雄一郎の半生

こんな人生もあるのですね。ノンフィクションの半生記
全ては、書けませんが。。。

すし店を始めるはめに、、

2021年02月19日 06時00分00秒 | 日記

雄一郎の半生

先輩の友人のすし店に勤めて

暫くしたときに、母からこんな

話をされた。「実家の村では

2店舗あったすし店が1店舗に

なった。その店舗は近くの町へ

移転してしまったのでもともと

あった、2店舗があっても営業は

成り立つのではないか」と

要するに、自分にすし店を出せと

言うのである。しかし、自分は

まだまだ、店を持つほどの腕では

ない。20代の前半で店など切り盛り

出来ないと、言ったが、板前さんは

雇うと言う。規模も割烹にすし店、

2階には雀荘もやるらしい。

無茶苦茶なことを考えたものだ。

自分は、最初はやらないと言った。

しかし、母は店を地元に出したくて

仕方がない様子で、資金も用意済み

の様子。仕方なく、出前持ちなら

やっても良いと、伝えたが納得しな

かった。言ったらきかない気性で

当時のあだ名は「ダンプカー」と

皆から呼ばれるほど、頑張り屋

だった。祖父母は反対だった。

自分が、すしの修行が途中で、

まだ若すぎることが理由だ。

母に結局は押されて、

寿司と割烹の店を始めることに

なるのだが、ここからがまた

大変なことになって行く。

 

次回につづく