2000年2月、城山三郎さんの最愛の妻 容子さんが旅立れました。「春立ちぬ 君の帰らぬ 春立ちぬ」・・・茫然と立ち盡す城山さんの心情そのままの句です。その日から7年、城山三郎さんが旅立たれるまでのドキュメントを視ました。深く心をうたれました。
城山さんとの出会いの書は「官僚たちの夏」、中央省庁のキャリアとノンキャリアの世界をルポルタージュのように描いた小説でした。最も印象に残るのは「落日燃ゆ」、A級戦犯として処刑された廣田弘毅の生涯が小説を超えてリアルに描かれた作品でした。
城山さんが妻の容子さんと初めて出遭ったのは、名古屋の図書館でした。偶々休館日で、困った二人がほんの少し話しただけでした。しかし城山さんは後にその出遭いを「まるで天使か妖精が天から舞い降りてきた」と記しています。一目惚れ!でした。
交際は両家の反対にあいます。しかし「ならば駆け落ちする」との悲壮な説得で結婚、名古屋に新居を構えます。その頃は大学に勤めていた城山さんですが、時間を見つけて小説を書き始めます。ペンネームは新居の住所「城山町三丁目」からとりました。
1957年、「輸出」が文學界新人賞に輝きます。受賞作の載った月刊誌「文學界」の目次 には安倍公房、曽野綾子、高見順、河盛好蔵、石原慎太郎らの名が並び、当時の文学界の賑わいが垣間見えます。ともあれ無名の青年はこの日から名士になりました。
城山さんの次女紀子さんが「父も母も純!と言うか青い!と言うか、いつまでも少年と少女のカップルのようでした」と語る城山さんご夫妻。しかし最愛の容子さんは1999年の夏に末期の肝臓がんがわかり、翌2000年2月24日、帰らぬ人となります。
長男有一さんの忘れ得ぬこと・・・それは容子さんが亡くなる少し前、有一さんが赴任先の米国から帰国し容子さんを見舞った日のことです。話し終え「じゃあ」と帰ろうとすると寝たきりの容子さんが立ち上がり、にっこり笑って有一さんに敬礼をされたと・・・。
当初、葬儀さえ拒んだと言われる城山さんは葬儀の日の手帳に 「冴え返る青いシグナル妻は逝く」 の句を記しています。後にこの日を「半ば宙に浮いている感じの日々。何かの間違いで 不意に ただいま!と戻ってきそうな思いが消えない」と記しています。
「久しぶりに容子に『お前が隣にいるから・・・』と言ったとたんに目が覚めて、辛い!」と記された日に詠んだ歌は・・・ 「久々に妻の笑顔よ夢醒めて 闇広がりぬ 闇きわまりぬ」。どこまでも広くどこまでも昏い「闇広がりぬ 闇きわまりぬ」に胸がつまりました。
「妻」と題した城山さんの詩があります。
『夜更けに目覚めると枕元に何かが動いている/なにものかと思えば目覚まし時計の秒針/律儀に飽きることなく動く・・・寝返りを打って音が消えた/暫く穏やかな寝息がきこえる・・・50億の中でただ一人/おい!と呼べるおまえ/律儀に寝息をつづけてくれ・・・』
城山さんの代表作「落日燃ゆ」のタイトルを考えたのは、50年来、城山さんの編集者をつとめた梅澤英樹さんでした。そのタイトルに城山さんは暫く考え込み、「意味がわからん」と呟き、「家に帰ってじっくり考えてみる」と言って梅澤さんと別れたそうです。
数日後、「妻に相談したら、あなたの今までの作品で一番良いタイトルだと思う、って言うんだ」と梅澤さんに告げたとのこと。作家と編集者の関係は夫婦以上!と言われています。しかし城山さんの場合、妻の容子さんを超える存在はなかったのでしょう。
城山さんの最後の長編小説は「指揮官たちの特攻」でした。
『二十歳前後までの人生の幸福とは花びらのように儚い。その一方、かけがえのない人を失った悲しみは強くまた永い。花びらのような幸福は花びらより早く散り、枯枝の悲しみだけが永く残る。それが戦争というものではないだろうか』(2001年8月出版)
城山さんは勲章の類を貰っていません。紫綬褒章の内示にも「役所に査定されたくない」と辞退しました。軍に志願し、軍にも国にもとことん幻滅し裏切られた思いが消えない城山さんは容子さんに 「俺の勲章は読者とおまえと子ども達だ」 と語ったそうです。
城山三郎「指揮官たちの特攻」の装丁は高野悦子「二十歳の原点」に不思議なほど似ています
容子さんはご近所の俳句のグループに入り、句作を楽しまれています。『チューリップ背筋をピンと競い合い』『立春や裏側リオのカーニバル』『空梅雨やニューアンブレラ咲く間なく』・・・ 伝えられる天真爛漫で明るく優しいお人柄が偲ばれる作品です。
城山さんは容子さんの位牌らしい位牌、仏壇らしい仏壇は作られなかったようです。あるのは遺影と蝋燭たてと一緒に旅したオリエント急行のミニチュア。『春立ちぬ君の帰らぬ春立ちぬ』『ただいまと写真をなでる彼岸過ぎ』『緑濃し一人の夏の重きこと』。
日記がわりの手帳 ・・・ 2004年版の表紙には、経済小説が多かった城山さんらしくイタリアの経済学者の言葉が貼られています。「CHI VA PLANO VA SANO CHI VA SANO VA LONTANO ・・・ 静かに行くものは穏やかに行き 健やかに行くものは遠くまで行く」
最晩年。国の在り方を堰を切ったように発言します。『旗振るな/旗振らすな/旗伏せよ/旗たため/社旗も校旗も/国々の旗も/国策なる旗も/運動という名の旗も・・・生きるに/旗要らず・・・旗振るな/旗振らすな/旗伏せよ</旗たため/限りある命のために』
城山さんは、容子さんの七回忌を終えたあたりから体調がすぐれず2006年の夏に入院、2007年3月22日、旅立たれました。享年79歳。
All painted by QP.
【補遺】… 2023.2.20 記
最近の或る政治社会事象(事件)をめぐる当事者の主張と社説を含むマスコミ報道に接し…
憤りにも似た哀しみがふつふつとわいてまいります。昔日がぎしぎしと軋みます。私自身に対して!
そして城山三郎さんの言葉がいま改めて心の奥を衝き叩き迫ってまいります。
『旗振るな/旗振らすな/旗伏せよ/旗たため/社旗も校旗も/国々の旗も/国策なる旗も/運動という名の旗も
生きるに/旗要らず・・・旗振るな/旗振らすな/旗伏せよ/旗たため/限りある命のために』
様々に旗振り旗振らせた昔日にどうけじめをつけるべきか・・・しんしんと迫ってまいります。
【過去ログ目次一覧】
新聞・TV・映画etc. http://blog.goo.ne.jp/00003193/e/a7126ea61f3deb897e01ced6b3955ace
吾輩も猫である~40 http://blog.goo.ne.jp/00003193/e/58089c94db4126a1a491cd041749d5d4
吾輩も猫である~80 http://blog.goo.ne.jp/00003193/e/dce7073c79b759aa9bc0707e4cf68e12
吾輩も猫である81~140 http://blog.goo.ne.jp/00003193/e/f9672339825ecefa5d005066d046646f
吾輩も猫である141~ http://blog.goo.ne.jp/00003193/e/b7b2d192a4131e73906057aa293895ef
かんわきゅうだい(57~) http://blog.goo.ne.jp/00003193/e/20297d22fcd28bacdddc1cf81778d34b
かんわきゅうだい(~56) http://blog.goo.ne.jp/00003193/e/a0b140d3616d89f2b5ea42346a7d80f0
閑話休題 http://blog.goo.ne.jp/00003193/e/c859a3480d132510c809d930cb326dfb
腎がんのメモリー http://blog.goo.ne.jp/00003193/e/bee90bf51656b2d38e95ee9c0a8dd9d2
旅行記 http://blog.goo.ne.jp/00003193/e/23d5db550b4853853d7e1a59dbea4b8e
ごあいさつ http://blog.goo.ne.jp/00003193/e/7de1dfba556d627571b3a76d739e5d8c
奥さまを愛されている様子がデ某さんに重なります。
お互いに信頼し尊敬できるご夫婦は素敵です。奥様を大事になさって下さいね。
本もなかなか面白そうな内容なので、機会があれば手に取ってみたいです。
コメントありがとうございました
> 本は読んだことはありませんが、
> ご紹介でお人柄は分かったような気がします。
経済界のことをわかり易く描く点で秀でた方ですが、
そこにとどまらない広さと深さを兼ね備えていらっしゃいます。
家庭人としては勿論、とりわけ晩年の揺るぎない気骨の人!に惹かれます。
池井戸潤さんも 城山三郎さんのように歩まれればいぃなぁと期待しています。
> 奥さまを愛されている様子がデ某さんに重なります。
> お互いに信頼し尊敬できるご夫婦は素敵です。
私と重ねられては城山さんに申し訳ありません。
城山さんは容子さんに生涯「一目惚れ!」であり、
容子さんは城山さんに生涯「信頼と尊敬」を寄せられたと思います。
その城山さんがただ一度だけ容子さんに「きみを見損なったよ」と。
それは 容子さんが城山さんに紫綬褒章を受けるよう奨めた時でした。
でも最後は、ブログに記したように
「俺の勲章は読者とおまえと子ども達だ」ですぐ修復されたところが、いいですね。
> 奥様を大事になさって下さいね。
今、妻の母親の介護で帰省中で、可哀想なほど精根尽き果てています。
時とともに二人だけの健やかで穏やかな時間もなくなりつつありますが、
そうして残される時間を大切にしたいと思っています。
> 本もなかなか面白そうな内容なので、機会があれば手に取ってみたいです。
書を奨める!って案外難しいことです。
城山さんで 敢えて言えば やはり「落日燃ゆ」ですね。
もしかしたら吉田茂とその立場が替っていた可能性が大いにありますが、
歴史は 個人も含めて 偶然とも必然とも言いきれないものだと痛感した書でした。
こちらは午後から突風が吹きカーテンが高く舞い上がっていました。
夕方からは寒く!なりました。
くれぐれもお風邪など召されませんように
それから「毎日が日曜日」「ビジネスマンの父より息子への30通の手紙」「落日燃ゆ」「もう、君には頼まない」「鼠」なんてのが棚にありますがあんまりちゃんと読んでいない気がします。
ところが「そうか、もう君はいないのか」はテレビのドキュメントがあったのか感動的に観ましたね。
ブログに読んだと書いてますので、たぶん目は通したんだと思います。
↓
https://blog.goo.ne.jp/goo221947/e/b6e460f178e8f7ad279e036350560f46#comment-list
城山さんのことは好きでした。
このページを拝見して積読を取り出して開いてみようかという気になりました。
いろいろと思いだせていただいてありがたいです。
私の家族は父明治33年生まれ、母明治41年生まれで長兄、次兄、そして姉が3人居て私が末っ子なもので長兄は親に近い存在のようです(笑)
貴ブログ 2017.3.30「そうか、もう君はいないのか」記にリコメいたします。