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石ころ

イエスさまと舟の中


「すると、激しい突風が起こり、舟は波をかぶって水でいっぱいになった。」(マルコ4:37)

舟が水でいっぱいならすでに沈んでいる。弟子がイエスさまを起こすまでにすでに奇跡は起きていた。なぜなら、舟が沈んではいなかったのだから・・。

イエスさまが大声で風や波を叱る前から、主の存在によってすでに守られている。
そのことに気が付かないから、
「どうしてそんなにこわがるのです。信仰がないのは、どうしたことです。」と、イエスさまは叱られたのだ。

信仰に入って間もなくのころ、上品な老婦人が「聖書にはあのように書かれているけれど、私たちも商売をしている関係上、なかなかそう簡単にはいかないことがあってね。」

そのように打ち明けてくださったことがあった。
何十年も前のことなのに、なぜかその言葉を私はずっと引きずっている。昨日のことのように心にずしりと悲しみを湛えている。

イエスさまが生活の中に現れて、大声で世の風や波を叱りつけて下さったら信じるというのか・・
共に居て下さる主の眠り、主の寝顔を楽しむようなクリスチャン生活を送りたい。
吹きすさぶ世の嵐のど真ん中で!
大揺れしている舟の中で!

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コメント一覧

石ころ
ハレルヤ
いつも・・どのような時も、主にある豊かないのちを楽しみたいですね!

寒くなりますから、お体も大切になさってください。
candy
「私にとって生きることはキリスト、死ぬこともまた益です。」聖書

アーメン

静かに、そしてとても力強くこの御言葉が流れてきました。

感謝いたします

石ころ
みっこさん、お帰りなさい!

私は、カトリックのことは知らないのですが、
修道女は自分自身を差し出します。

でも、私たちは家族ぐるみで祝福も嵐も頂きます。家族ぐるみの方が勇気が要ります。

最後の二行は、
キリストの花嫁として、生きるも死ぬも主イエスさまと一緒だと、思い定めた者の平安です。

「私にとって生きることはキリスト、死ぬこともまた益です。」聖書
みっこ
最後の二行、とてもいい!
スペインで修道女たちに出会いましたが、彼女たちも常に葛藤し、苦しみを認めながら祈っていました。本物の信仰とはそういうものなのだと思いました。
石ころ
御名をあがめます
イエスさまに感謝します。
祝福が豊かにありますように。
エシュコル
なんか
http://yaplog.jp/sweetwordcanon
すごい慰めをいただきました。
ありがとうございます。
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