寒具がほしい」。ケアマネがこうしたシャドーワークを強いられるケースは珍しくない
本人の死亡後も、遺体搬送や死亡届の提出、葬儀・火葬などを担う人が要る。自宅の片付けや遺品整理、賃貸住宅や携帯電話の解約手続きも必要になる。いずれも、これまでは家族が担ってきた。
ニーズが高まる身元保証高齢者サポート事業
だが、家族がいることを前提とした仕組みには限界が迫る。そんな中でニーズが高まっているのが身元保証高齢者サポート事業だ。
業務は大きく3つに分かれる。入院・入所時の身元保証サービス、買い物など日常生活支援サービス、葬儀・納骨などを担う死後事務サービス
業界の草分けが冒頭の りすシステムである。母体は高野山真言宗の功徳院。同院は、身寄りがなく後継ぎがいない人向けの「合同墓」を1990年に建てた。この合同墓が、身寄りなき高齢者サポートシステムの萌芽となり、1993年にりすシステムが誕生する。現在の契約者数は4200人ほどで、毎年約300人ずつ増えているという。2022年度の経常収入は4.3億円だ。
草分けのもう一角が、2001年に愛知県で発祥したNPO法人きずなの会だ。トヨタ自動車やその関連会社で働くために全国から集まった労働者の中で、家族をつくらずに年を重ね、身元保証が必要になった人たちが主な顧客となって拡大した。今では全国で5000人超の会員を抱える。こちらも契約者数は右肩上がりで、2023年度の経常収益は17.3億円だ。
業界全体に横たわる課題
両社とも事業は一見順調だが、業界全体に横たわる課題を抱えている。寄付収入の存在だ。契約者の中には事業者に恩義を感じ、死後、遺(のこ)った財産を寄付したいと申し出る人が一定数いる
寄付が問題視されるのは、利益相反が内在するからだ。例えば、契約者の入所施設を事業者が選ぶとき、契約者が「遺った財産は事業者に寄付する」という遺言をしていれば、事業者側に「安い施設に入れ、財産の減少を抑えよう」という動機が生まれうる。
りすシステムの2022年度の寄付収入は2.4億円で収入全体の5割を超える。杉山歩代表理事は、寄付を誘導することはありえないと強調しつつ、「寄付収入がないと、事業は回らない」と実情を語る。きずなの会の寄付収入6.9億円も収入全体の4割に迫る規模だ。
虎ノ門法律経済事務所を母体とするシニア総合サポートセンターの担当者は「痛くもない腹を探られたくないため、寄付は受け取らない」という方針を掲げる。
業界向けアンケート調査によれば、寄付を「申し出があれば受け取る」と答えた業者が66.2%に上っている
寄付収入に頼る構造は、法人形態に表れている。りすシステムやきずなの会のようなNPO法人が業界全体の3割を占める。非営利のNPOでは「慈善事業」の色合いが濃く、きずなの会の善治敏生理事は「生活保護受給者であっても別料金(低価格)で契約を結ぶ。そこで寄付収入を活用している」と話す。
相次ぐ不祥事
信用を傷つける事件も相次ぐ。
2016年、大手だった日本ライフ協会の資金繰りが悪化し、契約者が死後事務などのために預けていた預託金が流用されていたことが発覚した。その後、同協会は経営破綻する。契約者はサービスを受けられなくなっただけでなく、預託金も返還されない惨事に発展
2018年には、契約者と財産贈与の契約を結んでいたNPO法人えんご会の契約の結び方が裁判に発展した(別記事『身元保証事業者への「寄附」の曖昧な位置づけ』)。
顧客争奪戦も激化している。消費者目線で見て、根拠の薄い数字を出す事業者も出てきた。
一般社団法人終活協議会はホームページ上で「心託会員数2万名以上」と打ち出す。業界大手をしのぐ「会員数」だが、「心託会員」には健康相談など簡易なサービスプランも含む。他の事業者が展開しているような身元保証まで行うプランの契約者数を本誌が尋ねると「悪徳業者が参入してくるのを防ぐため、非公開にしている」と不明瞭な回答に終始
2018年には、契約者と財産贈与の契約を結んでいたNPO法人えんご会の契約の結び方が裁判に発展した(別記事『身元保証事業者への「寄附」の曖昧な位置づけ』)。
顧客争奪戦も激化している。消費者目線で見て、根拠の薄い数字を出す事業者も出てきた。
一般社団法人終活協議会はホームページ上で「心託会員数2万名以上」と打ち出す。業界大手をしのぐ「会員数」だが、「心託会員」には健康相談など簡易なサービスプランも含む。他の事業者が展開しているような身元保証まで行うプランの契約者数を本誌が尋ねると「悪徳業者が参入してくるのを防ぐため、非公開にしている」と不明瞭な回答に終始
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