どうも、今回は教育ニ関スル勅語について。
いわゆる教育勅語です。
昨今でも極右界隈で妙に人気があるんですよ。
以下は7年前の記事ですが。
「初代タイガーマスク・佐山サトル、暴走する愛国者に危機感「もっと“文化的右翼”たれ」」(https://nikkan-spa.jp/1326798?cx_clicks_art_mdl=1_title)
佐山は、「教育勅語とは明治天皇が父母への孝行や兄弟愛、遵法精神など12の道徳を示した規範書です」と語り、悪いものではないとしつつ、塚本幼稚園の園児に集団暗唱させることについては否定的な見解を示しました。
さて、プロレスラーとしての佐山聡・初代タイガーマスクは超がつくほどの一流でしたが、思想家としては三流以下です。
なぜなら、教育勅語は絶対的に悪いものだからです。
勅語の内容には問題点が少なからずあります。
例えば、「一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ以テ天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ」という部分。
要は、戦争になったら天皇のために戦場へ行け、ということなんですね。
これをさらに発展させたのが1941年の文部省「臣民の道」でして。
その序言には、「皇国臣民の道は、国体に淵源し、天壌無窮の皇運を扶翼し奉るにある。それは抽象的規範にあらずして、歴史的なる日常実践の道であり、国民のあらゆる生活・活動は、すべてこれ偏へに皇基を振起し奉ることに帰する」とあります。
この後、敗戦までの間、学徒出陣として20万人以上の若者が戦地へ送られ、その多くが亡くなったのです(大半は餓死か病死)。
「臣民の道」の基礎となったのが教育勅語であり、当時の一般大衆の日常にまで浸透していました。基本的人権などありませんでした。
教育勅語を肯定的に評価することは、近代的民主主義社会では不可能ですよ。
「義勇公ニ奉シ以テ天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ」の解釈をどう頑張って変えても無理です。
過去の歴史を学び、真摯に反省する。これも技術のうち。な。
佐山、もっと思いっきり学べ。それが思いっきりかオマエの。
アドレナリンを自分で上げていけ。自分で。