ー 一世一代の大博打 ー
「 葉隠 」
和辻哲郎・古川哲史 校訂 岩波文庫
人生、一番大きな賭けは?
こう問われて即座に「結婚!」と答える人は苦労人である。なんだろうと考え込む人はよほどお気楽か未だ修行途上の御仁である。
それでは結婚とはなにか。
法学部の学生だったら、種の保存本能に基づく男と女の性的結合、とでも言うだろう。これだと多分100点もらえる。しかし面白くもなんともない。さしずめ出汁を入れ忘れた味噌汁である。
それでは、 ジョージ・バーナード・ショーが恋愛について言ったことばを拝借して、 「どんな愚かな者でも始めることはできる。しかし、それを成功の裡に終わらせるには天才でなければならない。」それが結婚であるというのはどうだろう。
これはもう、かぶりつきから大向こうまでやんやの喝さいを博すること請け合いである。ただし、いささか皮肉屋との疑いを持たれることを覚悟しなければならない。
さて、結婚を成功の裡に終わらせるとは互いに初婚のまま仲良く、いわゆる共白髪まで添い遂げるとことと思うが、今は、バツ1とかバツ2ということをよく聞く。言う方も平気で口にする。
結婚を成功裡に終わらせることが難しい理由のひとつに子どものしつけや教育で夫婦の考え方が食い違うという問題がある。父親は概して厳しく接する。一方母親は概して甘い。これは昔から変わらないようである。
江戸時代中期、佐賀・鍋島藩の武士が日々折々口述したものを書き記した「葉隠」という本にこうある。
「 母親は何のわけもなく子を愛し、父親意見すれば子の贔屓をし、子と一味するゆえ、その子は父に不和になるなり。女の浅ましき心にて、行末を顧みて子と一味するとみえたり 」。
結婚が破綻する理由は数知れず。それでも、多くの男女が健気にも、あるいは迂闊にも、目前の異性を共白髪の伴侶と疑わず、あり余る情熱を注ぎ、なけなしの貯金をはたき、一世一代の大博打を打つ。