団塊オヤジの事件簿

団塊オヤジを取り巻く世間の荒波をつぶさに感じたままに書き込んでいきます。 

腰部脊柱管狭窄症の激痛との闘い

2013年12月20日 | 日記
腰部脊柱管狭窄症の激痛との闘い
           (腰椎推弓形成術クルニカパス)

手術から2日目の朝、やっとパソコンに触れた。パソコンの電源を入れますと、
無線LANの信号は“強”の表示であります。 しかしながら、院内のLANに繋げる
ことは避けた方が良いとの思いからインターネットの環境に出ることは諦めまし
てひたすら、ゲームを楽しむことにしました。

 とはいえ、 せっかく自由時間がありますことから、想いつくまま病院の
ベッド生活を書き記してみることにしました。


12月9日(月)
  あらかじめ予定されていましたように午前9時に麻酔科の診察を受けました。   
 入院の手続きは午後1時まで待たされたのであります。
   
大きな総合病院は、システムが構築されていまして、手続きは流れるように
運びました。

  7階の756号室が、これから2週間ばかり滞在する我が部屋であります。

12月10日(火)
 手術当日の朝は、曇り空であります。 本郷の広島空港に着陸態勢の飛行機が左
旋回をしているのを見ることが出来ました。

 当初、午後1時の開始予定な手術は、朝一番の手術に時間を費やした模様で私の手術
開始は、午後2時前になりました。

 この始まります前まで、前日の夕食以後食べ物は口にしていません。加えて当日の
午前10時以降には、水分の補給をしていません。 若干の飢餓状態であります。

 その間、 うちのカミさんと長男が傍にいてくれましたので、待ち時間を有意義に過ご
すことが出来ました。このような機会があればこそ、長男とゆっくり長話をするタイミン
グは無かったような気がしています。

   さて、
 手術着にはパンツ一丁でなるんですね! ストレッチャ ーに乗り換えて、手術室の大
きな照明灯が天井に在ることと、ずいぶんだだっ広い部屋であろうことは推測きました。
 心電図のデータを取ります吸盤のような物を着けるぐらいまでは覚えています。

それから数十秒先は、ぐっすり眠りの世界でありました。

 せっかく気持ち良く眠っている者を頬を叩いてまで起こす奴は誰だぁああ!意識が戻っ
た瞬間であります。
   
 徐々に自分の今が解かるようになったのは、756号室に帰ってきてからであります。
手術は予定通りの時間で成功裡に収まったとのことでありました。

  手術直後の痛みは、皆無でありました。 むしろ空腹感の方が先行しまして、何か食
べ物を与えてくださいませ! 喉の渇きを癒やしてくれぇええ!   その欲求の方が
強いものでした。

 夜半までは、気持ち穏やかにベッドに横たわっていたのであります。 しかし、
日にち替わって夜中の3時頃から、、、、、、、、

12月11日(水)
  横たっていますベッドは、パナマウントべッドでありますから足の高さ、背中の曲り
 具合が痛みを軽減できるように調整できたのであります。
  しかしながら、
  どのようにリモコンのボタンを押しても、腰から背中の痛さは軽減できないのであり
ます。 加えて、お腹が痛く、前後ろの両面攻めの痛さは、寝返りをすると十数分は解
消されますことから、夜明けまで何回となく看護師さんに面倒をかけたのであります。
 当然のように、痛み止めの点滴、内服薬、坐薬を投与して痛みの改善を図ったのであ
りますが効果は薄いものでありました。

 水分補給は、許可されていましたために、妻が夜中に自動販売機から買い求めて来ま
した“ポカリスエット”を一口飲んでからは、いくらかは良い眠りに入ることが出来ま
した。 うちのカミさん、さま様であります。


 まぁ! 一日絶食状態でありましたのに、この朝食の美味しかったこと、一口目の
味噌汁は、かって若いころ、ペルシャ湾へ保証乗組員としまして、リベリア船籍の外国
船に乗っていました折、サウジアラビアの港ダーマンで日本の日の丸を附けた船に招か
れまして、飲んだ味噌汁に匹敵するぐらい味わえるものでありました。
 手術の翌日から、もう歩く訓練であります。
 それまで身に着けていました手術着を取りまして、運動ができるパジャマを羽織りま
した。それまでT字帯と称する極めて単純な下着を取りまして極普通のパンツに履き替
えました。

 さぁああ! いきなり歩行器を掴まえて『立って!』 であります。立つ自信は全く
ありませんでした。    いやぁなんと不思議? スーット立つことが出来るではあ
りませんか!  二三歩、足を運んでみましたところふらつきを感じることなく、看護
師さんの付き添いで通路の傍の便所に行くことが出来ました。  そこで、小便を済ま
せました。  なんと! 快ションであります。

 次のステップであります。 オチンコに差し込んでいましたチューブを抜いて尿溜め
のバルーンともさよならしました。

 この7階病棟の通路は八の字に歩きますと、およそ100メートルあるらしいので
あります。 それを 2周してみましたら、さすがに50日間本格的な歩行を中断して
いましたから、ふとももに疲れを感じることになりました。

 歩く姿を看護師さんが観られまして、もう歩行器は無くても良さそう! との判断が
下りました。 ゆえに756号室のベッドの上には歩行器のマークが貼り付けてありま
すが、当然のようにこの部屋には歩行器がありません。

 手術後の点滴を夕方受けました。 抗生物質のようです。

   そうそう!
 おしっこの管を抜く前にもう一つイベントがありました。

 主治医の先生が、回診に見えまして、 腰に刺さっています血を抜く管をいとも簡単
に取り去っていきました。 痛いと叫ぶ間もなく、あまりにも躊躇なくの仕業には脱帽
であります。

   高原師長さん、我が部屋を訪ねて雑談をする。

12月12日(木)
  毎食後に飲みます痛み止めの薬を真面目に食事の後、30分をキープして服用してい
ます。 ところが、 夕べの夕食後30分ですから午後6時半ぐらいに飲みました痛み
止めは、今朝方4時にはその効果が薄れていまして、お腹は張る、腰に痛みが広まる、
激痛の二重奏でありました。
 たまらず、本来の服用方法は食後に二粒飲むのでありますが、朝食前に二粒飲みまし
たところ、およそ1時間の時が経ちましたら痛みが和らいでいきました。

 午前中の回診は、まさにドクターXの世界のように偉い先生が、1メートルの距離まで
近づいてこられまして、私の主治医の先生から小声で説明を聞きながら頷いてそのまま
数秒で756号室を跡にされました。術後は順調に推移しているんでしょうね。

 入院しました9日の夜便通がありましたが、少ない食事の量かも知れませんが、ウン
チが出ません。 しかるに、便通のために、2階のコンビエンスストアーまで降りて行
きましてヨーグルトを調達してまいりました。 内緒の食糧であります。
  なぜなら、
 糖尿病食が毎回配膳されるのであります。あの手術後のメシの美味さは、何だったの
でありましょうか? 糖尿病食は、美味しく食べることからかけ離れた食事であります。

 小生の場合、糖尿病の採血検査を受けた結果、二時間後の血糖値が基準より若干高い
程度の糖尿病予備軍的な存在なのであります。 それ故、 高脂血症、コレステロール
値を下げるために飲んでいます薬と一緒に服用しているのであります。その事から毎食
事は、糖尿病の対策用のメシであります。

 まぁあ考えようによりましては、この機会に糖尿病食を食べる体験ができていると思
えば、ラッキーチャンスなのであります。

 飯野さんから、イチゴ、みかん、ブドウの差し入れがある。じっと眺めるだけにしよ
うと今は思っている。

 妹、見舞いに現れる。   安保の兄夫妻、見舞いを戴く。

12月13日(金)
  やはりイチゴは食べてしまいました。 ビタミンCを摂らねばとの思いは表向きで
 もう、十数個を一気食いであります。 美味しかった!

  痛み止めと胃薬は、夜8時半以降に飲みました。すると夜中の2時過ぎからまた腰と
 お腹の両面激痛が襲ってきました。すぐさま 2粒飲んではみたものの痛みは治まりそ
うになく、 悶々とするうちに看護師さんの見廻り時に状況を打ち分けましたところ
朝方6時前頃坐薬を入れていただきました。 数十分後に激痛から解放されました。

 756号室の窓から外を眺めますと、近くの住宅建築現場が見えます。そこに緑と白
色に色分けされました吹き流しが真横にほぼ90度の角度で吹き飛ばされそうな状況で
す。 風の向きは北西からで、すっかり冬の到来を感じます。

 9日の夜、手術の前日に便通があったきり、お腹はバンバンに張るものの便意を模様
しません。 ガスは時折噴出するのでありますが、爆弾がまだであります。午前中に看
護師さんが、坐薬を入れてくれましたのでそのうち爆弾投下があるでしょう。

 午前11時半、にわかに便意を模様しましたため、トイレに直行しました。長い時間
をかけましてガス噴射がありました。その後、 ソラマメ大の4ピースのウンチが便器
に漂っているのが確認できました。 まずは第一波の爆撃であります。

 そんなことより、今朝方採血がありました。 この血液検査の内容を診て今後の投薬
方法が決められるようです。 点滴、内服薬、、、、、 いずれにしましても、今朝のよう
な激痛から遠のきたいものであります。

 手術後3日、今日からシャワーが解禁されました。 午後になって部屋の空気も温ま
ってきましたので、頭の洗髪から始め、身を清めました。 ずいぶんすっきりしました。

 夕刻、横山泰子ケアマネージャーからのお見舞いを受け取りまして、精彩園の話を聞
くことが出来ました。 また藁草履を作って楽しみたいものです。

12月14日(土)
  夕べは寝る前に痛み止めと胃の薬、そして便秘を解消するための下剤を飲んで寝まし
た。  すると、

 夜中の2時頃、にわかに便意を感じ眼を覚ましまして、すぐさま爆弾投下の姿勢に入
りましたところ、超軟便の直球でありました。  量は少なく色まで見定めることなく
流してしまいました。

 想いまするに、 食事の量の少なさと食材の柔らかさが、糞を作るもでもなくその老
廃物は私の身体の中でガス化しているようです。 その証に、またかぁあ! と思うく
らい“おなら”が出ます。  まき散らすガスはそんなに臭くないですよぉ!

 今朝方も痛み止めの効果が薄れてきた時間帯であります午前5時前には、腰部と下腹
部に痛みがありました。すぐさま痛み止めと胃薬を飲んでみましたら数十分後には痛み
は緩和されました。 従前のような腰はプレス機械で押し込まれるような、腹部はプロ
レス技の“アイアンクロー”、、腹を鷲つかみされ振り回されるような痛みからは逃げる
ことが出来ました。

 昨日、夕食前 主治医の先生が756号室に現れました。 丁度、2階の売店から
ゴルフの月刊誌を買って帰り読みふけっていましたところへの来室であります。
 クラブは、スチールシャフトは“駄目”ですよ。 カーボンシャフトなら好いですよ。
とぉ! 言うことは、、、、 ゴルフはできる!(歓び)のであります。  ただし、
来年の春から。 このやり取りは、うちのカミさんも同席していましたから、今季最高
の 朗報とでも言うべきニュースであります。

12月15日(日)
  水分補給を意識して多く摂るように心がけていますことから就寝時のトイレの回数が
 3回にはなります。 そのトイレに立つ際、昨夜は腰の痛みと腹の激痛が有りませんで
した。  従いまして、痛み止めの薬は飲まずに朝を迎えることができました。

 日曜日の朝と言うのに、カラスが群れを成して南の方向に飛んでいきます。朝食を摂
るための集団飛行と推量します。

 窓は結露で景色を見るための視界を遮っていますが、 ガラスの上の方には空が見え
ています。今日の天気は雲が多く日差しは弱いようです。

 さてさて、 日曜日の入院病棟とは、静けさが朝から漂っています。

 今日から、ミニ草履を作ろうと思いまして、うちのカミさんに家からビニール紐等の
材料を持って来てもらいました。
 入院生活に慣れてきましたら、時間の使い方に大きな余裕が生まれます。それ故、何
か身体に一部を動かしていないことには、本当の病人になってしまうような気がして落
ち着かないのであります。

 ゆっくりと指先を動かすことも、良いかもしれません。

 午後4時前に久しぶりの便意信号がありました。 便器の腰かけるやいなや、縦断爆
撃B29の東京空襲か?! 便器の容量から溢れんばかりの爆弾が出ました。
 よくもまぁああ! この量がお腹の中に在ったものだと、しばらく流すのを止めて爆
弾を見入ってしまいました。 爆弾の色も少し痛みかけたバナナの様で、良いんじゃな
いですか? このような排泄を“快便”というでしょう。

12月16日(月)
  サユリストの端くれとしましては、昨晩の『北のカナリヤ』を見逃すわけにはいかな
いでしょう。 テレビ朝日系で午後9時から放映されました北の島の物語は、小百合姉
さんの魅力が凝縮されていまして、19インチの画面に張り付いていました。

 本来ならば、午後9時になりましたら消灯の時間帯でありますが、そこは個室の優遇
されています点です。 昨夜の当直の看護師さんは、他の患者さんに迷惑が掛からない
から目こぼしを受けていました。

 良かった!良かった!

 一週間もインターネットに接続をしていませんと、パソコン自体がセキュリティーの
プログラム更新を要求してきます。 Windows 7 に載せ替えておよそ一月が経とう
としていますが、やっと新しいOSにも馴染んできたようです。
 
  月曜日の入院病棟廊下は、いつもとは違った賑やかさであります。 ベッドのシーツ
交換が定例のことなんです。  そして今日は一大イベントの部屋替えが行われました。

 756号室(個室)から、760号室(4人部屋)の移動であります。看護師の偉い
立場のお局様が現れまして、手術後の患者さん若しくは、重篤な患者さん用に個室は確
保したい旨の説明を受けました。 前述の患者さんは、出来るだけ病院スタッフの詰め
るステーションから近距離の方が良いようです。 我が方は、そのような観点からしま
しても痛みは和らぎ、順調に回復基調にあるとの判断であろうと推量できるのでありま
す。

 与えられました小生へのスペースは、個室の四分の一でして、トイレ、シャワーは別
室ではありますが、窓の近くで老人介護施設“ひらはらの郷”の建物を観ることが出来
ます。

 4人部屋でありますことから、同室のオッサン達の生業も興味が湧くところでありま
す。
    さて、
 午後、主治医の先生の診察を受けました。 手術の痕の回復具合は良好のようです。
加えて、 この木曜日には、抜糸をします! 順調な証(あかし)と言えるでしょう。

 コルセットは、一月をめどに。順調に推移すれば三か月後には、今まで行動していた
内容のアクションは“OK” とのことであります。

 なお、 手術の内容に付きまして先生に尋ねましたところ、加齢による要らない骨を
削り取ったとの事であります。 長生きすれば、再び他の箇所にも同様な痛みが出る可
能性があるとの事であります。百歳、百二十歳まで生きると再発はします!?(笑い)

 午後6時20分、夕食を完食しました。 出来るだけゆっくり一口30回を目標に噛
むように努めてみますが、食事のキャパシティーが少ないため、食事時間は短いものに
なります。

 さて、 今日午後の3時以降面会解禁時間からの来訪見舞い者はラッシュでありまし
た。

 まず、 精彩園の理事長と副理事長が大部屋のカーテン越しに姿を見せてくださいま
した。 副理事長曰く、 『マルチな仕事を準備して待っとるけぇねぇええ!』。
ビックリですね! まだまだ雇用の機会を与えて頂いているようです。

 続いて、 親父、兄貴夫妻、そして我が家の跡取り息子、 大部屋に移りましたら
途端に我がベットの廻りが狭く感じられる賑やかさでありました。

12月17日(火)
 大部屋は、当然のことながらカーテンで仕切られました四つの空間が在ります。そこ
では昼間は人の出入りが多くあるためざつぜんとしていますが、夕食が済み、消灯の時
間が訪れましたら個性が表れます。

 右となりのオッサンは、夜半過ぎからお菓子の袋を破り、何のお菓子かは知りえませ
んが、袋が空になるまでむしゃ振り喰いあげるのであります。 さしずめ、養豚場のス
トレスを溜めこんだ種豚であります。

 対面の一見若く見えるオッサンは、車椅子での行動を余儀なくされています。どうで
もベッド脇にテレビゲーム器を持ち込んでいまして、消灯後もゲーム器の端末操作をし
ます押しボタンを限りなく細かいピッチで押しまくる音が部屋に響くのであります。
 オッサンの引きこもりとでも言うのでしょうか。

 はす向かいの若者は、どうやらフィリピン人のようです。簡単な日本語はしゃべりま
す。 さぞや異国の地での入院生活は寂しいのではあるまいか?と思いきや、 なかな
か社交的で病棟の皆さんからお声掛けされる人気者のようです。

 看護学生のべっぴんさんが、血圧測定、脈拍測定、腹音の聴診、血液中の酸素濃度、
体温測定の結果の聴取、手術後の痛みの有無、便通の具合等、近距離で対応して貰って
います。 今日は珍しく、 尾道水道が見えますディールームに誘いだされまして、尾
道、因島、岩子島を眺めながら世間話をしていました。

 そこへ、

 エレベーターから降りて着ました、 村上さん、坂田さんが現れたのであります。
団塊オヤジとしましたら、20歳の乙女と会話するチャンスはそんなにこれからも有る
とは保障されてされてないはずであります。
 村上さん曰く、 『そんなに弾んでいては、身体に毒よぉおお!』  患者と看護師
の間の心のリハビリテーション時間に、 村上さん! 誤解ですよぉおお!

12月18日(水)
 今朝起きますと窓の外は、厚い雲そして雨粒がアルミニュウムの手摺を濡らしていま
す。冷たい雨です。

 7階病棟での歩行はもっぱら廊下をその舞台にしています。まあ90パーセント近く
従前の歩行態勢が取れている気
がします。
 そこで、
 病棟の東側に階段がありますことから、昨日の午後に、この階段の昇降に挑戦して
みました。
 手摺に触りながら、7階から3階まで降りてみました。どの部位も違和感無く絶好調
であります。次に、3階から7階まで昇りに挑んでみました。   これが、
5階目ぐらいから、ふとももとふくらはぎに張りが出てきました。わずかこれほどの運
動で額に汗も感じます。 まさに運動をしていなかった事が身を以て感じぜざる得ない
我が身体能力であります。

 今朝もまた美味しく朝食を戴きました。朝飯が一番待ち遠し食事であります。昨日の
夕方6時以降お茶は飲むものの、固形物は一切口にしていませんから、空腹感は最大級
に至っております。
 配膳されますと、カーテン越しに箸を膳に置く音、汁茶碗の蓋を伏せる音、加えて7
60号室の天井の空調機から出ます風切音、 静寂の中での食事であります。
 この体験は、50年前に日立造船に入社した際、三原の佛通寺に座禅を組む体験入門
した時に、無言で食事をさせられた状況と酷似しています。そう想いますと、入院は人
生リセットする為の修行の場かも知れません。

 今朝も爽やかに看護学生実習生清水クンが朝の挨拶に現れました。 実に良いです
ね! 大崎島から尾道の看護専門学校でまなんで、来春3月には看護師の国家試験に自
分の将来を賭ける旨の話をしてくれます。 常に前向きの姿勢に惚れ惚れしますねぇえ。

 院内放送で午後3時半から1階ホールでXmas コンサートが開催される旨の案内が
有りました。 やはり、このイベントに不参加と言う選択はないと思います。

 一番目の演目は、院内保育所のチビッコ達によります、お遊戯であります。とんがり
帽子のおそらく3歳児未満のかわい子チャン達は、緊張した面持ちで舞ってくれました。
可愛らしい20人の未来のAKB48と嵐(あらし)たちでした。

 続いて、
 元耳鼻科の先生と現小児科の女医さん他によりますバイオリン・ビオラ・チェロのカ
ルテットが奏でる曲は、クリスマスにちなんだ曲に続きましてジパニーズ・ポップス
と題しまして、演歌“津軽海峡冬景色” を演奏されました。 このカルテットのテー
マ曲(十八番)と言うだけありまして、素晴らしいハモリでありました。

 想わぬ場所で、生の弦楽器の音色を耳にすることが出来ました。

 藤田敬三 さんから お見舞いを戴く。

12月19日(木)
 夕べ就寝前に下剤を二粒飲みました。 まだ爆発の兆候が表れません。便秘気味であ
ります。 朝起きがけの体温は、36.6°、両足のふともも裏側とひざ下サンリ付近
の筋肉が痛みます。 そして、いつもの様に右足の親指から甲および土踏まずにかけて
痺れを感じます。 それ以外は“絶好調”なのであります。

 今日の予定は、 いよいよ抜糸です。
 我が方のシナリオでは、 抜糸、 レントゲンの間接撮影、先日の採血の結果を踏ま
えまして当初の予定であります2週間の入院手術、加療の日数は短くなりまして、近
日中には退院ではないかと推量いたします。

 午前10時半、抜糸完了。

 今日中に退院予定。 

 病院食の昼食は、“うどん” でありました。  肉うどんを美味しくいただきまして
午後13時過ぎ、二本の自分の足で歩いてJA尾道総合病院の玄関を後にしました。

 主治医の先生有り難う。 看護師の皆さん有り難う。 掃除のおばちゃんも有り難う。


最新の画像もっと見る

コメントを投稿