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石ころ

日曜日はイエス様のお話を聞く 11.12

帰りの電車の中でメッセージを読み返し、暗い車窓に時々流れる明るい光を見つつ、思いをめぐらせた。


「あなたがたの見ているこれらの物について言えば、石がくずされずに積まれたまま残ることのない日がやって来ます。」ルカ21:5.6

幕屋も神殿も形ある物はすべて崩れ去る時が来る。とは、神を礼拝する型が壊されること。そして私たちは、十字架を通って、罪をあがなってくださった、イエス様の霊と共に住む。今、私たちはキリストの花嫁であり、神と家族として共に住んでいる。

人が、神殿を建てて神を礼拝に行くのではなく、神が人となって私たちのところに来て下さった。真の大祭司なるお方、イエス様がご自身の血によって、信じる私たちを「聖」としてくださり、私たちのところに来て共に住んで下さっている。何時も何時も共に居られる。今、私はいつも主を礼拝している。

それはとても不思議なこと。私たちは、まだ古い肉を持って、体はそれによって生きており、霊のいのちは神と共にある。そのなかで時にせめぎ合い、行き来をしながら?生活をして居る。

そんなクリスチャン生活の中で、私は無駄な事や、自分という臭いに満ちた活動をするが、主は、正しい裁きによってそれらを焼いて下さる。人の手によるものは焼かれ、それらを御国に持っていくことはない。その事は大きな平安だと、此処に安息しようと思った.

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