1972.6
直人は久しぶりに早起きをして、大学の校門前で私と佐々木で立ち上げた同人誌の創刊号を売っていた。昨日は雨の降りしきる中、優一の下宿で、明け方まで神塚とガリ版で創った同人誌を刷っていた。
明け方少しばかり睡眠をとって目覚めると、昨日一日中降り続いていた梅雨の雨が嘘のように晴れ渡って、雲一つない青空が広がっていた。ここ何日か雨が降り続いていて、下宿の窓から見える欅や合歓木や花梨の木や紫陽花や、今を盛り咲き誇る草花も薄暗くうな垂れていたが、今朝は初夏の日差しを浴びて色とりどりで鮮やかな色彩ゆで私に語りかけていた。
7時過ぎから校門の前に立って8時半まで、我々2人と数名で創った1冊100円の同人誌は全く売れなかった。
「俺はもうそろそろ授業が始まるし、教室に行くよ」と佐々木が言った。
直人は2時間目からの授業だし、もう少し頑張ることにした。
9時少し前、校門前の朝日堂書店前の横断歩道から一人の女子学生が横断歩道を渡り私に近づいて来た。
その女子学生はおかっぱ頭で、髪の毛が多くて、目の色が少し茶色で、目尻が大きく、そして少し垂れ目で、そう市松人形のような顔立ちをしていた。彼女は右足と左足を交差させるような辿々しい足取りで私に近づいてきた。
それが貴子と初めて出会った日だった。
「同人誌を創りました。読んでください。100円です。」
と言うと、君は微笑んで、100円をポケットから取り出した。
「ありがとうございます。読んだら、感想を聞かせてください。」
というと、(その時代はスマホもメールもないので)
「はい、わかりました。また機会があれば・・・」と微笑んで、君は音楽棟の方へ過ぎ去っていった。
君が遠ざかって行く姿を見つめながら、君のあどけなさと微笑みが、直人の心に幸せと喜びの感情を満たしていった。
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