これは したり ~笹木 砂希~

ユニークであることが、ワタシのステイタス

ヒヤヒヤお通夜

2012年02月16日 20時31分10秒 | エッセイ
 同僚の教員の父親が亡くなり、お通夜に行くことになった。
 冬の葬儀はつらい。喪服はスカートだから、寒さで冷えることが心配だ。やはり、パンツがいい。黒けりゃ、何だっていいだろう。「お通夜だから許してね」と心で詫び、黒のパンツを引っ張り出すと、似たような色のジャケットを合わせた。即席ブラックフォーマルのできあがりだ。あとは、ブラウスの下にも長袖のTシャツを重ねて、寒さ対策をすればよい。
 着替えるまでの間、ジャケットがシワにならぬよう、ハンガーに吊るしておく。葬儀は、職場から近い場所なので、仕事帰りに立ち寄れば、普段と同じ時間に帰宅できる。遠くまで行かなくてすむのはありがたい。
 いつも私は、パジャマのままお弁当作りや朝食をすませ、出かける直前に着替えることにしている。化粧を終え、「さて着替えるか」と時計を見た。何と、すでに切羽詰った時間になっている。超特急でパジャマを脱ぎ、即席喪服に着替えて家を飛び出した。
 上り電車は非常に混んでいるので、車内が暑い。すぐに汗が噴き出してきた。お通夜に備えて、いつもより厚着しているせいもある。そんなことを考えていたら、とんでもない失敗に気づいた。

 あれっ、私、ジャケット着てきたかしら!?

 コートの下に手を入れると、滑らかなブラウスの手触りである。やはり、忘れてしまったらしい。あわてていたせいで、私はジャケットを吊るしたまま、家を出たのだ。

 なんてこったい……。

 白いブラウスに黒いパンツで、お通夜に参列するわけにはいかない。いまさら、家に戻る時間はないから、どうにか黒い上衣をゲットせねば。
 職場のロッカーを開けると、黒のジャージが見えた。だが、ジャージの上を着て葬儀に来る人なんぞ、いまだかつてお目にかかったことがない。当然ながら、これはボツ。
 昇降口では、中学生向けに、制服を着たマネキンがいる。ブレザーは紺だ。生活指導部に泣きついて、今日だけこれを借りる手もある。しかし、学校のマークの入った、金色のボタンが悪目立ちしている。加えて、同僚が私に気づいたときの反応が怖い。「制服なんか着てきて、なめとんのか!」と激怒されそうだ。
 しょうがない。私は携帯を取り出し、専業主夫の夫にメールを打ち始めた。
「ジャケットを忘れたので、申し訳ないけれど、持ってきてもらえますか」
 65歳の夫をこき使うのは申し訳ないが、これ以外に方法がない。その日は、4時から家庭教師が来るくらいで、他には予定がないはずだ。
 しかし、なかなか返事が来ない。「また面倒くさいことを頼んで!」と腹を立てているのかもしれない。なにしろ、うちの夫は、体を動かすことが嫌いだ。ものを頼めば、必死で断る口実を探そうとする。寝そべってテレビを見ることが一番の楽しみだから、牛のような体型になっているのも道理である。私は、まったく仕事に集中できなかった。
 30分後、ようやく返信があった。意外なことに、「何時にどこに持っていけばいいですか」と書いてある。「ブーブー」「モーモー」といった文句がないことに、ひとまず安堵した。あとは、時間と場所のやりとりだ。
 体育の授業がある時間帯は、駐車場に生徒がいるかもしれないから避けたい。通行の邪魔だし、夫を見られるのも気まずい。授業のない11時頃に来てほしいと頼んだ。
 ちょうど時間が迫ったころ、校門まで様子を見に行ったら、夫の車が見えた。右折のウインカーを出して、こちらを目指している。なんと、グッドタイミング! 急いで門を開けると、対向車が途切れ、夫が敷地内に入ってきた。昇降口前に車を止め、ジャケットを差し出す。ハゲでデブだけど、このときばかりは夫が天使に見えた。
「ありがとう」と礼を言って夫に手を振ると、彼も振り返してきた。そのまま夫を見送り、校門を閉める。わずか1分足らずの出来事だったが、こちらの状況は180度変わっていた。これでお通夜に出られると安心し、ようやく仕事が手につく。長い長い待ち時間だった。

 無事、お焼香をして帰ると、夫が夕飯を作って待っていた。
「洗濯物を干そうとしたら、ジャケットがかかったままだったから、何を着ていったのかと思った」
 夫も変だと思ったようだが、自分から連絡しないあたりが彼らしい。でも、持ってきてと頼まれる予感がしたからこそ、話もスムーズに進んだようだ。
 もうすぐ、19回目の結婚記念日を迎えるが、こんなに息が合ったのは初めてかもしれない。
「どんだけ合わないんだよ」と苦笑した。



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 「いとをかし~笹木砂希~」(エッセイ)
 「うつろひ~笹木砂希~」(日記)
コメント (14)
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