14年前に新築で家を建てるときに設計士の(強い)勧めでオール電化にされてしまった。その後、東日本大震災が起き、福島の原発事故があり、いろいろ悩み考えました。それまではあまり物事を深く考えている様で考えていなかった。知らず知らずのうちに便利なモノを選択している自分がいました。オール電化や電気自動車は結局は原発推進でしかないし、両方とも強烈な電磁波を発生するので人体には良いわけはない。目先を変えて永く使えない物を売りたいだけ、それを経済活性化とも言う。
若い頃は元気だったので特に食べ物に関心が無く、体に悪そうだなと思う様なコンビニのおにぎりやサラダ、弁当まで食べていました(涙) 。日本は何故こんな国になってしまったかと言えば、、、敗戦国なので海外で禁止になり行き場がなくなった食品添加物、農薬、薬、ワクチン、ウランなどなどの受け入れ国になっています。政治家に小金を渡し、規制を撤廃しています。消費活動は選挙と同じです。これらの有害物質入りの商品の有毒性に気付き、日本人が買わなくなれば自然に市場から消えて行くと思うのは私だけでしょうか。
50年以上日本で生活していますが、その間にだいぶ日本語も変わったと思います。最近は特にはっきりと意見を言わない(言えない)日本人が増えたせいか「ボカす表現」が多いように思う。「〜とか」「〜みたいな」「〜の方」などなど。これとは少し違うけど「やばい(いつの間にか良い、悪いの両方の意味になってしまった)」という言葉は昔は「良くない」意味でのみ使っていた。なので外国人の友人には使わないように進めている。状況によって全く意味が変わってしまうので事態をややこしくする場合がある。それから「副反応」「副作用」の「福」などなど。「福」は「物事を和らげて(間違った事実)伝える」効果がある。「副反応」というとどこか「軽い症状で大したことがないもの」のように聞こえるが、「副反応」は単なる正常な「反応」であり、「副作用」は「作用」です。「副反応」「副作用」というものを認めてしまうとワクチンを肯定してしまう(効果がないものが効果があるものと認める)ことになる。
外国語に翻訳できない「空気を読む」という意味不明な言葉がある日本では「(意見をはっきり)言わなくても分かる」と思っている人が多いのかもしれないが、うるさいと思われても(ワクチンや薬、農薬のように)ダメなものはダメだと言わなければならない状況になっている。
今日、近所のおばさんにインスタントコーヒーをもらいました。子供の頃から顔見知りで自分もおじさんになってしまったが、相変わらず私の事を「ボク」と呼ぶ。苗字も名前も知らないので、私は「おばさん」と呼んでいる。近所のコンビニで700円以上買うと一回くじを引く事ができ、これが当たったそうだ。「これ、飲む?私はコーヒー飲まないから」と言われ「ありがとうございます。頂きます」と言ってしまいました(笑)コンビニにはATMでお金を引き出す時以外は足を踏み入れることは無いのでどんなに身体に悪い物があるんだろうという興味本位も。
砂糖よりも強烈なアステルパームと人工アミノ酸のL-フェルニアラニンが入っていたので心苦しいけど今家に工事で毎日来ている職人さんにあげました。昼はコンビニ弁当らしいので。。。
正にババ抜き状態(笑)
15年くらい前に初めてヨーロッパを訪れた際、冬だったのでたまたまマスクをして街を歩いていたら小さい子供が私を指差して泣いてしまいました。私はコロナ騒動が流行する前から冬になると乾燥が減り喉が楽なのでマスクをしていました。今思えば冬に湿気が多いヨーロッパでは必要なかったと思います。なので今は日本にいるのでマスクはしません。日本でも風が強くて寒い日に(鼻の)防寒という意味では付けるかもしれませんが。何故子供が泣いてしまったのかと思い調べてみると中世ヨーロッパではマスクは奴隷の象徴だったらしい。なので今でもマスクを嫌う人が多いとのこと。ニュースでは今でもヨーロッパの街でマスクを付けている映像が出ているが、これも情報統制の一環だとイタリア人の友人が言っていました。海外ではマスクやワクチン(パス)に反対する(真っ当な)デモも多い。従順な日本人は少々心配です。12時になったら昼ご飯を食べ、マスクをつけろと言われれば素直に付け、ワクチンを打てと言われれば中身も良く分からず打ってしまう、今後は「死ね」と言われたら死ぬのでしょうか(笑)