僕を観ている人は、
僕が毎日、記事を書いたり、絵を描いたり、音楽をしたり、どこかに出かけたり、吉田カフェをしたり、まるで遊んでいるように見えるかもしれません。
しかし、実際は、3年前に大病をしてから思うようにならない状態が続いています。
やはり脳の問題は難しい。
言葉が出てこない問題は特に顕著だ。思考が回らないのも困る。滑舌は昔から悪かったがますます悪くなっている。
もちろん全く元気が無い訳ではなく、元気な時はとても元気なのだが、その後の疲労感は半端なく激しい。
これが一日のうちでも起こる。この乱高下はかなりしんどい。
自分でも、あと何年今の仕事を続けられるだろうかと考えている。
そして、僕は今のうちに自分がすべきことを全うしないといけないという思いが強くなってきた。
心と身体は週に3日か4日が限度の状態(仕事を週に3日とか4日に制限している理由)なので、ままならないことが多いが、きっと僕はやり遂げるだろう。
そもそも、生まれつき僕はかなり異常な状態だった(極度の疲労感、集中力無し、人とコミュニケーションが取れない、方向がわからない、幻想と現実の区別がつかないなど)ので、この状態は今にはじまった訳では無い。
今の僕は、あちこち衝突して、大怪我をしながら獲得した自我であり、本質は子供の頃と何ら変化していない。ただ、表面上なんとか普通にしているように見せているだけ。
でないと現世では生きることが出来ない。努力してこの状態なのだ。普通にしているように僕がしているが、おそらく外から見るとかなりの変人なのではと思うが、
僕は変人でいることはむしろ心地が良いと受け入れている。
僕に合わせて、付き合ってくれている、あるいは僕を支えている人達に本当に感謝したい(こういう人がたくさんいて、僕は本当に恵まれている)
あとどれくらい、この現世において皆さんと物理的にコミュニケーションをとることができるのかわかりませんが、その間に僕が伝えられることは、なんとか伝えたいと思います。
僕が話す内容、知識はどこの誰も話していないことであり、僕が表現することは僕にしかできないことです。
昨日、僕の治療院に来られた患者さんも、僕の話を聞いて、身体と心の仕組みがそうなっていたのか全く知らなかったと驚いて、そして話だけで良くなったと言われました。
そうです。僕らは身体と心の仕組みを全く誰にも教わっていないのです。
その人はもう病気のオンパレード状態なのですが、その理由も納得したと。
その後、鍼をしてその症状はその場で解消しました。
もちろん治った訳ではありません。しかし、仕組みがわかったということはその人に物理的にもに精神的にも、無意識にも大きな変化をもたらします。
だからその人は僕に言いました。話を聞いただけで、身体が楽になったと。
僕は、僕が残された時間(人間として物理的に表現できるだろうと僕が無意識に感じている感覚から)おそらく、ここ数年を突っ走りたいと思います。
もちろん僕は治療家であり、様々なことに取り組んでおり、それが功を奏して劇的に良くなる可能性も否定していません。
それにしても下記の本は超面白い。
追記
僕が普通の仕事が出来ない(会社に勤めるとか決まったことをすることが)理由は上記のとおりである。さらに、仕方が無かったとは思うが、僕が子供の頃から、小学校、中学校、高校、大学、会社員(驚いたことに会社員を9年間した)に至るまでの間、
僕に努力が足りないとか、やる気が無いとか、根性が無いとか、甘えているとか、協調性が無いとか、他の人にできるのになんで君は出来ないのとか、情けないとか、お前はダメな奴だと、お前は頭がおかしいとか常識が無いとか言った人々、そして僕を無視したりバカにした人達、今でも頭を勝ち割ったろうかと本当に思う。
(これを書いているときに、くるりの”男の子と女の子”が聞こえてきた。その歌詞が、コンクリートをかち割ってしまえよ。かち割ってしまえよ。と繰り返す。僕は笑った)
僕はその都度切れて、怒り、当たり散らした、僕は怒ったら手が付けられなくなる。相手が誰であろうと関係ない。そうなる理由は僕には無い、そうさせたのはその人たちだ。
僕には僕なりの正当な理由があるのだが、周りには全く理解できない。僕は相当努力して生きているのだ。その理不尽さへの怒りだ。しかし、時には僕も当たり散らす相手を間違い、怒鳴り散らすことがあった。それは本当に申し訳ない。それは衝突事故だ。ご迷惑をかけました。でもそういう人は大抵、仲直りしているのでありがたいことです。
今では、怒りを観察することが出来るので、そういうことは無いのだが、本質は変わらないので、生きるのが大変なのは変わらない。ただし、僕は今、人々に恵まれている。
僕の新曲に少しだけ、そのあたりのことが歌われているのだ。
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