見出し画像

石ころ

詫びる



 単車で雨上がりの国道を走った。雨上がり・・6月の真っ青な風が突き抜ける。大川には豊かな水が流れていた。
その時ハッと、この大好きな道を走って教会に行けることの幸いに気づいた。「ああ、そうだったのか!」って・・とっても素直な喜びが内に広がっていった。
「主よ。感謝します。すべての事の中で働く、あなたのお導きに感謝します。」


 この教会に戻っていつの間にか3ヶ月以上経っていた。突然帰って来て何の挨拶もない、その無礼に気づかないわけではない。何かひとこと詫びるべきではないか・・けれど正直、言葉が見つからなかった。
世にあっては適当に挨拶をすることができるだろうけれど・・、そんな躊躇の中に居た。

 しかし、礼拝が進むにつれて、今日がそのときであると感じていた。礼拝後、勇気をふるって前に立ち
「私は今、主が『わたしの教会』と言われた此処に居ることがとっても嬉しいのです。私をそのままで受け入れ、今日まで忍耐して下さって感謝します。」言葉は少し違ったとしても、今日伝えたかった思いはこのこと。

牧師さんが「役員会で、何かひとこと挨拶をしてもらおうかと話がでましたが、そっとしておくことに決まったのです。」と言われたとき、そうだろうと・・私もその事を察していた。そのように迎え入れられたことはどのようにか感謝なことだった。

 「ムベさんらしい挨拶だ。」と帰り際に牧師さんに言われた。ちょっととまどったけれど確かに私らしい・・のだろうと納得した。
でも時間と共に、私らしく居られる場所の幸いとはどれほどのことかと・・主のお取りなし、主の備えが身に染みていった。

私のたまものは弱さ、5タラント分の弱さを賜っていると思った。自分の中に何も良いものを持っていない。だから自分で守らなければならないものもない。
そんな空っぽな私に、その弱さの中に、主の憐れみがぎっしりと詰まっている。
「主よ。私はあなたに感謝をして恐ろしいほどです。」

ランキングに参加中。クリックして応援お願いします!

名前:
コメント:

※文字化け等の原因になりますので顔文字の投稿はお控えください。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

 

※ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

最新の画像もっと見る

最近の「Weblog」カテゴリーもっと見る

最近の記事
バックナンバー
人気記事