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石ころ

「花嫁」

 職場の先輩のお誘いを受けて駅に着くと、彼女は自転車で待っていてくださった。自転車を押しながら並んでたわいもないことを話しつつ歩いた。両側に広がる景色は私が住んでいる所とは違って、広々とした田や畑が広がっていた。

明るい2階の部屋に通され窓からは心地よい風が入っていた。でも、机の横の本立てにずらっと並んだ本に、私は一瞬にして虜になってしまった。そこには「ひまわり」「ジュニアそれいゆ」あこがれの本が並んでいた。

 出されたお菓子も果物も上の空で夢中になって本を読んでしまった。どれくらいの時間が経ったのか覚えていない。彼女に送られて駅までの道を歩きながら「また遊びに来ても良い?」と聞いたとき「もう会えない。私はもうすぐお嫁に行くことになっているから。」そう言った彼女の決意をこめた様子を今もはっきりと覚えている。

私はドキッとして次の言葉がなく、取り返しのつかないことをしてしまったことにやっと気がついた。駅で別れるとき渡された美しい組木の小箱を手のひら抱いて、電車に揺られている間も「もう会えない。」と言う言葉が繰り返し、繰り返し呆然とした頭を巡っていた。

 その日限り彼女の姿を会社で見ることはなくなった。小さな小箱を開けて中に入っていたコンペイトウを一粒ずつ食べ、「中原淳一の画のような花嫁さんだろうな・・・」と彼女の白無垢の花嫁姿を思い、でも、本当は何を私に話したかったのかしらと思いを巡らせた。
もう、50年近くも昔のこと。彼女も今はいいおばあちゃんだろうなあ・・・。

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