デ某の「ひょっこりポンポン山」

腎がんのメモリー、海外旅行記、吾輩も猫である、人生の棚卸しなど。

閑話休題 ( 亡き友を訪ねて )

2014-12-08 20:30:49 | 閑話休題

                          【千光寺より眺める尾道の朝の光景】

 漸くかなった亡き友の墓参の旅へ

 今月5~7日、学生時代の友人8人と亡き友の七回忌墓参を兼ねて彼の眠る郷里柳井(山口)を訪ね、岩国・尾道を旅しました。この7年、いつも心から離れることのなかった彼の早過ぎる旅立ち・・・様々な思いを胸に我々には漸く一つの区切りとなりました。

 新大阪から新幹線で広島を経て山陽本線を柳井駅へ。集合時刻の1時間前に着きました。寒風に襟を立て食事のできるところを探して駅前の大通りを歩いていると店の暖簾を分けて「よおっ~!」の声・・・。私より更に半時間ほど早く来ていた三人でした。

 腎がんの手術後ベジタリアンになった私も、こんな時はお肉解禁です。久しぶりのカツ定食は殊のほか美味でした。食事を終え駅に行くと、午後は概ね1時間に2本程度、各々の経路から結局は一つの電車に吸い寄せられ?残り5人が一緒に改札に現われました。


 亡き友が生まれ育ち働き逝った柳井のまち

 駅からお墓のある誓光寺まで徒歩数分、柳井は白壁が印象的な町でした(下左)。ここで生まれ育ち、卒業後も此処で家業を継ぎ、そして此処で亡くなったのか・・・。そんな感慨を胸に町を歩きました。誓光寺で奥さんとお嬢さんが迎えて下さいました。

 境内に隣接する墓所・・・彼の眠る墓(下中)に花を手向け、強風に身体を寄せ合い線香に火をつけました。七年・・・遅くなってすまんかった。かんにんしてくれ。そう呟き手を合わせると涙がどっとあふれました。最後にみんなで大学歌を合唱し墓前に捧げました。

 本堂(下右)でお経を唱えた後、彼の家へ。病(胆管がん)の経緯、余命半年と告げられてからの日々を奥さんから詳しく聞きました。お嬢さんの結婚式の写真集には学生時代そのままの彼の笑顔がありました。結婚式から僅か1か月後、彼は旅立ちました。


      

 岩国...それぞれの近況を語り合った夜

 彼の家を後に岩国へ。岩国は既に薄暮、タクシーに分乗し錦帯橋近くのホテルへ。お酒は9人で僅かビール3本・・・7年越しの重い荷が降りた所為でしょうか、しんみりした宴会となりました。それでも11時頃まで各々近況を語り合った夜ではありました。

 翌朝、ホテルから歩いて錦帯橋へ(下左)。四十数年ぶりの錦帯橋、通行料300円也に少vビックリ。その後、岩国美術館へ。萩焼の坂高麗左衛門(初代~13代)の名品ほか戦国時代の刀剣、甲冑等が展示され掘出物?に巡り遭えた幸せなひとときでした。

 お昼は、近くの菜食レストラン「わたぼうし」(下右)にて。評判!とあって長い順番待ちとなりました。メニューは菜食ランチ一品のみ・・・評判どおりの美味しさでした。スタッフも感じの良いお嬢さんばかり・・・近くであればしばしば訪ねたいレストランです。


    

 尾道・・・山上ホテルから素晴らしい眺望

 トシの所為では断固!ありませんが、皆さんお疲れの様子。墓参以外は特にスケジュールのない気儘な旅ゆえ、お昼の後は即!尾道に向かいました。三原までの新幹線こだま、初めて最前列の自由席に乗車し、子どもが最前列!に乗りたいワケ?がわかりました。
 
 尾道の山上のホテルへは車一台がやっと!の細い道をタクシーで・・・。既に夕刻、見下ろす港の夕景の美しいこと! 宴会では卒業旅行時の「テープ(録音)」を聴き、お互いの若い声に戸惑うも、昔を懐かしみました。そして宴会後は昔のように議論激論。


    

 千光寺 文学の小径 石仏 急な坂道

 翌朝、早起きしてホテルをたち急坂を下りながら千光寺、文学の小径を巡りました。日曜日の所為か観光客は若い人が目立ちます。逐一ご紹介しませんが、千光寺の三重塔(下左)、巨岩の隙間の小さな石仏(下中)、膝を苛める急坂(下右)が印象に残ります。

    

 尾道の猫たち 風邪などひきませんように!

 まるでトルコのように方々で猫を見かけました。近寄ってもピクリともしない猫、幸せな眠り猫、ライオンのようにあたりを睥睨(へいげい)する猫など十数匹の猫たちに出遭いました。寒い一日、これからもっと寒くなると思うとちょっと可哀想な猫たち。

    

 病む我に妻が屠蘇酒をもてくれば・・・

 『一里聞こえて二里響く』千光寺の鐘の音は残念ながら聞けませんでした。石碑に刻まれた『病む我に妻が屠蘇酒をもて来ればたまゆら嬉し新年にして(中村憲吉)』・・・病臥せる身に確かな歓び。平山郁夫画伯の生地にふさわしい道標も印象的でした。

    

 命は連綿とつづき それでもいずれ尽きるもの

 小さな小さなまことに小さな旅を終え充実感と虚脱感がないまぜになっています。四十数年前には想像もしなかった現在の我らが姿。僅か4年間の繋がりが切れることなく連綿とつづき、それでも命は一つずつ確実にいずれ尽きる・・・改めてそう思う旅でした。

    
                               岩国:錦帯橋       
                       
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29 コメント

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よ~おいでましたのんた (michi)
2014-12-09 12:51:18
山口県は田舎でな~~~んにも無い所ですが、
なにかあるところだと思っております。

お友達は胆管癌でしたか・・・・
父も同じ病で亡くなりました。
大変に難しい所なんですよね。

錦帯橋は釘は一本も使ってないんですよ~
すてきな橋でしょ?

尾道は林芙美子しか思い浮かばないですが・・・・

今から病院へ(*^_^*)
帰りましたら覗きます
返信する
良い旅でした (デ某)
2014-12-09 15:33:05
michiさん
早速にコメントくださりありがとうございました

> 山口県は田舎でな~~~んにも無い所ですが、
> なにかあるところだと思っております。

下関~萩~津和野を10年ほど前に旅しました。
高杉、桂、松陰はじめ維新を担う傑材を輩出した土地柄、
各々に見ごたえがありました。
でも瀬戸内海側は学生時代以来!でした。

> お友達は胆管癌でしたか・・・・
> 父も同じ病で亡くなりました。大変に難しい所なんですよね。

近隣にはC型肝炎が蔓延し彼もその一人でした。
その治療はとうに終わり「やれやれ」だったそうですが、
仰るとおり胆管癌は見にくい位置にあり発見が遅れたと・・・。

実は亡くなった当時、彼が「治療を拒みホスピスに入った」と聞きました。
実際はそうではなく、医師から「手術しても恢復は至難」と・・・。
医大で受けたセカンドオピニオンでも同様に診断されたことから
外科療法も化学療法も断念し、命と向き合う道を選んだ由。

お嬢さんは「もう少し見通しがたってから」ご結婚される予定だったそうですが、
『どこへ行っても娘へのお土産がなかったことはない』
と奥様が語られるほど愛されたお嬢さんは、
「お父さんが生きているうちに晴姿を」とお相手ともども決意されての結婚式でした。
アルバムには、ひと月後に亡くなるとは到底思えない彼の笑顔がたくさんありました。

> 錦帯橋は釘は一本も使ってないんですよ~
> すてきな橋でしょ?

まるで人生を見るような橋・・・ですね。
メンバーの女性が少し体調を崩していたため、復路では渡るのに難儀を・・・。
橋近くの土産物屋さんが親切に開店前の座敷を貸してくださいました。
美術館も素晴らしかったですし、人情厚い土地柄に心を打たれました。

> 尾道は林芙美子しか思い浮かばないですが・・・・

子規、直哉はじめ所縁の人々がたくさんいますが、
私も、尾道で連想したのはやはり林芙美子でした。
にもかかわらず・・・魅かれたのは歌人の中村憲吉でした。
そして文学碑よりも千光寺あたりからの眺望に心を奪われました。

> 今から病院へ(*^_^*) 帰りましたら覗きます

お蔭様で思い出深い良い旅になりました。
michiさんもわんこたちも「病院の友」でしょうか・・・たいへんですね。
わんこたちともお互いに励ましあい癒されていらっしゃることでしょう。
どうか良くなりますようにと・・・心よりお祈りいたします
返信する
お墓参り (なでしこ)
2014-12-09 19:26:14
お仲間とお友達のお墓参り、良いことをされましたね。
お友達も、ご家族の方もさぞ喜ばれたことでしょう。
私も貰い泣きいたしました。

山口と広島の旅も楽しまれたようですね。
広島駅で乗り換えされたのですね。
お会いするチャンスはそこだけでしたね。残念!
またどこかでお会いすることがあるやもしれません。
その日を楽しみにしておきます。。。

返信する
良い旅のご様子 (北親爺)
2014-12-09 20:28:04
 冒頭の写真ナイスです。光る瀬戸内の海、島のシルエットと重なって良い加減です。
尾道水道は夕陽でしょうか多分方角から言ってそうだと思います。

大学時代の級友の墓参とか、また学友との旧交を温める旅、素敵な時間だったのではないでしょうか。私は親が早死にで高校を出てすぐ働きましたので、学友との雰囲気が解りませんが多分青臭い理論を振り回していた仲間と拝察いたします。

 それにしても卒業から相当の経過と思いますが6人も固い絆ですね。いずれにしても生涯の友はいいものだと思います。なくなられた旧友も嬉しくも羨ましくも思っているに違いありません。

 他の方々も多分良い思い出を心に刻みまた人生に1ページが加わったのではないでしょうか、他の方々は存じ上げませんが宜しくお伝え下さい。

 良い話を聞いて私も長旅に出たくなりました。また素敵な写真期待しております。
返信する
ホッとなさったでしょう (Rarudo)
2014-12-09 21:00:49
デ某さんもmichiさんもそうだったんですね・・・

今朝、友人の夢を見ました。
昨年の12月、胆管ガンで亡くなった後輩の夢です。
告知からわずか3ヶ月半の旅立ちでした。彼女も手術が出来ない状態で発見され、ただちに抗がん剤と放射線治療がはじまりました。
その直前まで仕事に家事にダンスにとそれはそれは元気に活躍していた彼女でしたが、みるみる弱っていきました。

お通夜の席でご主人はこうおっしゃいました。
「あれほどの苦しい治療をしてもたった3ヶ月の命だったのなら、何もしないで穏やかに逝かせてやればよかった。無理をさせてしまった、すまない」

告知されたその日から、亡くなる1週間前まで、私を頼って電話やメールをしてきてくれた彼女
大好きだった彼女への想いをこの私がまだ引きずっているからか、
最後のメールに残された「まだ死にたくない」という彼女の無念の気持ちがそうさせるのか
何度も何度も彼女の夢を見てしまう私です。
デ某さんの記事を読みながら、わたしも涙があふれて止まりませんでした。

中学、高校、職場の時の友達とは今でも密度の濃いおつきあいをさせてもらっていますが
どういうわけか、大学時代の友達とは長く続いていません。
高槻市真上町に住む友人の家に泊まらせてもらい
二人で能登半島を巡ったりしたほど仲が良かった子もいましたが、今では疎遠になっています。
デ某さん達お仲間の結束力がうらやましいです。

1枚目の写真、本当に素晴らしくて神々しいです。
シマ君の兄弟のような猫ちゃんもいたんですね。
本当に良い旅をされましたね
返信する
シコちゃん? (デ某)
2014-12-09 22:33:24
なでしこさん
コメントありがとうございました

> お仲間とお友達のお墓参り、良いことをされましたね。
> お友達も、ご家族の方もさぞ喜ばれたことでしょう。
> 私も貰い泣きいたしました。
亡き友の奥様は京都の人ですが、結婚式は彼の郷里で執り行われました
ですので、京都では喫茶店で仲間うちだけの祝う会を催しました。
奥様にはその時以来!でした。
墓前の大学歌合唱には「きっと主人も耳をすまして聴いていると思います」と歓ばれました。
友人の一人は「あれからずっとあの歌が私の中に流つづけている」と・・・。

> 山口と広島の旅も楽しまれたようですね。
この間、毎年のように一~二泊で同期会を行っています
今回の墓参りの旅は昨年の同期会で「行こう!」となりました(下記参照)
http://blog.goo.ne.jp/00003193/e/4025fecada11d2b4fe17882b5ff63220
http://blog.goo.ne.jp/00003193/e/b4ea5fd9d96ca116f0303c84dc897a34
前記ブログには「すべての治療を拒みホスピスに・・・」と記しましたが、
今回の旅で、彼の最期の様子を詳しく知ることができました。
彼らしい安らかな旅立ちであったことに・・・心がとけました。

> 広島駅で乗り換えされたのですね。
> お会いするチャンスはそこだけでしたね。残念!
> またどこかでお会いすることがあるやもしれません。
> その日を楽しみにしておきます。。。
予めご連絡を差し上げミニオフ会でもと思いましたが、
慌ただしいこの時期、ご迷惑になっては・・・と控えさせていただきました。
仰るとおり、またの機会を楽しみにいたしたいと思います。
なお、同行した友の一人が「なでしこ」に由来する「シコちゃん」の愛称でした
このブログを読んだ別の友は、なでしこさんのことを「シコちゃん」だと思った由。
ちょっと不思議なご縁ではありました。
返信する
錦帯橋! (讃岐おばさん)
2014-12-09 23:00:33
こんばんは~
11月に宮島へ行った時に足を延ばして錦帯橋へも行きました。
岩国城が見えて、川の流れがとっても綺麗でした。
そうそう、橋を渡るのに300円、でも維持費も大変でしょうね。
素晴らしい錦帯橋でした。

漸く、という読み方がわかりませんでした、またひとつ賢くなりましたよ(笑)
先に逝かれたお友達も皆さんが来られてさぞかし喜ばれたことでしょう。
本当に素晴らしい結束力です!
返信する
乾杯! (デ某)
2014-12-09 23:00:58
北親爺さん
あたたかいコメントありがとうございました

> 冒頭の写真ナイスです。光る瀬戸内の海、島のシルエットと重なって良い加減です。
> 尾道水道は夕陽でしょうか 多分方角から言ってそうだと思います。
冒頭の写真をお褒めくださりありがとうございます
ただただ美しい景色をそのまま写し撮っただけではありますが・・・。
なお尾道遠景の三枚は、
仰るとおり左は夕景、中は夜9時頃、そして右は朝焼けの午前6時頃に撮りました。

> 大学時代の級友の墓参とか、また学友との旧交を温める旅、
> 素敵な時間だったのではないでしょうか。
はい。僅か4年間、サークル活動をともにした同期の友ですが、
連綿と40年以上にわたり心が繋がり、昔に帰り昔のままに語りあえる友です。

> 私は親が早死にで高校を出てすぐ働きましたので、雰囲気が解りませんが、
> 多分青臭い理論を振り回していた仲間と拝察いたします。
仰るとおり青臭い議論を振り回し、今でも青カビのような議論をいたします(笑)

> 卒業から相当の経過と思いますが、固い絆ですね。
> いずれにしても生涯の友はいいものだと思います。
> なくなられた旧友も嬉しくも羨ましくも思っているに違いありません。
今回は私もいれて9人の旅でしたが、同期十数人に呼びかけました
まだ現職にある者などそれぞれの事情で参加叶わなかった者も・・・。
でも長淵剛「乾杯」のように、今もなおみな『かたい絆に想いを寄せて』います。

> 他の方々も多分良い思い出を心に刻み
> また人生に1ページが加わったのではないでしょうか
> 他の方々は存じ上げませんが宜しくお伝え下さい。
はい。仰るとおりですし、このブログも読んでいることと思います

> 良い話を聞いて私も長旅に出たくなりました。
> また素敵な写真期待しております。
ありがとうございます
旅、写真・・・北親爺さんのますますのご活躍を心よりお祈り申し上げます。
長淵剛「乾杯」
https://www.youtube.com/watch?v=udyKafA2LbU
返信する
心に寄り添い・・・ (デ某)
2014-12-10 00:05:11
Rarudoさん
もう一人の学友!からのコメント、とても嬉しいです
墓前で歌った大学歌は勿論!「One Purpose」でありました。

> デ某さんもmichiさんもそうだったんですね・・・
私は腎がんですが亡き友は胆管がん、そしてmichiさんのお父様が胆管がんだった由
発見されにくい部位ですから、発見と同時に末期とされる例が多いようです。

> 今朝、友人の夢を見ました。
> 昨年の12月、胆管ガンで亡くなった後輩の夢です。
> 告知からわずか3ヶ月半の旅立ちでした・・・

お友達、余りにも悲痛な経緯ですね。
治療が結果として却って死期を早め苦痛のみ与えたとすれば
医学の限界であると同時に今後のためにも深く検証すべき事例かも知れません。

> 直前まで仕事に家事にダンスにとそれはそれは元気に活躍していた彼女でしたが、
> みるみる弱っていきました。

亡き友の場合は、治療は苦痛の割にはさほど延命もされないとわかり
化学療法などの治療はせず痛みの緩和につとめる方針となったそうです。
セカンドオピニオンを経て達した結論であり、彼自身も納得していたと伺いました。
お通夜での、亡くなられた方のご主人の悲痛なお言葉、まことに言葉を失います。

> 告知されたその日から、亡くなる1週間前まで、
> 私を頼って電話やメールをしてきてくれた彼女

彼女にとってRarudoさんこそかけがえのない友でいらっしゃったのでしょう。
そうした心の友をもてたことを亡くなられた彼女のために喜んで差し上げたく思います。

> 大好きだった彼女への想いをこの私がまだ引きずっているからか、
> 最後のメールに残された「まだ死にたくない」という彼女の無念の気持ちがそうさせるのか
> 何度も何度も彼女の夢を見てしまう私です。
> デ某さんの記事を読みながら、わたしも涙があふれて止まりませんでした。

今年4月に亡くなられたブログ友のmintさんは、
亡くなられる僅か2週間前、ブログに次のように記していらっしゃいました。
『今日は近所のサンマルクにお友達と行ってきました。
 たくさん食べて、たくさんおしゃべりして楽しかった』
と記され、さらに
『私、元気です、死ぬ気がしないんです』と・・・。
Rarudoさんのお友達もきっと「死ぬ気がしない」まま逝かれたのだと思います。
それゆえにRarudoさんの心にいつまでも残っているのでしょうか・・・。
私は、mintさんのことを思い出すたびに、彼女に幾らかなり寄り添えたのだ、と・・・。
Rarudoさんの夢もたくさんの涙も、亡きお友達の心に寄り添い繋がることでしょう。

> どういうわけか大学時代の友達とは長く続いていません。
> 高槻市真上町に住む友人の家に泊まらせてもらい、
> 二人で能登半島を巡ったりしたほど仲が良かった子もいましたが、
> 今では疎遠になっています。
真上町は私の家から2kmほどのところです
そして今回の旅をともにした仲間とは卒業旅行で能登半島を巡りました。
その時の様子を30分にまとめた録音テープが、まるで奇蹟のように発見され
今回、改めてみんなで聴きました。
Rarudoさんが旧友と疎遠になられた分、
私が親しくおつきあいさせて頂いているようで、ちょっと・・・心苦しいです。

> 1枚目の写真、本当に素晴らしくて神々しいです。
> シマ君の兄弟のような猫ちゃんもいたんですね。
写真の光景、実際に本当に神々しい光景でした
写真を見て、私自身、神様か誰かに撮らせていただいたように思いました。
猫ちゃんたち、たくさん出遭いましたけど、
やっぱりシマによく似ている写真をUPしてるなぁと・・・(笑)
ではでは・・・
今週末、列島全体が冷え込むそうですので、どうかお風邪など召されませんように!
返信する
おそくなりましたけど・・・ (デ某)
2014-12-10 00:30:27
讃岐さん
こんばんは!コメントありがとうございました

> 11月に宮島へ行った時に足を延ばして錦帯橋へも行きました。
> 岩国城が見えて、川の流れがとっても綺麗でした。
私、実は宮島には行ったことがありません。
ですから、今回の旅で電車が宮島口を通るあたりで窓からず~っと海を見ていました。
なお、メンバー9人中6人は岩国城に行き、私を含む3人は美術館に・・・。
それぞれ「こっちにして良かった」との感想でした、較べられないのに・・・(笑)

> そうそう、橋を渡るのに300円、でも維持費も大変でしょうね。
> 素晴らしい錦帯橋でした。
美術館と異なり、普通に生活(交通)に使われてこその橋ゆえ「通行料」には??
「300円程度のご寄附を」とすべきだと思いました。
michiさんによれば橋に「釘は一本も使っていない」そうですから、
如何にも日本らしい、古来からの卓越した橋梁技術ですね。

> 漸く、という読み方がわかりませんでした、またひとつ賢くなりましたよ(笑)
「漸次」と「暫時」を間違える方もよく見かけま~す(笑)

> 先に逝かれたお友達も皆さんが来られてさぞかし喜ばれたことでしょう。
> 本当に素晴らしい結束力です!
彼の愛称は「オソ松」でしたけど、オソ松だったのは私たちでした
7年もお参りせず、きっと憤慨していたことでしょう。
そのことをまず詫びたいと思う墓参ではありました。
きっと・・・赦してくれたことと思っています。

四国も含めて週末はグッと冷え込むそうです。
お風邪など召されず暖かくしてお過ごしくださいまし。
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