かすがい犬

さよならを告げたpecoの
後をpukuが継ぎます。
老境に入った夫婦のかすがいは
ずっと々犬。

肌寒さあり夏日あり

2011-05-21 | dog
  なんでしょネ、何を着ましょの日々です。
 植木市が昨日から始まりました。
 年々お店の数が減っているような、私の大好きな植木市のトマトに
 今年は異変ありでした。
 植木市を心待ちにしている私は植木を買う前にトマトの販売がまずは
 一番の楽しみなんです。
 今年も同じように並んで買うことを思いながら出かけました。
 並ばず買えたことにビックリ、そして毎日食べていたトマトがここのところ
 とても美味しくて、植木市のトマトの味に感激が無くなっていました。
 トマトの種類が随分と増えて、これはフルーツ?と思えるような味の品種が
 出て来ました。
 こんな具合に普段から美味しいトマトが食べられる、これは嬉しいような
 悲しいような、一年を楽しみに待っている事、これって本当に本当に複雑な思いです。

 待ち焦がれるって事の少ない時代になってしまいました。
 待ち焦がれる待ちわびる、これってそのうちに死語となってしまうのではないでしょうか。
 
 この写真にあるのはエゴの木です。
 白い花をこれでもかと言うほど沢山つけています、でもこんなに沢山の花を付けているのに
 何故か気付いてくれる人が少ない木のようです。

 

 こんなに可愛い花でも目に入らないとは、「見てよ見て見て」と花の声が聞こえて来ました。

 こうして花に目を向けられる生活の中でも、忘れる事などできない震災の被災者の方々のこと、
 日が経ち自分の生活の中でどれだけ支援ということを意識し手助けしていかれるか、
 自分自身が被災者の方と知り合え、支援を続けようと思えたことに感謝しています。

 時が経つと共に、自分の生活しているこの狭い国土で起きた惨事を他国のように思ってしまう人達が
 増えてしまう事、これは怖いことです。

 自分自身の気持ちを綴ることができるこのBGを続けていてよかったと思っています。
 
 被災者の方々の話を私は少しでも協力を得られたらと身近な人達に話ています、でも話への返答は
 「偉いワねぇ、私なんて何をしてあげたらいいかもわからないから・・・・・・」、
 こんな事を言われた時に私は心の中で「何をしたらなんて分からない、それは無いでしょ、私の話に賛同してよ」と、
 言っています。
 自己満足と言われようとも手助けしようと決めました。

 現在の生活を続けていくには
 なにか一つを犠牲にしても助ける努力をしないといけない、まだ僅かしか経っていません、
 なのに他人事のように考える人達が増えて来ているのが気になります。

  呑気は大敵で~す!!!

 こんな僅かなことをしたってと思っていた私です、個人の多くが私の思いと同じなのでは。
 
 私は知り合った被災者の方を通して僅かな事でも喜んでもらえる事の
 きっかけ作りをしようと思っています。
 多くの人に語りかけて何をしたらいいかを話します、
 私がすぐにできる事はこんな小さな事です。

 ニーズは日々変わります、ずっと同じ支援じゃ重荷となるだけです。
 まずは自分が不自由な生活を今この時期に強いられたらと考えることで
 避難所生活への不足している援助が見えて来ます。
 日々不自由な生活をしている被災者の方々は、決してそれを自分自身が選択したのでは
 ないこと、全ての国民にいつ同じことが起こるかも知れず、どんな世でも
 「助け合い」それに尽きます、そんなことを一時とも忘れずにいきたいものです。