【筆洗】:卒業式で歌われた「オールド・ラング・サイン」が上出来だった…
『漂流する日本の羅針盤を目指して』:【筆洗】:卒業式で歌われた「オールド・ラング・サイン」が上出来だった…
卒業式で歌われた「オールド・ラング・サイン」が上出来だった-。大森貝塚を発掘した米国の動物学者、エドワード・モースが1882(明治15)年7月、東京女子師範学校の卒業式に臨席した際の話を『日本その日その日』に書いている。当時の卒業式は7月だった
▼モースがほめている「オールド・ラング・サイン」とは無論、今も卒業式とは切っても切れない「蛍の光」。そんな時代から卒業式で歌われていたようだ
▼日本語訳は国学者の稲垣千穎(ちかい)だが、歌詞の雰囲気が元になったスコットランド民謡の世界とは大きく異なる。不思議である
▼「蛍の光」が学問にいそしんだ日々を振り返りつつ「別れ」を強調しているのに対し、原詞の方は旧友とかつての日々を懐かしみながら、酒をくみ交わすという内容である。別れよりも再会の喜びを歌っている
▼卒業シーズンとなった。今年も卒業生たちは「蛍の光」を歌い、別れを惜しむのだろう。とりわけ、能登半島地震の被災地の卒業生のことを思う。おだやかならぬ暮らしの中での友や恩師との別れ。地元を離れる卒業生もいる。歌詞の「けさはわかれゆく」が切なかろう
▼寂しい別れの歌よりも再会の歌の方を聞きたくなる。震災から立ち上がり、落ち着きを取り戻した地元で、今年の卒業生たちが再会し、手を取り合う。そんな日が早く来ないかと願う。卒業おめでとう。
元稿:東京新聞社 朝刊 主要ニュース 社説・解説・コラム 【筆洗】 2024年03月03日 07:04:00 これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。