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田舎ぐらし(145)

 ー 違 和 感 ー

 

 「誰も教えてくれない男の礼儀作法」
          小笠原敬承斎 光文社
 
 同じ年の知り合いがウォーキングの途中、ぶらりと家に立ち寄った。数年前に奥さんを亡くし、一人暮らしである。

 お盆に息子夫婦と二人の孫が遊びに来たらしい。「どんな話をした?」と聞くと、話なんかほとんどしてないという返事。「それじゃ、何をしたの?」と言うと、4人は部屋に入るなり孫二人はこっちに陣取り、息子夫婦は向こうに座ってゲームを始めた。そして、ゲームをし終えるとすぐに帰って行ったという。

 違和感を覚えた。否、違和感を通り越して異様である。なんの音もしない部屋で四人の、指だけが動いている。知り合いは所在なげにそれを眺めている。脳裡にそんな光景が浮かんだ。

 以前、よく世代の断絶ということが言われたが、今では亀裂がより大きく、深くなっているのではないか。若い世代にとってみるとそれが日常になっているわけだから、なんの違和感も感じないのだろう。スマホを持って生まれてきたのである。目はゲームの世界しか見ていないのである。

 前に娘夫婦と同居しているが、ほとんど口を聞かず、これ以上長生きしたくないとこぼした老婦人のことを書いた。理由は話すことばの意味がよくわからないらしかった。どちらにも親子の交流はない。

 一体なんのために 子どもを作った のか。
こんな関係になることがわかっていたら、子どもなんかつくるんじゃなかったという老夫婦も多かろう。財産なんか遺してやるものかという思いに駆られるかもしれない。

 しかし、よく考えてみると、小さいうちから子に行儀作法を教え込んでおかなかった老親の方にも責任があるのではないか。スマホがなかった時代、ある時代という問題ではない。

 きちんとした家に育った子どもは自分の子どももきちんと育てる。
スマホにうとい老親の前で自分や自分の子どもがスマホを取り出したら、座は一辺に白けてしまうことがわかっている。老親は自分や孫といっぱい話をしたいだろうからスマホは車に置いていこうと気を使う。
 


 
 
 

 



 


 

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