本には「ことば」が詰まっている。「情報」がてんこ盛りだ。グーテンベルクの印刷革命は15世紀半ばだから約550年くらい前だとしても、本という媒体がその頃から「ことば」を伝えてきたことを考えると、とても意味深い。それまでは多分、生活の知恵としてのいわば「口承伝承」が一般にはメインだったのだろうと思う。
「世代間で伝えていくべきもの」が媒体を通じて「広がり」を得たのは、その技術が社会に対して起こした革命であるといえる。近年のインターネットの普及にしても、このブログに関しても「ことば」の本来持っているメディア性は、媒体は変わろうが大した差はない。「ことば」の指すものが変わらない限り、本質的には変わらないと思う。
グーテンベルクが印刷を「発明」したのも、聖書をより多くの人に普及させるためであったとした時に、仏教における「写経」との対比が面白いのではないかと思った。
「世代間で伝えていくべきもの」が媒体を通じて「広がり」を得たのは、その技術が社会に対して起こした革命であるといえる。近年のインターネットの普及にしても、このブログに関しても「ことば」の本来持っているメディア性は、媒体は変わろうが大した差はない。「ことば」の指すものが変わらない限り、本質的には変わらないと思う。
グーテンベルクが印刷を「発明」したのも、聖書をより多くの人に普及させるためであったとした時に、仏教における「写経」との対比が面白いのではないかと思った。
写経は、極私的な面がありませんか。
それと、写し取る作業が実は重要で、そこで心の
安らぎを得ているんじゃないかなあ。
人間が「言葉」を得てから脳が誇大化し、その誇大化した脳を整理するために言葉を使ってきたのかな、等と妄想中…(笑)。