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科学オタクです。
今は、原付で旅したパワースポットをめぐりを書いてます

原付旅 オタマジャクシと多賀大社の巻

2022-11-29 09:03:00 | 旅行

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オタマジャクシと多賀大社の巻


さて、前回は安土城跡で織田信長に思いを馳せ、やっぱり凄い人だったんだな〜って!本能寺の変の後謎の火災!その後、再建される事なく現在まで。そして、安土城の事「安土桃山城」って思ってた人!これを機会に覚えてくださいね♪ 安土城と桃山城は別々ですよ!

オタマジャクシと多賀大社の巻


さてさて、安土城を後にして東に進路変更!多賀大社に向かいます!

多賀大社は、古事記、日本書紀に登場する神々の父!伊邪那岐命(イザナギのミコト)がお隠れになったと言われる幽宮(カクリノミヤ)です。神様がお隠れになるって言うのは、お亡くなりになる、つまり死ぬということです。淡路島の伊弉諾神宮の記事でも書きました。よかったらこっちもどうぞ

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原付旅 神々の父、伊弉諾と淡路島、オノコロジマの巻 - 見るだけで運気アップパワースポット巡り



琵琶湖は淡水の海、淡海(あわうみ)と呼ばれていて、イザナギがお隠れになったのは淡路島とも阿波国とも。諸説あり!古事記日本書紀初心者には判断つきません!でも、人間ごときが神様の事を計り知る事自体おこがましい。けど、面白いからしょうがない!

多賀大社の御祭神は「ご夫婦揃ってイザナギ、イザナミです。

夫婦円満、子授かり、安産祈願などとのご利益があるそうです。

戦国時代にはすでに「お伊勢参らばお多賀へ参れ お伊勢お多賀の子でござる」「お伊勢七度熊野へ三度 お多賀さまへは月参り」などと言われ、京都から多くの参拝者が訪れていたそうです。伊勢神宮の御祭神アマテラスも熊野大社の御祭神スサノウもイザナギとイザナミから生まれた神様ですからね!

その、お多賀さんのお守り?として知られているのが「お多賀杓子(おたがしゃくし)」です。杓子とは現在の御飯を茶碗に盛る道具「しゃもじ」の事で、何でもかんでも、誰も彼もの意味で使われる「猫も杓子も」の杓子です。時を遡る事、飛鳥時代から奈良時代へと移り変わる頃、第44代天皇、元正天皇(げんしょうてんのう)に多賀社の神官が帝の病の平癒を祈念して強飯(こわめし)を炊き、杓子を添えて献上したところ、帝の病が全快したそうです。この頃のご飯はパラパラで今のようなしゃもじでは、すくいにくかったそうです。なのでこの頃のしゃもじは、おたまのような形をしていたそうです。いわゆる大きめのスプーンですね。ご飯もすくったけど、帝の命も救ったって感じ?

ちなみに、この時お多賀杓子に使用した木材は「シデの木」だそうです。シデの木?聞き慣れないですよね。でも公園とかでもしかしたら見てるかも?秋になるとオシベが黄緑色の藤の花のように垂れ下がって、まるでビールに使われるホップのような感じで誰かがあります。しめ縄や玉串にギザギザの白い紙がついているの、分かります?あれ、「紙垂(シデ)」って言います。ここから名前がついたんだと思います。元々「しだれる」って意味みたいですね。



ちなみに、この紙垂は稲妻の意味もあるみたいですね。邪気を払ったり、田んぼに落ちると窒素酸化物が地中にできて稲が豊作になるそうです。なので稲の妻「稲妻」なんですって!

そして、時は流れ、スープをすくう道具が「おたま」となり、ご飯も盛る道具が「しゃくし(しゃもじ)」となったそうです。そして、よく似た形の蛙の子供の事を「おたまじゃくし」と言うふうになったそうです。

そして、元正天皇の頃に藤原不比等(ふじわらのふひと)により日本書紀が完成!クーっ!色々繋がってきますね!

次回 井伊家と彦根城と近江商人の巻


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原付旅 安土の城跡と信長の野望の巻

2022-11-25 09:57:00 | 旅行

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安土の城跡と信長の野望の巻

さて、前回までタイム原付旅琵琶湖家族旅行編でした。偉大な母と愉快な父の色々な思い出を噛み締めながら、雨の琵琶湖畔東側を北上していきます。


安土の城跡と信長の野望の巻


さてさて、雨が小降りになってきました。見えてきました!安土城跡!今は城郭は残っておらず、城跡となっています。

はい!安土城といえば、織田信長ですよね!ご存知の方も多いと思いますが、安土城うんちくを少々!始まり、始まり〜!

織田信長が46歳の時に築いた城です。以前の記事にも書きましたが、「城」と言う漢字は「土」が「成る」と書いて「城」!お城といえば、石垣の上に天守閣のあるスタイルを想像しがちですが、実はそれまでの城は土塁(土で作った壁)と堀(土を掘った溝)と一階建ての廓で構成された物が主流だったそうです。この安土城が、天守閣&石垣の近代城郭の最初のお城だそうです。流石!信長!凄い革命家!アイデアマン!





地上6階地下1階!高さ32メートル!金色の最上階!深紅で八角形5階部分!本丸には寺院が建てられていて、天守閣の礎石の中央だけ欠落していて、吹き抜けの空間があり仏舎利(お釈迦様の骨)を収めた仏塔が立っていたと考えられる!信長はその仏塔の上で生活すると言う正に天下布武!大うつけか、大人物か、仏様以上の存在と言うことをアピール!

そうです!安土城は他の城郭にはない、寺院や執務などを行う生活空間、豪華な装飾や絵画があったそうです。

そして、他の城は「天守」に対し安土城のみ「天主」となっています。超特別な存在と言うアピールか?漢字間違えたか!間違えだとしても、誰も指摘できませんけどね!怖いし!それに初めての天守閣だから、それまで呼び名がなかったわけですから!その後の人たちが間違えたのか、親方様に配慮したのか!

後に作られる安土城タイプの近代城郭に比べると防御力や攻撃力は劣りますが、その当時類似する城は無く、最強にして最も豪華な建造物だったに違いありません!当時の最新技術!石垣を組む穴太衆(あのうしゅう)もこの頃から一気にメジャーになり、現代もなお世界で活躍中とか!テレビで石垣の建設を見ましたが、巨大な石をワイヤー一本で釣り上げるのを目の当たりにしました!重機こそ使いますが、巨石の重心を感覚で見極める技術!熟練の技ですね!また穴太衆についての記事は別の機会に

信長は特別な存在感が強くなりすぎたのか、岐阜城にいた頃は家臣と宴会を開いた記述が残っており、仲間意識や共に行動する横並びのリーダー的存在だったのに対し、領土の多角化などで自らが戦場に行くこともなくなり、安土城での全体の指揮、家臣との距離が広がっていったんでしょうね。

信長は天正15年の正月、家臣たちに有料で城内の見学をさせたとか!会いに行ける戦国武将!自分自身の凄さを見せつけたい、誉められたい屋さんなのですね♪でも有料にしたのが運の尽き!この年にあの本能寺の変が起きるのです!

いや〜!戦国ロマンですよね〜!あれ?安土桃山ロマンか?

解説しよう!



鎌倉時代が終わり、戦乱の戦国時代に突入!そして、信長の登場、から豊臣秀吉、秀頼の大坂の陣までが安土桃山時代!信長の代表的な城!安土城!豊臣秀吉の代表的な城!伏見城(桃山城)で、安土桃山時代となったのである!

だけど!それだったら、信長は岐阜城か清洲城、秀吉は大坂城で清洲大坂時代では?って思ってしまいました。()


次回 オタマジャクシと多賀大社の巻


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原付旅 琵琶湖フェリーで航海して後悔しないの巻

2022-11-23 10:07:00 | 笑える話

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タイム原付旅 琵琶湖編

琵琶湖フェリーで航海して後悔しないの巻

さて、前回は私の幼少の時の母との思い出「いちごジャムご飯事件」と琵琶湖家族旅行の思い出「マンゴーご飯と刺身コーヒー事件」の話でした。やはり血は争ませんね。


琵琶湖フェリーで航海して後悔しないの巻

さてさて、今回は琵琶湖のフェリーに乗る話ではありますが、その前に父のマンゴー好きのお話をしておきたいと思います。

前回、白いご飯にマンゴーをかけて食べる位マンゴーが好きな変態ですが、伊勢のど田舎でマンゴーが手に入るようになったのはつい最近の話。どうして、ど田舎のおじいちゃんがマンゴー好きになったかと言うと。私のせいなのです。事あるごとにイラッとする親父ではありますが、私を育ててくれた恩義を感じているわけで感謝しているわけでイラッとはしますが嫌いではありません。いや嫌いではありますが、憎んではいません。名古屋でバーテンダーだった頃、正月に実家に帰った時に、今では珍しくもないフィリピンマンゴー3つデパートで買って帰ったんです。そして剥き方を伝授して父と母にお土産として食べてもらったんです。その時においしかったんでしょうね。マンゴーにはまってしまったらしいんです。


それから、しばらくして親父もまたマンゴーが食べたいと言うことでスーパーとかに探しに行ったらしいんです。そして買ってきた果物!黒い皮!鶯色の果肉!大きな丸い種!油っぽいバターのような味!そうです間違ってアボカドを買ってきたんです。親父は間違ったことを気づかず。私があげたのはマンゴーだと言うことも知らず!適当にアボガド買ってきたので、「おい!これ腐っとるぞ!」いいえそれは普通のアボカドですよ。

そんなこんなでマンゴー丼につながったわけです!よかったねたらふくマンゴー食べられて

さてさてさて、いよいよフェリー乗り場です。前日の雪!平日!と言うこともあり!ほぼ貸し切りです!私たち含めて全部で15人くらい。どこもかしこもガラガラです。琵琶湖周遊といっても琵琶湖大橋の手前で折り返してくる感じで琵琶湖3分の1位しか回ってきません。それでも中でいろんなイベントをしてくれて楽しい公開でした。出航の時にドラを鳴らすのですが、その大役を孫が娘がやらせてもらいました。思いっきり叩いてあまりにも大きい音に自分でびびってました。()

とても良い航海でした。飛んでくるカモメに手渡しでお菓子をあげたり、船内で足湯(貸切)、船内でのショーに娘たちが参加!琵琶湖の真ん中から360度!雪の積もった山を見る!なかなかの絶景!あー!しまった船首でタイタニックやれよかった!


この旅が終わって、しばらくして母は入院。いろいろあって、永眠。この家族旅行で、無理をさせたのかもって思いましたが、すごくいい思い出が出来て良かったです♪

航海に後悔なし!


次回 安土の城跡と信長の野望の巻

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原付旅 朝食バイキングでの好きなもの載せる父

2022-11-19 18:01:00 | 旅行

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タイム原付旅 琵琶湖編


朝食バイキングでの好きなもの載せる父

さて前回は私が調理師学校時代の同級生が飲料支配人をしているホテルで宿泊、近江の国の肉の国、胸焼けするほど肉を食べました。すごい量です。私がツラい位だったので父や母はもっとツラかったに違いない。お持ち帰りすればよかった。でも美味かった!


朝食バイキングでの好きなもの載せる父


さてさて、今回は一夜開けて朝食バイキングです。昨日の夜あんなに食べといて、なんですが、ホテルの朝食バイキングは、また鬼のように食べられてしまいます。不思議ですね!()

とその話をする前に母への食べ物の恨みの話この記事も読んでください。

↓↓↓

原付旅 食べ物の恨み、ウルトラの星の変の巻 


上の記事を踏まえて、私の小さい頃の思い出を、私はその頃から常にお腹を空かしている子供でした。私の記憶ではお腹が空いていると言うところからスタートしているので、その前に何があったかは全く覚えていません。

「お腹すいた!お腹すいた!お腹すいた!お腹すいた!」

「あんたのさっき〇〇食べたばっかじゃない!」

「でもお腹すいた!」

「もう何が食べたいの!?」母はすでに切れています!

私がその時!頭真っ白です!ただ空腹だと言うことを!それを満たしたい何かおくれと言う事しか!考えていませんでした。

私が1番好きな物!ドラムロール!ドゥルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルル! ジャン!!

「白いご飯!」

2位ドゥルルルルルルルルルルルルルルルルル!ジャン!

「イチゴジャム!」

「えーっと白いご飯にイチゴジャムのせて食べる

結果、母の血管が切れる音がしました。「もう好きにしなさい!」

もりもりの白いご飯に!これでもかって!言う位イチゴジャムを乗せられて突きつけられました!

その後どうなったかよく分かりませんが泣きながら謝ってる事をしっかり覚えています。


さてさてさて、時は琵琶湖家族旅行に戻ります。ホテルでの朝食バイキング!まぁ好きなものを好きなだけ食べられると言うことで、マグロの刺身!スクランブルエッグ!カリカリベーコン!カレーに味噌汁、和洋中!色々取り混ぜて食べるのは、まぁいいでしょ!

納豆ご飯の後にホットコーヒー!まぁしょうがないですよね!これもありですよね!ほかほかご飯にイチゴジャムよりよっぽどいいです。それに別々に飲み食いしますからね。

父のトレイを見てびっくりです。父は私と同じで白いご飯が大好物!そして、そのご飯の上に!マンゴーが山のように載っていました。!!!さらにコーヒーカップにコーヒーと刺身が入っています!!!

私は幼少の頃の過ちであんなことになっていますが!私の親父は自ら進んで恐ろしい組み合わせを!「ありゃ?これ醤油と違うんか?!」醤油だとしても、入れ物とその量はちょっと。また父がそのテーブルの爆笑かっさらって行きます!


次回 琵琶湖フェリーで航海して後悔しないの巻


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原付旅 近江の国の肉の国

2022-11-17 23:31:00 | 旅行

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タイム原付旅 琵琶湖編

近江の国の肉の国

さて、前回は最後の親孝行琵琶湖の家族旅行のお話車の中でガム豆するめ事件のお話でした。まぁうちの親父は結構天然で、わざとやってるんじゃないかって思う位、どじっ子属性を持っています。そんなこんなで家族旅行が続きます。


近江の国の肉の国


さてさて、無事ホテルに着きました。しっかりと積もった雪をかき分けながら琵琶湖の湖畔を散策したり、ホテルのラウンジで琵琶湖に沈む夕日を眺めながらコーヒーを飲んだり、母の夢だった孫に手を引いてもらって旅行する。とても喜んでくれました。(多分)、もしかするとちょっと辛かったかも雪だし!結構歩いたし!でも優しい母はそんなこと漏らさず終始楽しい笑顔でした。


さてこのホテルの飲料支配人は私が調理師学校時代に一緒のクラスだったK君です!とびきりの近江牛をって頼んでおいたら、ものすごい量の焼肉を用意してくれました。いつも安い肉しか食べてない私たちにとって霜降りのお肉はひときれ2切れで充分なんですけど胸焼けするほど肉をいえいえ脂を堪能いたしました。ありがとうK君。

さて琵琶湖近江の国、前のうんちくにも書きましたが、近江地方は古くから将軍への献上品として対抗収めていました。ゆえに牛の皮を必要とするので牛を食べる文化が江戸時代にもありました。日本で最も古い牛肉の文化がここにあります。


一説には、幕末の老中井伊直弼は、この近江牛の味噌漬けの献上をストップしたため怒った水戸藩の人たちに桜田門外で暗殺されたとかの記事もよかったらどうぞ

↓↓↓

原付旅 食べ物の恨み!桜田門外ノ変の巻 


他にも近江」都に近い淡水の海と言う意味の泡海、うなぎのうんちく、琵琶湖がひっくり返って淡路島になったとか、琵琶湖を掘って山にしたら富士山になったとか!この記事もよろしく

↓↓↓

原付旅 富士山vs淡路島の巻 伊吹山〜琵琶湖 


こんなうんちくも、この時、母さんに喜んでもらおうと思って一生懸命調べました。それがまた、ここで記事として残るっていうのは、何か意味深ですね。

まさに近江地方はタイトル通り肉の国なのです。胸焼けが。もっと若い時にここへくればよかった。

と言う事は母たちはもっと大変だったに違いない。うなぎにすればよかったね。

以前にもあった合同の家族旅行、うちは気兼ねなく、ご飯が食べられるように、予算もしっかり最初に計算して会費を募ります。向こうのご両親や弟夫婦、食事代とか宿泊費とか最初に全部、うちのカミさんに預けて会計は全部カミさんがやってくれます。オーバーした分はうちが持ちます。とはいってもなんだかんだお父さんが出してくれたりするんで、うちの会計がマイナスになった事はありません。なので気兼ねなく飲んだり食ったりできます。会計の時に「いやいや!うちが!うちが!」とかもめるのって結構、嫌なのでその辺はきっちりすることで思い切って食べられますからね()

と言うわけで近江の肉の国、胸やけ極楽地獄で大満足でした。

思い出の家族旅行!まだまだ続きます。


次回 朝食バイキングでの好きなもの載せる父

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