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創世記その2

2021-01-14 09:58:40 | 日記

12章から50章

前回のビデオでは聖書全体のストーリーの始まりである、創世記1章から11章を見ました。

神は世界のあらゆるものを造り、それらを正しく管理するようにと人間を神の形に創造しました。

しかし人間が罪と反抗の道を選んだため、世界は秩序を失い暴力と死で満ち溢れ、やがてバベルの塔の反逆に発展します。

さて神はどうやって世界を救い贖われるのでしょうか。

バベルの塔で散らされた人々の中から著者はアブラム、後にアブラハムと言う名で知られることになる男性へたどりつくまでの系図を紹介します。

このアブラハムに対する神の約束が示されている12章の冒頭部分が新しい物語の幕明けとなるのです。

神はアブラハムに故郷を去りカナンという地に行けと命じます。

その土地はいつか彼のものになると言うのです。

その地においてアブラハムを大いなる国民とし、その名を大いなるものとし祝福すると約束しました。

れはこの書の最初の部分とつながる約束です。

バビロンは傲慢にも自分たちで名を上げようとしましたが失敗に終わりました。

しかし神は誰も知らないこのアブラハムという男に偉大な名を与えて祝福しました。

それは神が世界の始まりで人類に与えた祝福と響き合うものです。

神がアブラハムとその子孫を祝福する理由は、神の約束の言葉の一番最後に書いてあります。

地のすべての部族はあなたによって祝福される。

この約束が聖書全体を理解するための鍵となります。

神の計画はご自分に逆らう人類をアブラハムの子孫を通して救い祝福することでした。

そのためこの後に続く旧約聖書全体がアブラハムの子孫であるイスラエルの民に焦点を当てているのです。

神はこの民をシナイ山において祭司の王国と呼び、イスラエルを通して他のすべての国々にご自分を現そうとされたのです。

そしてこれは後の時代に預言者や詩人たちがイスラエルのメシアなる王を通して成就すると語った約束でした。

この王がすべての国に義と平和をもたらすのです。

しかしこの時点ではまだ何もわかっていません。

この約束がどのように果たされていくのか続けて見て行きましょう。

創世記はこのあとアブラハムとその子孫に焦点を当てていきます。

初めはアブラハム自身に、次に息子イサクとその息子ヤコブ、そしてヤコブの12人の息子たちです。

各世代のストーリーを結び付ける二つのテーマがあります。

まずアブラハムの子孫のどの世代も繰り返し過ちを犯すということです。

彼らは何度も愚かな判断をしては、自分たちの人生と神の約束を台無しにするところでした。

しかし神の真実は変わりませんでした。

何度でも彼らを愚かさと罪から救い出し、その過ちにもかかわらず祝福を与え、彼らを通してすべての国民を祝福するという決意を示され続けたのです。

まずはアブラハムです。

神は子孫の繁栄を約束してくれましたが、彼は妻目当ての男たちに殺されるのではないかと恐れたことが二度ありました。

そこで彼は彼女と結婚しているこを隠すのです。

当然のことながらこれはトラブルの種となりました。

それだけではありません。

アブラハム夫妻には子供がいませんでした。

そこで妻のサラはアブラハムに女奴隷を与え子をもうけさせたのです。

これももちろん家庭内に大問題を引き起こしました。

しかし神はそのたびにアブラハムを救い出し、15章と17章においては彼に対する約束をさらに確かなものとして契約を結びました。

神はアブラハムに夜空を見上げて星を数えるように命じ、彼の子孫はこれほどまでに多くなると言います。

子どももなくまたこれから生まれるとも思えない厳しい現実にもかかわらず、アブラハムは空を見上げ神の約束をそのまま信じました。

神はそんなアブラハムと契約を結び彼を国々の父とし、それを通して世界中に神の祝福が行き渡ると約束したのです。

そしてアブラハムに契約のしるしとして、一族の男子全員に割礼を受けさせるように命じました。

これは彼らの繁栄が神からの恵みであると思い起こすための象徴です。

アブラハムは多くの子孫を得て長寿を全うして死にました。

次のヤコブのストーリーではこのテーマがさらにドラマチックに浮き彫りにされます。

ヤコブは生まれたときからその名の通り出し抜く人でした。

彼は兄のエサウから相続権と祝福をだまし取るため、年老いて目の見えなくなった父を欺き逃げたのです。

それから本当に愛していたのはラケル一人だったにも関わらず、四人の妻をめとる羽目になりこれが家族内にライバル関係を生みました。

ヤコブはおじのラバンから何年にもわたって騙され続け苦しめられましたが立場が逆転したのです。

そこでヤコブは故郷に帰ることにしました。

不思議な話ですがその旅の途中でヤコブは神と格闘し自分を祝福してくれとせがみます。

彼はいつも祝福を受けることに貪欲でした。

しかし神はこの揺るがぬ願いをよしとしアブラハムの祝福を彼に継承し、その名をイスラエルと改めます。

これは神と戦うという意味です。

そして最後はヤコブの息子たちのストーリーですべてのテーマがくっきりと浮かび上がって来ます。

ヤコブは下から二番目の息子のヨセフを他のどの息子よりも愛し、彼に特別な上着を与えていました。

ヨセフを憎む兄たちは彼を殺そうとしましたが、実際にはエジプトに奴隷として売り飛ばします。

ヨセフはそこで投獄されてしまいました。

これもまた家族のトラブルの話です。

しかし神はヨセフと共にいて彼を牢獄から解放し、エジプトの王ファラオはヨセフをエジプトのナンバー2の地位に抜擢しました。

その結果ヨセフはエジプトを飢饉から救い、最終的には自分の兄弟と家族を飢え死にの危機から救うことになったのです。

ここでもアブラハムの子孫の愚かさと罪を通し、神の真実を知ることになります。

神はヨセフの兄弟の罪を命を救うチャンスへと変えたのです。

ヨセフがこの書の終わりに兄弟に向かってこう言っているとおりです。

あなたがたは悪を謀りましたが、神はそれを良いことの計らいとし多くの命を救った。

この言葉は意図的に最後の部分に置かれているのです。

なぜならこれはヨセフたちのストーリーの結論であると同時にこの書全体の結論でもあるからです。

創世記3章から、今日まで人間は自己中心的な生き方をして罪を犯し続けていますが、神は世界をなるがままに放置したりはなさいません。

神はいつも真実な方で、数々の過ちを犯した人類を祝福すると決めています。

このことは女の子孫についての不思議な約束がどのように果たされていくかを通し明らかにされて行きます。

3章の出来事を覚えていますか?

神は傷を負った勝利者が蛇の頭を砕き、悪をその根から絶つと約束しました。

創世記の著者はこの約束を、アブラハムとその子孫に直接結びつけているのです。

これが神が国々を祝福する計画の一部なのです。

アブラハムから始まったこの約束は、ヤコブの4番目の息子ユダに受け継がれました。

年老いたヤコブが死を前にしてよんだ詩である49章はとても重要です。

12人の息子を祝福しようとしたヤコブはユダの番になると、ユダ族はイスラエルの王族となり、いつかこの部族からすべての国を治め、エデンの園の祝福を回復させる王が出ると預言しました。

祝福を与え終えるとヤコブは死に、やがてヨセフも世を去ります。

イスラエル部族はエジプトに留まり、未来の希望と約束の成り行きは秘められたまま創世記は終わります。

 

 



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