《以下引用》
「沖縄戦時に旧日本軍が住民に集団自決を命じたとする大江健三郎氏の著書「沖縄ノート」などで名誉を傷つけられたとして、戦隊長と遺族が出版元の岩波書店と大江氏に損害賠償などを求めた訴訟(大阪地裁)の出張証人尋問が10日、福岡高裁那覇支部で行われた。尋問は非公開で行われ、沖縄県渡嘉敷島(渡嘉敷村)での集団自決を生き延びた沖縄キリスト教短大名誉教授金城重明さん(78)が、被告側の証人として証言。金城さんは、「(状況的に)軍命があったとしか考えられない」と述べたという」(9月12日『読売新聞』)
仮になかった、としても、沖縄の明治以降の、ことに教育の歴史を振り返ってみれば、「皇民化教育」という言葉が象徴するように、沖縄の人々には台湾や朝鮮半島と同じように、特別の教育が施されてきた。一言で言えば、天皇の赤子である、という教育である。軍人であれば、軍人勅諭にあるように生きて虜囚の辱めを受けず、という考えであり、民間人にあっても、国のために死ぬことは暗黙の自明の理として教えられてきた。
軍命があったなかったに関わらず、当時の沖縄にあっては、手榴弾を渡されればそれは自決を意味した。そういう教育だったのである。
沖縄から見れば、この裁判とこの裁判をきっかけに「軍命はなかったのだから、自決は自身の判断だ」といわんばかりの声は、大きな歴史の「改ざん」と思わざるを得ない。当然のことだ。
提案だが、このような声がうねりになる前に、沖縄県の中に明治以降、沖縄戦という戦争に至るまでの歴史を徹底的に検証する委員会のようなものを作ったらどうだろうか。「皇民化教育」の経験者、沖縄戦体験者、遺族、歴史家、そして知識人や一般市民などで構成される委員会だ。県知事が音頭を取ってもいい。
6月23日は沖縄では「慰霊の日」で、沖縄戦で犠牲となった県民だけではなく、米兵や韓国・朝鮮、台湾など軍人・軍属として戦争に関わり死んだ人々の名前を刻んで、二度と悲惨な戦争を繰り返すまいと誓い、犠牲者を慰霊する日だ。この日に、委員会がまとめた「沖縄宣言」を内外に向けて発信する。
歴史を変えようとするいかなる動きにも毅然と対決できるぐらい徹底した、揺るがぬ歴史を自らの検証努力によって提示していくことが出来るのであれば、軍人個人が命令した、しないといったレベルでの争いに巻き込まれることもあるまい。
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