教育で人は変わらない。社長の信念が証明した「人が辞めない組織」の作り方_BizHint 編集部様2025年1月8日(水)掲載
- 社長が始めた組織改革にベテラン社員が反発し、大量退職と業績悪化の危機に直面した株式会社カワキタエクスプレス。合計で150人以上もの退職者を見送ったという川北辰実社長は「教育で人は変わらない」という気づきを得ました。その気づきから理想の組織をつくりあげる術を見出し、徹底していった結果、離職率はピーク時の65%から5%に激減。業界未経験者の積極的な採用・育成に成功し、長年の赤字体質からも脱却しました。自らの信念を貫いてきた川北社長に、改革の道のりと経営者の覚悟について伺いました
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社長と社員。価値観の違いが生んだベテラン社員の大量退職
――運送業界ではトラックドライバーの不足や高齢化が深刻になる中、貴社は若手未経験者の採用・育成に成功されています。2024年には離職率5%を実現し、業績も上向いていますが、かつては離職率が高く危機的な経営状況だったそうですね。
川北 辰実さん(以下、川北): はい。人材の定着に関しては、非常に苦労してきました。
特に大変だったのが2011年です。当時の社員数は23名ほどでしたが、わずか半年の間に、幹部を含めたベテラン社員が8名退職。他の社員の退職も重なり、2011年の離職率は65%に達しました。特に私の右腕だった幹部社員が辞めたときはショックが大きかったですね。周りにも「次の社長は彼だ」と言っていたくらいですから。会社の利益も53%減となり、売上もかなり苦しい時期が続きました。
――大量退職の原因は何だったのでしょうか?
川北: 私が始めた組織改革への反発がきっかけですが、根底にあったのは「私の想いに共感してもらえなかった」ことだと思います。
「トラックドライバーを若者が憧れる職業に」というビジョンを掲げ、2008年に高卒採用を始めたことを機に、2009年から組織改革を始めました。まず給与体系を歩合給から月給制に変更し、評価制度を導入。運送業界では売上や走行距離に対しての歩合給が主流ですが、新卒の受け入れに向けて見直しを図りました。
2010年には高卒の新入社員が2名入社。彼らに社会人のマナーやモラルなどを教育する中で、簡単なことから徹底しようと3つのルールを決めました。「名札を着用する」「靴を揃える」「運転中には携帯電話を使用しない」――どれも基本的なことです。
私は、どんな仕事も誰かの役に立った分だけ報酬をいただけるものだと思っています。我々は物を運ぶ仕事ではありますが、人とも接しますから、挨拶がきちんとでき、身だしなみも整っている方がいいですよね。プロドライバーとして、運転マナーも守れる。チームとして動き、誰かが積み込みをしていたらそれを手伝う。お客様から「さすがプロだな」と言われるような仕事をしてほしいし、人として当たり前の行動をしてほしい。お客様や周りから信用される仕事をした結果として、仕事が増えていく。これが私の考えです。
当時はそれができておらず、ミスや事故も多かった。だから、ごく基本的なことから改革を始めました。
――しかし、その改革に反発があったと。
川北: はい。「靴を揃えろとか挨拶しろとか、小学生がやるようなことをなぜ言われなければならないのか」という反発が起きました。また、給与体系を月給制に変えたことで、実際にもらう金額はあまり変わらなくても、張り合いがなくなったという声がありました。
当時の社員には「自分のために自分が頑張って稼げばいい」という感覚が強く、私の想いとは合わなかった。極端に言えば、「自分だけ良ければいい」と考える人達がだんだん辞めていったんです。
2011年の大量退職の後も、新しい人を採用しては辞めていく…といった状態が10年ほど続きました。今まで、150人以上もの社員が会社を去るのを見送っています。その過程において、ひとつの気づきを得ました。
――それはどんな気づきですか?
川北:「教育で人は変わらない」 ということ。マナーやスキルを高めるためのいろいろな研修を実施してきましたが、相手に変わる気がない限り、どんなに教育をしても人は変わりません。中には、私が借金の肩代わりをしたり、家庭問題のフォローをしたりしても、恩を仇で返すような形で去っていく人もいました…。そういう経験を重ねる中で、「そもそも人は変わらないのだ」という考えに至ったんです。
経営者の想いが伝わるか伝わらないかも同じです。大量退職があった当時も、現在も、私から社員に毎朝メールを送っているし、年2回ほど全体ミーティングもやっている。何かあれば個別の声かけもしています。伝え続けることは必要ですが、どんな伝え方をしても伝わるとは限りません。もっと言うと、伝わらないと思って伝えた方がいい。結局は相手の問題だと思っています。
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「人は変わらない」の気づきから得た、人が辞めない組織の作り方
川北: ただ、その気づきのおかげで、何を重要視すべきなのかが明確になりました。
――それはなんでしょうか?
川北:採用時の「見極め」 です。
採用の時点で、「この人は私や会社の考えに共感できるか」「素直な心があるか」を見極めるようになりました。この方針に至るまでに時間がかかりました。特に徹底するようになったのはここ2~3年ですが、そこから離職率や定着率が大きく改善してきました。
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―自社に合う人材かどうか、採用時に見極める。その結果、離職率が65%から5%に激減したのですね。
川北: そうですね。とはいえ、離職率が低下したのは結果論ともいえるかもしれません。
私は離職率が高いことを必ずしも悪いとは思っていません。社長が今いる社員を誇りに思えて、「辞めてもいい」と思う社員が誰一人いないなら、離職率が高いのは問題です。一方で、離職率は低くても、事故ばかり起こす社員がいるのに「辞められると困るから」と厳しいことを言わないのも問題ですよね。
当社の経営の目的は「全ての人の幸せの追求」です。辞める人にも幸せになってほしい。ただ、この会社では幸せになれないと思うなら、別の場所で幸せになってもらった方がいい。そう考えています。
――経営者の理念や理想を追求するためなら、離職率が高くなっても構わないと。
川北: 皆さん離職率や定着率に惑わされていますが、大切なのはそこではないと思うんですよ。
多くの経営者はお金と天秤にかけてしまう。人が辞めると利益が出ない、売上が落ちると。私はそれを捨てました。幹部たちが去った後、売上は過去最低まで落ち込みましたが、お金はいつか必ずついてくると信じ続けました。
この仕事に誇りを持ち、いきいきと働いて、お客様の喜びを感じられる。そういう社員がいれば、会社は必ず伸びます。仕事の質を上げようと努力するし、事故も起こさない。それが信用となってお客様が増える。値上げをしても、「カワキタさんが値上げするのは仕方ないね」と受け入れていただける。それが回り回って、みんなの収入につながります。
「経営者は利益を出してなんぼ」とよく言われます。それが世の常ですし、そういう意味では私は劣っているのかもしれません。それでも私は、誰も不幸にする気はないし、社員が「この会社で働けてよかった」と思える会社にしたい。そのために自分の信念を貫く。ただそれだけです。それが結果的に離職率の低下につながったのだと思います。
- 同社のトラックは真っ赤なボディが特徴。「道路で目立つ」「運転を人に見られている」というプロドライバーとしての意識につながるだけでなく、「このトラックに乗って仕事をしたい」と応募してくれる方もいるのだとか
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「うまくいくはずがない」と散々言われても、社長が信念を貫いた理由
――2008年から高卒採用を始めたとのことでしたが、理由は何だったのでしょうか?
川北: 世間一般のイメージでは、トラックドライバーはネガティブな印象に傾きがちです。ガラが悪くて、ちょっと怖いイメージが未だにある。私はこのイメージを変えたいという思いから「トラックドライバーを若者が憧れる職業に」を掲げるようになりました。
物流がなかったら、生活も、社会も、世の中が全部止まってしまう。その根幹を担うドライバーが、悪いイメージのままでいいわけがない。若い人たちが憧れて入る業界にしないと、30年後、40年後には成り立たなくなってしまいます。
だからこそ、この大切な仕事に誇りを持てるようにして、若者がもっと集まるような業界にしていかなければと思ったんです。だから、高卒採用を始めました。
同業者からは「高校の新卒なんて採用できるわけない」「うまくいくはずがない」と散々言われました。当時の運送業界では、未経験者の採用すら珍しかった時代だったので。
2008年に高卒採用を始め、2010年には2名が入社。2012年から「業界未経験者の採用」に振り切った結果、今では社員の平均年齢29.9歳、10代・20代の社員が7割を占めています。
――未経験者を採用するのは、経営的にはリスクもあるのではないでしょうか?
川北: 当社では一般輸送事業とは別に引越事業も展開しています。引越事業は売上全体の30%程度ですが、利益率が高いため、収益面では大きな位置づけになっています。
この引越事業があるため、最初からトラックに乗れなくても大丈夫なんです。引越の助手から始められますし、海外引越の梱包作業などハードではない作業もあるので女性も対応できます。半年くらいして仕事に慣れた後、本人の適性や希望に応じて運転を始め、準中型免許を取得したら2トン車、中型免許を取得したら4トン車、そして大型へと進めるキャリアアップのプランを用意しています。
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―入社後すぐにできる仕事を用意して、育成しながら会社の売上に貢献してもらっていると。
川北: そうですね。最初は0.3人分くらいの仕事から始めて、徐々に一人前の仕事ができるようになってもらえればいいと割り切っています。
それに、業界未経験の方が「ドライバーの当たり前」を徹底・遵守してくれるんですよ。「昔から自分はこうやってトラックを運転して稼いできた」というプライドや経験がない分、輪止めの徹底や出発前のタイヤ点検、制限速度の遵守といった基本を大切にしてくれます。つまり、私の目指している姿に近い価値観を持ってくれている。
だから私は、即戦力よりも、未経験者の採用に振り切ったのです。技術は経験を積めば何とかなりますが、マナーやモラルを教えるのは大変ですし、そもそも人の習慣や考え方は変わらないですからね。
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自社に合う人材を見極める方法
――採用時の見極めにより離職率が低下したとのことですが、具体的にはどのようなポイントを見ているのでしょうか?
川北: 昔は元気が良くやんちゃな人がいいと思っていましたが、最近は大人しく真面目な人の方が当社に合っていると感じています。真面目で、他人を思いやる、素直な人。コミュニケーションが苦手で、他社では自分を出せなかったような子が、当社に入って堂々と挨拶できるようになり、みんなと仲良く過ごしている。そういう姿を見ると嬉しいですよね。
――そのような人材を見極めるポイントはありますか?
川北:特に重視しているのは応募者の価値観 で、面接用のシートに「仕事(会社)を選ぶ上で重要なポイント」の優先順位を記入してもらっています。
職場の雰囲気や人間関係の良さを1位・2位とする人は、当社にマッチしやすい傾向がありますね。じっくり話を聞くと、「前の職場ではこんな人がいて…」といった不遇な経験を語られることが多いんですよ。その場合は「うちにはそんな先輩はいないから大丈夫」と伝えています。
もちろん給与水準を1位にする人もいますが、当社においては他社への転職リスクが高くなりがちだと見ています。以前は採用したい一心で少し色をつけて話すこともありましたが、今は「うちはそんなにもらえないよ」と正直に伝えています。「最初から稼ぐのは難しいかもしれない。評価制度があるので1年後に上がるかもしれないけど、それもわからない」と。
――自社に合う人材を採用するために、応募数を増やす取り組みにも注力されているそうですね。
川北: 特にSNSの活用が大きな効果を上げています。TikTokを始めてからは爆発的に問い合わせが増えました。東京、大阪、京都、奈良、北九州から移住して入社した人もいます。
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社長も「踊ってますよ」と話す、同社のTikTok
川北: 最近は月に3~4人から問い合わせがあります。当社の採用プロセスは、まず履歴書を送ってもらい、私が面接する。お互いに進めたいとなれば、2次面接と体験入社へと進む。実際に現場に入り先輩の横について仕事をして、配属予定の部署の上長が面接する。そこでOKなら入社という流れです。
10人問い合わせがあっても、実際に採用するのは1~2名です。採用時の見極めをより丁寧に行えるようになったこともあり、定着率が上がってきました。それにより、「辞めた人の代わりを補充する」のではなく、より良い人材を選別できるようになった。これも昔との大きな違いですね。
どん底に陥ってしまったとしても、経営者の「やる気」さえあれば会社は必ず良くなる
――最近では業績も改善傾向にあるそうですね。
川北: はい。長年、引越部門の利益で一般輸送部門の赤字を補填する状態が続いていましたが、ここ数年は両部門とも黒字を出せるようになりました。一般輸送部門では赤字のときから効率的な動きを追究し、そこに社員が定着して稼働するトラックが増えたことで、利益が出る体制が整った。2024年は値上げをしたこともあり、売上は3.7億円、利益は1,500万円ほどの見通しです。過去最高の4億円には及びませんが、そのときは3,000万円の赤字でした。当時と今では中身が全く違います。
――組織改革や人材の採用・育成の成果が出ている証ですね。
川北: そうですね。社員全員が会社の状況を理解していますから。まだ銀行からの借り入れが残っていて、金利を負担していることも。でも稼げる会社になれば、その分を給料に回せる。だからこそ、仲間を大切にして、人も増やして、事故なく、お客様から信頼される仕事をしていかないといけない。そういう話を何年も伝え続けています。
――赤字や離職が続く中でも、自分の信念を貫いた。その原動力は何だったのでしょうか?
川北:どん底に陥ってしまったとしても、経営者のやる気さえあれば会社は必ず良くなります。 逆に、経営者のやる気がなければ会社はつぶれてしまう。だから私は、自分がやりたいことをやって、モチベーションを保つよう心掛けています。目指す会社をつくっていく、人を成長させていく。それが見えてきたらやる気になるじゃないですか。
経営者は「弱音を吐くな」とよく言われますが、私は「背負いきれば弱音は出ない」と考えています。弱音や愚痴って、結局は逃げ道ですよね。覚悟が決まれば、逃げ道は不要になるんですよ。
私の覚悟が決まったのは、大量退職があった2011年です。苦しみながらも「この社屋を授かったのだから、危機を乗り越えられる」と信じました。
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川北: 今の社屋は2007年、2.5億円を投資して建てました。当時の売上は2億円程度でしたから、通常なら通らないような融資を受けることができたんです。もし神様がいるとしたら、5年でつぶれるような会社にこんな建物は与えないはず。建物を与えられたのは、私が目指したものを達成できるからだ。それならば、いくら苦しくても逃げてもしょうがない、迷ってもしょうがない。信じて進むしかない。そう思ってきました。
「トラックドライバーを若者が憧れる職業にする」という目標の達成度は、当社の中では60%ほど。業界全体で見るとまだ10%程度だと感じています。物流・運送業界のポジティブな面に注目してもらえるよう、2024年7月には当社オリジナルのトラックドライバーの応援歌「Connect」を制作してYouTubeなどで配信したり、Podcast(ネットラジオ番組)の配信といった取り組みも行っています。
一人でも多くの若者がこの仕事に誇りを持てるよう、これからも挑戦を続けていきます。
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株式会社カワキタエクスプレス(貨物運送業/社員数35名※2025年1月現在)
代表取締役 川北辰実さん1964年生まれ。三重県出身。宅配便配達のアルバイトをきっかけに物流業界に携わり、1989年に個人事業として創業。1998年に法人化し、貨物のトラック輸送、国内外の引越、国際物流などを手掛ける。日本貨物運送協同組合連合会理事、三重県トラック事業協同組合連合会会長を務め、業界全体の発展にも注力
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