村民集会があるから説明に来るように言われて、母だけかと思いきや私も行くことになりました。母は知り合いばかりだけど、私は従兄弟以外はほぼ知らない人ばかり。
はじめに母が到着して、15分ほど遅れること私も到着しました。どこまで母が話したかは知らなかったけど、到着するや否やこの子が言い出してやったことなのでと母から説明のバトンタッチでした。汗。どこから話したら良いですか?みたいな感じでしたけど、まずは笑顔、にっこり笑って私が全てやり始めた事です!から始めました。
神様は下で祀っていると地区は思っているから神様が上にいらっしゃるとか言わないようにと事前に従兄弟にいわれていたけど、そんなこと言われてもね。
恵比寿様とか本当に目に見えていらっしゃってと、とうとう皆んなに言ってしまいました。だっていらっしゃるもん。
従兄弟は昔、神主さんが言って神様を下に降ろした事なので、神主さんの手前、神様が上にいると私が言うとまずいと思ったようです。神主さんも人間なので間違いもあります。
私が全部やった事なので、責任を持って祀っていきます、地区の人に今後お祀りをしてとかはいいません。私の子供とかにちゃんとやるように言いますので、恵比寿様と耳の神様のところも祠を建てさせてくださいと話しました。
昨年の夏、村民にバレないように隠れて道を作りました。でもこんなに大々的になって黙っているわけにはもういきません。
今回皆さんの前で話して、村の人から了解をもらったので、これで大っぴらにお詣りできます。
説明のあとで母には、何人かが自分らあもお詣りに行ってみようみたいな感じだったみたいです。あとで母の写真をみて本当に恵比寿様おるねぇ、りっちゃん(母)が正しいわと言って、えいことやき、そりゃ神様喜びゆうねみたいに言ってくれる方がいたようで良かったです。村の人は基本お人好しばかりです。
今がどうであれ復興さえしておけば、村民の子や孫の時代、そしてその子やその孫の時代にはこのお宮は既成の事実として存在し続けます。今でも小さい子供は大人の事情なんか無視して、たったぁ走って上がっていくのです。誰が建てたとか全部消えて神様と交流できる場として存在してくれるはずです。行きたい人が行く、お詣りしたい人がする、それで良いのです。
地区としてはどうこうとか言っても、個々としてはやっぱり神様の事を皆んな好きなのです。それがよくわかりました。
それから、知らなかったのですが耳の神様と荒神様は別々の神様でした。母の同級生が耳の神様のところに一緒に行ってくれ、こちらは荒神様、こっちが耳の神様だと教えてくれました。
荒神様が石のお堂で、耳の神様は荒神様から2メートルくらい離れたところの磐にふたつの穴が空いたところでした。祠も何もなくて、これじゃ誰も手を合わさないなと思いました。謝りに来た時、山さんが下から見上げてこちらですって確かに言ったところでした。
耳の神様はずっと2柱の神様の事を申し訳ないと思い続けてくださった優しい神様なのに、人間からの崇敬が微塵も感じられません。有難いことに人間と神様を再び繋いでくださいました。
津野山の神様は人間の不敬があっても人間を見捨てず神界にかえらずにとどまってお役目を果たし続けてくれてました。恵比寿大黒様、金刀比羅様、耳の神様、荒神様、水神様、龍神様がこの狭い集落にはいてくださってるのです。
私は何にも見えないから、気持ちはあってもわからないことだらけです。だけど、一生懸命お祀りする気持ちを持つと、祠をあげる前にはこうして耳の神様の事をふっと教えてもらえます。耳の神様の場所は従兄弟も母も知らなかったのです。
荒神様と耳の神様はそれぞれきちんと別々にお祀りしていこうと思います。荒神様のところで荒神経を心を込めて唱えさせて頂きました。何だか心がいっぱいになりました。
金刀比羅様のところと恵比寿様のところでは祝詞を唱えました。磐笛持っていき吹いてみましたが音が出ません。まだまだ修行が足りません。
琴さんから、数日前に届けて欲しいと鏡と水晶を預かってましたので刀と三つで津野山大神様の三種の神器が揃いました。なーんて言って神様にお届けしました。
誠さんが作ってくれた柵に静かに坐ってみました。自然と一体になる感覚が気持ち良かったです。魂のふるさと。
これからの流れを村の人にお伝えできて有意義な1日となりました。