オメガねこ

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「自然淘汰」 と 「人工淘汰」 ①

2020年04月16日 | 国際情勢
 「人口爆発によって食糧不足が起きることで、自然淘汰により人口は適正水準に戻る。」と云うのが、一般的に合意されている「推論」だと思います。ところが、この「推論」は論理的では無いし、何も語ってはいません。「爆発」「不足」「淘汰」「適正」・・・すべて正確な「定義」が為されていないからです。

 地球上で餓死者が目立つようになり人口が減り始めると、この「論者」は「私の推論は正しかった」と言うはずです。しかし、単に「食べ物が不足すると餓死者が出る」と言う世間話をする人も、この論者と同じ予言した事になります。これは「百円では千円の物は買えない」ことを、経済学用語を駆使して難しそうに言えば「評論家」としてテレビ出演できるようなモノです。実際に、テレビではそのような人が多く見受けられます。

 世界を見ると、あまり裕福には見えない国では人口が増え過ぎ、カネが有り余っている国は人口が減り始めた為に移民を大量に受け入れてきました。つまり、国が裕福になると「人工淘汰」が起きて人口が減り、食料が不足気味の国では「自然淘汰」は起きずに人口が増える傾向があると云う事です。これは、「
サバクトビバッタ」と同様に「人間」も自然の生き物で、危機が迫ると子孫を多く残そうとする本能が働くからだと思います。

 食糧不足が起こると「サバクトビバッタ」が大量発生し、穀物が食べ尽くされて人口が減ります。これを「自然淘汰」と言いますが、「人口爆発」が原因で人口を減らした例は、歴史上無かったような気がします。

 淘汰と言えば、毛沢東が1958年に起こした「大躍進政策」では食糧不足が起き数千万人が犠牲になり、1966年から1976年まで続いた「文化大革命」では数千万人が殺されましたが、これは「人工淘汰」と言えます。

 今回の「武漢ウイルス」が自然発生で自然に拡散したのなら、この人口減少は「自然淘汰」と言えるかもしれませんが、そうでない場合は「人工淘汰」になります。例え、ウイルスが自然に生まれたとしても、「人為的ミス」で拡散した場合は、「大躍進政策」と同様に「人工淘汰」の範疇に入ります。

 「人口爆発」が起きれば、植物の栄養源である二酸化炭素の排出量が増え、植物が繁茂しこれを食料にする動物(家畜も含む)も増えます。当然、穀物の収穫量も増えて更に人口も増えます。

 人間の主成分は植物と同じで「水素、炭素、窒素と酸素」です。その成分の組み合わせ構造が違うだけであり、循環再生産が行われるので、片方が増えればもう一方も増え「自然淘汰」は起きません。減るのは地下資源などの無生物として埋蔵されている量です。天然資源が減る事は「淘汰」とは言いません。

 「サバクトビバッタ」と「人間」のように、食料の争奪戦が発生した場合は「自然淘汰」は起き得ますが、人間同士の食料の争奪戦の場合は「人工淘汰」が起きます。

 「武漢肺炎」で人口が減ることが「自然淘汰」か「人工淘汰」なのかは現時点では判りませんが、経済が委縮して「グレタちゃん」の希望通りに二酸化炭素の排出量が減ると、植物の成長も難しくなり、飢饉が起こるかもしれません。この場合も含め、人間の経済活動を縮小する事で人口が減る場合は「人工淘汰」と言えます。




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