![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2a/d4/2709065ec449c6afba0c385a9126290b.jpg)
『エル・カンターレ信仰とは何か』を十一月二日〔火〕、
総合本部にて、お説きくださいました。
急遽、11月23日(火)より、新宿精舎でも
4時間のご法話研修として、開示を許されました。
なぜご法話『エル・カンターレ信仰とは何か』を
賜ったのか。
ご法話の一部を引用させていただきながら、
お話をさせていただきます
【言うべき時がきたから】
今、主はブラジルの地で、法をお説きくださっています。
ブラジルに行かれる直前のお話です。
ブラジル巡錫に出かけますので、ブラジルで三回
(実際は5回なされました)ほど講演する予定です。
これから、ブラジルを皮切りに危険地帯も、
だんだんに赴くことになります。
万一(まんいつ)、言い残したことがあるとあとで、
後悔する可能性があります。
まだ、はっきりと説明してないものとして、
エル・カンターレ信仰について語っていない。
海外出る前に、一回、
これをお話しておきたいと思っています。
不惜身命と申し上げておりますので、
いつプチッといってもいいように、
大事なことは言っておきたいと考えます。
言うべきときが来ていると思いますので言っております。
【遠心力がでてきてしまった】
最近ではまた、霊言集もずいぶん出ておりますし、
今年も、霊人は百人を超える霊人も出ています。
これは、霊言集を過去出していましたが、
時間がたちまして、今の若い人たちも、
そうした霊言現象等知らない方も増えて
まいりましたし、当会が霊言集を出して
いたことも知らない方も増えてまいりました。
新しい信者層を惹きつけ、彼らに霊界に関心を持って、
自分自身の心の探究をしていただくためにも、
霊言集というのを出しているのですが、
これは一種の遠心力が働いているのです。
【求心力をつける】
方便的には、再誕の仏陀という言い方すると
分かりやすいので、そういう言い方もしては
おりますけれども、実は、もうそろそろ、
もう一段踏み込まなければいけない時期に
来ているのではないかなあというふうに
思っています。
はっきり申し上げて、
エル・カンターレ信仰っていうのは、別な言葉で言えばもう、略
【今、感じているエル・カンターレが本当のエル・カンターレか】
今、現在進行形で地上に降りている大川隆法総裁先生を通じて、
私たちが感じているエル・カンターレが、本当のエル・カンターレ
であるかどうかは、まだ、疑問とする余地はあるのです。
私たちが見ているのは、まだ、人間としての属性を持った
エル・カンターレを、ちょうど3D(スリーディー)眼鏡を
かけて見ているかのような状況であります。
ただ、後世の人たちから見たエル・カンターレは、
おそらく違ったものになるであろうというふうに想像されます。
そして、どちらが本当であるかということであれば、
おそらく後世の方が見ているエル・カンターレ像が、
本当のエル・カンターレに、おそらくは近いであろう
というふうに感じるものです。
おそらく、歴史上、キリスト教であっても、
イエス存命中のイエスを見た弟子たちが
信じていたイエスと、二千年後のキリスト教徒が
信じているイエスとでは、違うであろうと思われるんですね。
おそらく、時代が下るにつれて、当会の信仰も、
そのような変貌は遂げてくるだろうというふうに思います。
どちらが本当かというと、実は見ていない人の
信じているものが本当であることが多いということですね。
だから、残念ながら同時代において生きている
人たちには、やっぱり百分の一ぐらいの姿に
しか見えないことが多いであろうと思われます。
中略
新しい地球創世記が、今、始まろうとしているんだ
ということを強く自覚していただきたいと思います。
私たちが見ているのは、歴史上の同時代人としての
エル・カンターレ像の一部であって、歴史上、
何百年、何千年たって現れてくるエル・カンターレ像
が、本当のエル・カンターレ像に近いものだと
いうことを知っていただきたいというふうに思います。
この研修にて心で掴み取っていただきたい。
総合本部にて、お説きくださいました。
急遽、11月23日(火)より、新宿精舎でも
4時間のご法話研修として、開示を許されました。
なぜご法話『エル・カンターレ信仰とは何か』を
賜ったのか。
ご法話の一部を引用させていただきながら、
お話をさせていただきます
【言うべき時がきたから】
今、主はブラジルの地で、法をお説きくださっています。
ブラジルに行かれる直前のお話です。
ブラジル巡錫に出かけますので、ブラジルで三回
(実際は5回なされました)ほど講演する予定です。
これから、ブラジルを皮切りに危険地帯も、
だんだんに赴くことになります。
万一(まんいつ)、言い残したことがあるとあとで、
後悔する可能性があります。
まだ、はっきりと説明してないものとして、
エル・カンターレ信仰について語っていない。
海外出る前に、一回、
これをお話しておきたいと思っています。
不惜身命と申し上げておりますので、
いつプチッといってもいいように、
大事なことは言っておきたいと考えます。
言うべきときが来ていると思いますので言っております。
【遠心力がでてきてしまった】
最近ではまた、霊言集もずいぶん出ておりますし、
今年も、霊人は百人を超える霊人も出ています。
これは、霊言集を過去出していましたが、
時間がたちまして、今の若い人たちも、
そうした霊言現象等知らない方も増えて
まいりましたし、当会が霊言集を出して
いたことも知らない方も増えてまいりました。
新しい信者層を惹きつけ、彼らに霊界に関心を持って、
自分自身の心の探究をしていただくためにも、
霊言集というのを出しているのですが、
これは一種の遠心力が働いているのです。
【求心力をつける】
方便的には、再誕の仏陀という言い方すると
分かりやすいので、そういう言い方もしては
おりますけれども、実は、もうそろそろ、
もう一段踏み込まなければいけない時期に
来ているのではないかなあというふうに
思っています。
はっきり申し上げて、
エル・カンターレ信仰っていうのは、別な言葉で言えばもう、略
【今、感じているエル・カンターレが本当のエル・カンターレか】
今、現在進行形で地上に降りている大川隆法総裁先生を通じて、
私たちが感じているエル・カンターレが、本当のエル・カンターレ
であるかどうかは、まだ、疑問とする余地はあるのです。
私たちが見ているのは、まだ、人間としての属性を持った
エル・カンターレを、ちょうど3D(スリーディー)眼鏡を
かけて見ているかのような状況であります。
ただ、後世の人たちから見たエル・カンターレは、
おそらく違ったものになるであろうというふうに想像されます。
そして、どちらが本当であるかということであれば、
おそらく後世の方が見ているエル・カンターレ像が、
本当のエル・カンターレに、おそらくは近いであろう
というふうに感じるものです。
おそらく、歴史上、キリスト教であっても、
イエス存命中のイエスを見た弟子たちが
信じていたイエスと、二千年後のキリスト教徒が
信じているイエスとでは、違うであろうと思われるんですね。
おそらく、時代が下るにつれて、当会の信仰も、
そのような変貌は遂げてくるだろうというふうに思います。
どちらが本当かというと、実は見ていない人の
信じているものが本当であることが多いということですね。
だから、残念ながら同時代において生きている
人たちには、やっぱり百分の一ぐらいの姿に
しか見えないことが多いであろうと思われます。
中略
新しい地球創世記が、今、始まろうとしているんだ
ということを強く自覚していただきたいと思います。
私たちが見ているのは、歴史上の同時代人としての
エル・カンターレ像の一部であって、歴史上、
何百年、何千年たって現れてくるエル・カンターレ像
が、本当のエル・カンターレ像に近いものだと
いうことを知っていただきたいというふうに思います。
この研修にて心で掴み取っていただきたい。