「元寇」は、シナ大陸(現在の中国)を統治していた「元王朝」が高麗(朝鮮半島)人を先鋒にして、鎌倉時代に二度にわたり日本に攻め入った侵略戦争です。 実質的には「元・高麗冦」と言うべきですが、高麗は「国家」ではなく「属領」だったので、歴史上は通説の「元寇」で良いと思います。 現在の南北朝鮮が、「高麗は独立国だった。」と主張するのなら、日本史でも「高麗冦」と教えるのが良いと思います。
「元寇」の少し前に樺太で、樺太に住んでいた「アイヌ民族」による樺太北部(元王朝服属のギリヤーク族居住地)侵入を阻止するための樺太侵攻(1264年)が行われましたが、これは元王朝による「アイヌ民族」に対する防衛戦争なので、侵略では有りません。 ここで「アイヌ民族」と書いたのは、現在の政府がアイヌ新法で「アイヌは北海道の先住民族」と認定し「アイヌは日本列島北部周辺、取り分け北海道に先住していたことは歴史的事実」としているからです。勿論この説明は恣意的であり、これをもってアイヌを先住民とするのなら「和人(日本人)は日本列島周辺、取り分け日本列島全体に先住していたことは歴史的事実」なので、任那日本府(朝鮮南岸部)等も含む「極東アジアの先住民は日本民族」とも言えてしまいます。
将来に於いて、南北朝鮮連邦が中国主導で成立すると、次に考えられるのは「中寇」です。 「中寇」とは、現在のシナ大陸を統治している「中国共産党」が朝鮮半島人を先鋒にして日本に攻め入る予定の(未来)戦争です。
「中寇」の前に現在では、現実に「アイヌ民族は先住民族」「琉球独立」などの超限戦が行われ、現在はこの分岐点にあります。この超限戦に負けると、次は「中共王朝」の指揮により朝鮮連邦が実戦部隊として侵攻してきます。
「元寇」は日本の独力で追い返すことが出来ましたが、「中寇」は米国などの軍事援助が必要になります。 昭和憲法では「専守防衛」しか認められていないと解釈されているので、本土決戦以外は不可能です。本土決戦と云うのは最も不利な戦闘行為ですが、憲法では戦争そのものを否定しているので、これすらも合法的に出来ない可能性があります。
「元寇」排撃の後、鎌倉幕府は実戦部隊に対し殆ど恩賞を与えなかったので国内は混乱し、幕府は自滅しました。
「中寇」が起きると、違憲状態で戦争をするか、無条件降伏するかの二択を迫られます。 防衛戦争を決断した場合、自衛隊が違憲状態での戦争を主導する事は考えられないので、自衛隊を退職して義勇兵になり民間人のレジスタンスを訓練指導し、自主防衛組織を編成する事になります。
しかし、「元寇」排撃の後に鎌倉幕府が混乱し室町幕府に変わったのと同様に、「中寇」排撃の後も国内は混乱し歴史に残る政変が起きます。
歴史は繰り返します。
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