どうしよう、どうしよう。私、どうしたらいいのかしら?
皇月千華音は、懸命にそのよく回りすぎる頭を働かせて、この切羽詰まった事態をどう切り抜けるべきか、考えあぐねていた。そして、夢中に考えるあまりに、彼女は放心してしまい、
「媛子…」
とつぶやいた拍子に、ぽろりとチェリーの片側を取り落とす。
果実の抜けた唇は、半開きになっていて、千華音の目がとろんとしている。
「あ、もお。だめだよ、千華音ちゃんてば」
ぶらんと下がった残りの粒。
媛子がその軸のつなぎ目をひょいとつまみあげて、自分の分の粒を舌へ乗せて転がしてみせる。艶やかなグロスを引いた唇、剥がれていてもぷるんとして艶々しい。ゆっくりと右へ、左へ。その舌の動きを見つめているうちに千華音はなんだか酔ったような気分に陥った。前にもこんなふうに自分を失いかけたことがあるような…。
「ほら、もういちど」
「ええ…」
ふ、と千華音がため息ひとつ吐く。そのあきらめの吐息ですら色っぽくて。
その美しい声を喉の奥へと押しこめてしまったことですら、媛子には罪なことのように思われる。だからこそ、そのひとを甘い罰のなかへ誘うのをやめられない。
眼前にぶらさげられたひと粒を、千華音は唇をつきだすようにしてうけとった。今度は失敗するまい。そう、ただこれを飲み込んで食べればいいだけ…、それだけのお遊戯…と思ったら、その粒がひっぱられていく。
媛子がウインクして微笑んでいる。
なんと、実を唇で挟んだまま、綱引きのように引っ張ろうとしているのだった。軸のつなぎ目はなかなか切れない。ふたりでくわえたまま引きちぎろうとしているなんて、なんて…色っぽいのかしら。千華音は媛子の唇の動きを見つめてばかりいた。だから、またうっかりと――チェリーが落ちて、今度はそれが媛子の頬にあたり、顎の下までぶら下がった。
もうしょうがないなあ、千華音ちゃんは。また、やり直しっこしないとね。
媛子が含み笑いしつつ、残りの粒をつまもうと指を動かそうとして――その手は折り鶴を畳むみたいに、あっさりと千華音の手に掴まれていた。
自分を見つめる千華音の瞳がいつになく熱い。
媛子の心臓がどくん、とおおきく跳ねあがる。前にもこんな顔を見たことがある――獲物を狙う女豹の顔だった。そう、はじめてお泊りをさせたとき、ベッドでの出来事だ。うっすらと目を開けてみたときの千華音は、剣を構えて殺気立っていた。けれど、そのあとで…。あのときは、媛子が泣いて押しのけたから事なきを得たのだった。でも、両手で胸をおさなかったら、千華音ちゃんはどうしていたのだろう。わたしを、あのとき、どうしたのだろう。媛子はその先が知りたくもあった。
媛子の顎の下をぷらついているチェリーの実を、千華音はそろりそろりと口にくわえた。
けれども、食べたのではなかった。その実を姫子の首筋に押しつけては、焦らすように滑らしている。千華音は媛子の背中に手をあてながら、ゆっくりと身を傾けさせた。いつのまにか、ソファのうえで押し倒された格好になっている。
ひゃあ、くすぐったいよぅ。
思わずたまらずに、媛子が声に出して笑いこぼしたものだから、チェリーをうっかり落としてしまったのだった。千華音もそれに応じて外したものだから、双子の実はお互いにぶつかりながら転がり落ちていった――媛子の淡く桜に色づいた胸の谷間へと――…。
【目次】姫神の巫女二次創作小説「さくらんぼキッスは尊い」